ラジオを聞いていると、どこの放送局も男女のパーソナリティ(番組の司会・進行役)を使ってペラペラと喋らせている。しかし、そうした内容も放送作家が原稿を書いているのを知ると胡散臭い思いになり、ただただ聞き流すだけである。
先日、若い女性のパーソナリティが聴取者から来た手紙を読む時、「船頭」を「せんとう」と読んだ。隣りにいた年上の男性のパーソナリティがすかさず「せんどう」とフォローした。それを聞きながら、その女性は「船頭」を見たことがないんだなあと私は思った。
数日後、ラジオで落語を聞いていると、「番頭」が出て来た。こちらの読みは、「ばんとう」。もしもその若い女性が「番頭」という単語が入った原稿を読むとするならば、先輩の男性パーソナリティの助言を思い出して、今度は「ばんどう」と発音するかもしれない。 要するに、「船頭」も「番頭」も、若い人達には知ったこっちゃないということだ。
