年末年始のお休み

泰日文化倶楽部の年末年始のお休みは、12月24日(火)から1月6日(月)の2週間です。したがって、今年の授業はあと1週間を残すのみとなりました。私といたしましては、あと1週間、気を抜くことなく教室管理につとめたいと思っています。

今月からとても可愛い女性が入会されました。タイ語は以前にも別の学校で習ったことがあるとのことですが、コロナ禍で中断。新しい仕事もみつかり、学習の態勢が整ったところでまた始めることになったそうです。

興味津々でタイ語を勉強する新入りさんを見るとしっかりと指導したいという気持ちが湧き起こってきます。一方、長きにわたりこつこつとタイ語を勉強しておられる生徒達にも感謝をこめてエールを送りたい気持ちでいっぱいです。

今日のタイ語作文

1.冷凍食品は主婦にとっても独身者にとってもとても助かる食べ物である。

2.冷凍食品の箱に書かれた注意事項を読むと、以下の通りである。

3.過度の過熱は容器が変形する原因にもなりますので十分ご注意ください。

4.電子レンジから取り出す際、容器が熱くなっておりますので、火傷等には十分ご注意ください。

5.一度、解凍したものは、品質が変わることがありますので再凍結しないでください。

6.必ず賞味期限内にお召し上がりください。

古い家電

昨日、水回りのリフォームを期に、28年間使った冷蔵庫と電子レンジを処分した。壊れたわけではないが、電化製品の耐用年数をはるかに超えているので、常識に合わせることにしたわけである。冷蔵庫の裏側にたまりにたまった埃(ほこり)の塊。それを見てもう驚いたの何の…..。

大袈裟に言えば、埃の塊はもはや現代アートであった。時間の経過とともにまるで雲海の如く形づくられて行った灰色の塊。不潔を超えてただただ愛おしさがつのってきた。

ひるがえって思うに、世の中の事象は表だけを見るのではなくて裏も見る必要が有る。表裏一体という言葉は言い得て妙。2024年もあと2週間を残すのみとなった。大掃除の時にテレビや冷蔵庫の裏側を点検し、たまった埃から人生訓を学び取るのも可なり。

秋田とタイ

秋田に行ったばかりだから秋田に関心がある。12月12日のNHK秋田WEBの報道によると、秋田市に本店がある北都銀行は、10年前からバンコクに駐在員事務所を置き、秋田の産業をPRしているそうだ。近々、山形の荘内銀行と合併しても、その連絡事務所はそのまま活用するとのこと。

さらにネットで調べてみると、秋田県は県内にある企業の海外進出を支援すべく、バンコクに「秋田県東南アジア経済・観光交流連絡デスク」を置き、秋田のPRにつとめていることを知った。最近では秋田産のリンゴをタイ人に紹介していることが書かれてあった。

寒い秋田と暑いタイ。両方のいいとこどりを兼ねて、互いの産物を購入することはいいことだ。そして観光客の誘致をもである。

今日の語彙

1.被害       2.被害者

3.被害届      4.被爆

5.被災地      6.被災証明書

7.被疑者      8.被告

9.被害妄想    10.被相続人

11.被服     12.法被

秋田出張

ここ数年、師走はのんびりすることにしている。だが12月7日、秋田での仕事が舞い込んで来たので、急遽、上野から新幹線「こまち」に乗っていざ秋田へ。大曲までは行ったことがあるが、その先の終点秋田は初めてであった。人口減少に悩む秋田県……。確かに人の往来は少なかった。

翌8日、朝食のためホテルの食堂に行くと、マレーシア人達の観光客と一緒になった。彼らは皆、おとなしめで無口。食事の味付けが口に合わないのかもしれない。そして窓の外はみぞれ混じりの雪。

車窓から見た稲刈り後の田んぼは黒い土に変わりつつあった。そこに雪があっという間に覆いかぶさり、一面、白い世界に。太陽は鉛色の空から鈍い光を放つのみ。生きとし生けるもの、皆すべて、これから長い冬に耐える。そして春を待つ。暑い国からやって来た観光客が秋田に対していかなる感想を持って帰国するか? とても興味深い。

ธรรมดาดีกว่า

数日前にバンコク入りされた生徒さんから、昨日、新しいモール「One Bangkok」の写真が送られて来た。高級感たっぷりだ。一体、誰が買うのか? その疑問をバンコク通の人に投げかけると、「タイ人です」と即答して来た。金持ちには金持ちの懐具合が有り、カード1枚でばんばん買物ができる。それをとやかく言うつもりはないが、私としては昔ながらの市場で買うほうが楽しい。ธรรมดาดีกว่า

タイの富裕層が子供の教育にかけるお金もどんどん上がっている。それを羨ましいとは思わない。金持ちは金持ち。お好きにどうぞ。だが、何かが変。

私は日本に出稼ぎに来るタイ人達と接することが多い。彼らの生活がタイ人の本来の姿だと思っている。皆、必至だ。タイの高度経済成長の渦に翻弄され、お金の必要にかられて外国へ出稼ぎに行く。最近は日本人も然り。気をつけたいことは、どこで何をしようと、自分を見失わないことである。「ธรรมดาดีกว่า(普通が良い)」の唱え文句を忘れないでほしい。

今日の翻訳

『จริยศึกษา』(タイ国小学3年生向け พ.ศ.๒๕๒๑)の中の「การทำใจให้สงบมีสมาธิ」から出題する。

๑. ขณะที่ครูกำลังอธิบายเลขคณิตอยู่ ก็มีเสียงโฆษณาจากรถขายยาให้ชาวบ้านไปดูภาพยนตร์คืนนี้ที่วัด

๒. ทำให้นักเรียนทุกคนสนใจและหันไปมองดูรถขายยาซึ่งจอดอยู่ที่ลานวัดไม่ไกลจากโรงเรียนนักและไม่สนใจว่าครูกำลังอธิบายเลขคณิตอยู่ พอดีรถขายยาหยุดโฆษณา ครูจึงพูดว่า

๓. “อยากดูภาพยนตร์กันจริงนะ” แล้วครูก็อธิบายต่อและให้นักเรียนไปทำเป็นการบ้านเพราะใกล้จะหมดเวลาแล้ว

๔. ต่อจากนั้นครูให้นักเรียนเก็บสมุด หนังสือให้เรียบร้อย และพูดว่า

๕. “พวกเธอไม่ค่อยมีสมาธิในการเรียนเลย ครูอธิบายเลขอยู่ก็หันไปสนใจรถขายยา วันนี้จะให้พวกเธอฝึกสมาธิอีก เพราะทุกคนเคยฝึกปฏิบัติกันมาแล้ว แต่สมาธิยังไม่ดี ถ้าฝึกบ่อยๆ คงจะดีกว่านี้”

かんぴょう

久々にかんぴょう巻きを買って食べたら美味しかった。かんぴょうの味付けが良くて気に入った。そもそもかんぴょう(干瓢)なんて、全く目立たない食材である。茶巾寿司にも使われているが、紐としての役割だと思っていた。ところが繊維質が多くて身体に良い食べ物なのだ。

かんぴょうを見ると、55年前に栃木県にある友人の家を訪ねた時のことがいつも思い出される。彼女の家の広い庭で大きくて丸いゆうがおの実から紐状にしたものを機械で削り出している光景を見たが、それがかんぴょうだった。なにごとも百聞は一見にしかず。

クリスマス・キャロル

昨夜、劇団昴による『クリスマス・キャロル』(チャールズ・ディケンズ作)を観た。今年4月から入会した「ねりま演劇を観る会」が主催したものだが、いかにも師走に相応しい演目であった。配布された冊子を読むと、某女性会員がこう書いていた。「2000年に入会し第87回から一度も欠かさず観劇。これまでに147本の舞台を観て、その時その時、楽しく時間を過ごせてとても良かったです」

チャールズ・ディケンズ(1812-1870)と言えば、大学の英文科で『David Copperfield』を読んだ。以来、私の頭の中に彼の名前はずっと残っていた。2011年にロンドンに行った時、彼の執筆した部屋を見学。小さな部屋で大作がたくさん生み出されたことに驚いた。底辺に生きる人々を描写する彼の筆力は小さな机の上で次から次へと全開。19世紀ヴィクトリア朝の作家とはいえ、時代に関係なく親近感を覚えた。