今夏、還暦です!

神奈川県の寒川神社近くから長年通って来られる生徒さんがいる。一昨日、彼に暑中見舞いのラインを送ったところ、すぐに返信が有った。「私は今夏、還暦です!」 それを知って私はびっくり。「泰日文化倶楽部に通い始めたのは34歳でした」と彼。 私はまたもや驚いた。

ということは、彼は26年間、仕事が終わったあと、高田馬場まで通学したことになる。彼が還暦とは! 歳月が経つ早さに3度目の驚きを覚えた。

「今年もシークワーサーの木にたくさんの実がなりました。熟したら教室に持って行きますからね」と彼はラインに追加。沖縄から持って帰って来たシークワーサーの種を植えたら、数年前から実をつけ始めたそうだ。「体力が続く限り泰日文化倶楽部に通いますよ」と言う彼の意思表示に対して、私は奮起せざるを得なくなった。

タイ人夫婦+日本人1名の旅行

今年6月に入会したM子さんはとても積極的にタイ語を吸収している。7月上旬、タイから日本に遊びに来た友人の若いタイ人夫婦と5日間、彼女は京都へ。旅行前に私は激励した。「いいチャンスです。大いにタイ語を話して来てくださいね」

ところが、八ッ橋のおみやげを持って教室に現れた彼女の表情がいまいちであった。「タイ語、どうでしたか?」と尋ねると、彼女はますます落ち込んでいった。理由は、ほとんどタイ語を喋らなかったから。

そんなこと、有り得るかしら? だが、M子さんの次なる説明で納得した。「奥さんが日本語のガイドをやっていて、日本語ペラペラ。だからタイ語を喋るチャンスが無かったのです。タイ人夫婦の会話は速すぎて全く聞き取れなかったし….」 

なるほど、日本語が達者なタイ人とタイ語で話すのはなかなかできないものだ。タイ人の日本語能力を上回るタイ語能力を持たない限り、タイ人とタイ語で真面目に喋るのは気おくれがしてうまくいかない。

今日のタイ語作文

1.ゆりかもめ線の優先席は2人掛けである。

2.先日、レスラーのような欧米人がその優先席を一人で占拠していた。

3.本人の正面に置いたキャリーケースの上にタブレットを乗せ、彼は動画を見ている。

4.彼の隣りにほんの少しだけ空間を見つけたので、私は兎のように体を丸めて座った。

5.その欧米人は私を無視し、びくりとも動かなかった。

6.「ここは優先席ですよ」と注意したかったが、喧嘩になってもいけないから、私はこらえた。

瀬戸内寂聴と塾

『寂聴・猛の強く生きる心』(梅原猛・瀬戸内寂聴 講談社 1994年)の中に、「少人数の塾で個性を引き出す」という箇所が有る。興味深い文章を以下に抜粋する。

梅原:「日本の大学は、受験システムのうえに偏差値教育が主になっているから、大学がまったく個性がなく、独創性もない。<中略> 瀬戸内さんかついで塾でもつくらんといかんか」

瀬戸内:「私は徳島でも塾を開きました。寂聴塾というのを。それから京都でも嵯峨野塾を開きました。徳島では、私が塾で教えた連中が今、社会へ出て、要所要所でそれぞれ活躍してます」

だが、寂聴さんは徳島の塾を閉じた。「塾は長くするもんじゃないの。二羽さんの[文学者]じゃないけど、してくれて当たり前になるの。私は全部手弁当ですからね。そうすると当たり前になるの。だから、それはあるときにぱっと解散して、もうお前たちにはやり方教えたから、自分たちでやんなさいと言って。そうすると、またそれぞれやりますよ」

風炉の話

今日は風炉(ふろ)の話をします。風呂ではありませんよ。風炉は茶道において、5月5日頃(立夏)から11月8日頃(立冬)の間に使う炉のことです。暑い季節を迎えると、客人の心地よさを考えて、客人から炉を遠ざけるように工夫されたのが風炉の始まりだとか…..。

冬期、しゅんしゅんと沸く釜の湯の音(=松風の音)を聴くのもいいですが、風炉に替わった途端、季節の移り変わりをはっきりと感じ取ることができ、意識が見事に夏向きになります。こういう感覚はタイでは無理ですね。

その風炉ですが、私が所属している茶道教室の風炉は、最近、沸き具合が非常に悪く、熱くなったり冷めたりと一律ではありません。肝心の茶を点てる時に温度が下がっていることがよく有ります。原因は電気コンロにあるとは思いますが、不可抗力にもめげない精神、すなわち、「四の五の言わずに、あるがままを受け入れる自然体」を鍛えられています。

今日の語彙

1.石       2.岩

3.砂       4.礎

5.宝石      6.研磨する

7.研究する    8.確認する

9.破砕する   10.破裂する

11.大砲    12.他山の石

雑司が谷の雑草

かつて雑司が谷に小学校が有った。校庭の隅っこにウサギ小屋が有り、子供たちが世話をしている様子が見られ、のどかな風景であった。しかし、かなり前に閉校され、5年前からは公園として整備されている。遠くにはサンシャインビル……。次から次に建つ高層ビル群が都市化の速度を否が応でも感じさせる。

その小学校の近くに在った文房具屋が今春、ついに解体された。町なかの文房具屋として風情を残していたが、その頑張りにももはや限界が……。解体された更地にはあっという間に雑草が茫々。大人の腰の高さまでに達している。元の主(あるじ)は今、いずこに?

その文房具屋から100m位、離れたところに在った昔ながらの医院も先週、解体された。解体している業者はすべて体格の良い外国人。産業廃棄物車に廃材をどんどん載せていた。昨日、その場所の前を通ると、完璧なる更地になっていた。来月にはそこもおそらく雑草に覆われていることであろう。

今日の翻訳

元タイ人講師が大阪万博のタイ・パビリオンについて書かれたネットニュース(โดยเหมียวหง่าว/Catdumb.com/2025.4.18)を転送して来た。その中から抜粋して出題する。

๑. รายงานจากสื่อบอกว่างบประมาณที่เอาไปใช้ในการจัดแสดงโชว์และการก่อสร้างอาคารนี้ทั้งหมดรวมแล้วกว่า ๙๐๐ล้านบาท

๒. แต่คุณภาพของคอนเทนต์ที่โชว์ในงานเหมือนกับงานแสดงโชว์ผลงานของโรงเรียนมัธยมปลายยังไงอย่างงั้นเลย

๓. ขณะที่อีกส่วนก็มองว่า งานExpo มันการโชว์เทคโนโลยี และการมองถึงอนาคต แต่พอมาเดินที่บูธของไทย มีแต่กลิ่นร้านนวด มีแต่กลิ่นอะไรที่เป็นไทยๆ โบราณๆ ไม่มีการโชว์อะไรที่เป็นเทคโนโลยี อย่างน้อยก็ขอให้แสดงเทคฯ เกี่ยวกับด้านสุขภาพซักหน่อยก็ยังดี

๔. หลายคนติงว่ายังเหลือเวลาให้จัดแสดงโชว์ อีก ๖เดือน ยังไม่สายที่จะปรับปรุงแก้ไข

๕. แล้วเพื่อนๆ ชาวแคทดั๊มบ์คิดเห็นอย่างไรกับเรื่องนี้บ้าง? ลองคอมเมนต์มาแลกเปลี่ยนกันได้นะครับ

マーケティングの奴隷

昨日、「タイ語中級 火曜日13:00」のクラスで、タイ人講師から面白い表現を教わった。それは以下の通りである。

日本に観光に来るタイ人の行動パタンには一律的な傾向が見られる。そこで生徒達に「タイ人はコマーシャルに弱い。それをタイ語で言うと、どう訳しますか?」と問いかけてみた。生徒達は「弱い」から訳し始めたがすぐに行き詰まった。

すると、タイ人講師が白板に「ทาสการตลาด」と書いた。ทาส ้は奴隷、そして การตลาดはマーケティング。つまり、「マーケティングの奴隷」となる。言い得て妙だ。念の為、ทาสを調べると、奴隷の他に、「〇〇の虜(とりこ)」という意味が有った。

昭和40年の穴あき50円玉

昨日、仕事に出かける寸前にキャンセルの一報が入った。台風接近が理由であった。緊張していた神経が急にゆるんだ。「わーい、休みだ!」 怠け心がパーと体中に広がった。読書だ読書。

電気スタンドをつけようとすると、スタンドの台座に置かれた旧50円玉が目にとまった。鋳造年は昭和40年(1965年)。直径が約2センチ4ミリ。穴あきである。現50円玉にも穴があいているが、直径が2センチだから、旧のほうが現よりも大きくて威厳が有るように見える。

では何故この昭和40年発行の50円玉をスタンドに置いているのか? 理由は私が東京に出て来た年と同年だからである。この60年間、いろいろと学び経験した。この旧50円玉も様々な人々の手を経て私に辿り着いた。それを思うと、同士として愛おしいのである。