高校生、タイへ留学

 今年の4月から昨日まで、「タイ語入門 土曜日12:30」のクラスで勉強していたK君が、昨日をもって退会し、いよいよタイの高校へ交換留学することになった。出発は2週間後である。
 学校の関係で、彼はいつも30分ばかり遅れて来ていたので、タイ人講師の授業が終わった後、私がその30分、補講をおこなってきた。
 彼は17歳。若いから発音もいいし、覚えも早かった。タイ文字も読めるようになったから、全く問題なし。
 タイ人講師が言った。「あなたが留学する高校は有名ですよ。男子校なのでゲイがいっぱい」 それはよく聞く話なので、私も「さわられないようにね」と、つまらない助言をした。
 いずれにせよ、吸収力の旺盛な時期にタイへ留学することは貴重な体験である。以前にもタイへ留学する女子高生の面倒を見たことがあるが、その彼女は帰国後、大学に進学し、今は社会人として、アイディアあふれる仕事をしている。
 K君の今後が楽しみだ。なお、彼がホームステイする家の高校生が、反対に日本に留学して来るそうだ。これぞまさしく交換留学なり!

木目込み人形師

 昨日の午後、高田馬場駅から西に向かって早稲田通りを散歩した。小滝橋まで行って引き返したが、途中、閉店したとばかり思っていた毛糸屋がいつもながらに店を開けていた。中に入ってみたところ、おばさんではなくて、おじさんが店番をしていた。前回もそこでレース編みのベストを買ったことがあるので、今回も何か買おうと思った。
 店主は不愛想に言った。「うちは新しい糸の宣伝をするために作品を展示していますから、編んだものを売る目的で飾っているわけではありません」
 しかし、2坪ほどの狭いところで御商売を持続させるということは、並大抵の精神力が無いとそうは続くはずがない。店内を見渡すと、毛糸が半分を占めていたが、あと半分は木目込み人形の原型がたくさん置かれていた。
 「木目込み人形ですか。素敵ですね。お作りになられるのですか」と私が尋ねると、店主はさきほどとはうって変わって、ものすごく乗ってきた。そして、ある一つの人形を箱から大事そうに出してきた。
 「この着物の布はどうしても使ってくださいと頼まれたものです」と言いながら、人形の顔を覆っていた紙をとると、初老の女性が現れた。小太りの人形だったので、まるで私かと思った。
 俳優になってもいいくらいの風貌を持った店主は木目込み人形師であった。仕事に対する愛着が彼から感じ取れた。

8月の新規クラス

 このところ、見学者が有る。ある一人の方は、見学後、「木曜日の午後5時半からタイ語入門クラスを開講してください」と、強く要望した。
 それに対して、私はこう答えた。「そうですね…..。しかし、午後5時半から7時という時間帯にタイ語を習いに来ることができる方は滅多にいません。何故ならば、会社の退勤時間ですからね」
 しかし、彼女はその夜、メールを送ってこられ、どうしても午後5時時半から習いたいと熱く書いていた。「しばらくお待ちください。何とかして生徒さんを集めるようにしてみますから。ただし、3名集まらないと、開講はできません」と、私は返信した。
 昨晩、女性の見学者が有った。私はその方に木曜日の午後5時半からに参加できるか否かを尋ねると、「主人と二人で会社をやっていますから、時間のやりくりなら、どうにかつきそうです」と答えた。
 よし、あと一名だ。8月7日から開講を予定しているので、まだ2週間近くある。きっと第3番目の受講希望者が出るであろう。生徒も強気なら、私も強気で頑張るしかない。

K氏のみやげ話

 タイが大好きなK氏がクラスメート達と一緒にタイへ旅行した。彼は面白いみやげ話を聞かせてくださった。
 中華航空で行かれたそうだが、帰路、台北を飛び立った後、しばらくして急病人が出たために、飛行機は台北に引き換えし、その夜は中華航空の指示により、台北のホテルに泊まることになったそうである。
 ところが、そのホテルは室内での喫煙を禁じていたために、タバコが大好きなK氏は1時間毎に喫煙が可能な場所まで往復した。そのうち、同じく喫煙している外国人がタイ人であることがわかったので、「クン ペン コンタイ チャイ マイ?」とタイ語で話しかけ、相手が「チャイ クラップ」と答えたところで、タイ語による会話が展開していったとのこと。
 その話を聞いて、私はとても面白いと思った。タイ語を習っていると、タイだけではなくて、思いもしないひょんな場所でもタイ語が使えて、全く退屈することがない。

日本人はけじめをつけるのが好き

 昨日で上智大学における前期の講義は終わった。残すは来週の期末試験だけだ。
 5月からインフォーマントとして手伝っていただいていたタイ人講師のS先生に感謝の気持ちを表わそうと思って、授業後、食事におさそいした。
 ところが、S先生はこうおっしゃられた。「日本人は何かひとつ終わると、食事とかしてけじめをつけますよね。タイ人はそうではありません。しかし、私は日本に長いので、日本人とタイ人の中間の文化で生きてます」
 どうやら遠慮をしておられるようであったので、「それではお茶でもして、少しおしゃべりしませんか」と私が言うと、やっと応じてくださった。だが、昨日は四ツ谷駅周辺の喫茶店はどこも満員であった。やっと見つかった4軒目の喫茶店は煙草の煙がきつく、S先生はいやがった。結局、食事もお茶もしないまま互いに家路につくことになった。
 「日本人はけじめをつけたがりますね」というS先生の言葉を復唱しながら、そうかもしれないなあと思った。タイ人は日本人と比べると、白黒をつけるようなことはなく、自然な空気の中をくったくなく生きている。タイ人の場合、冠婚葬祭と誕生パーティーは例外だが、何か一つのことが終わって、「打ち上げパーティー」とか、「反省会」とかはあまりしないような気がしてきた。

フランス料理店での英語

 昨年、我が家にホームステイした太陽君が、今月からアメリカへ留学する。その途中、5泊だけ東京に立ち寄っている。
 彼の高校卒業祝い、大学入学祝い、そして、19歳の誕生日のお祝いを兼ねて、彼の好きなフランス料理店で一緒に食事をした。フルコースであったため、一皿ごとに、料理の説明が有った。私には日本語で、そして、太陽君には英語で。
 ところがである。太陽君は日本人の英語の発音がおかしいと言って、タイ語で私に何度も言った。「Thisu isu creamu chizuu. ジッスウ イズウ クリームウ チーズウ と聞こえます。どうして、こんな発音するの?」
 私は答えた。「日本語は、単語の終りに必ず母音がつくので、英語を話す時も、this ではなくて、thisu になってしまうのよ」
 私の説明を聞いても、太陽君は不思議がり、そして、クスクス笑った。
 それを見て、日本人はもう少し発音に力を置かないと、国際化、国際化と言っても、外国から来た客人にはとても通用しないと思った。 

個人レッスンの新しい生徒さん

 昨日、個人レッスンを希望される新しい生徒さんが教室に見えた。彼女の希望は日曜日。タイ人講師達は日曜日は遊びに行きたいので、講義の依頼は遠慮している。
 まず授業の冒頭、タイ語を習いたい目的を尋ねると、彼女が働いている会社がバンコクにも支社が有り、ビジネス上、タイ語が必要だとのこと。社長(中国系マレーシア人)が彼女を顧客に紹介する時、「タイ語が話せるんですよ、この女性は」と断定してしまったそうだ。横で聞いていた彼女は、ものすごいプレッシャーをかけられたと思い、あわててタイ語を勉強することにしたという次第。
 教え始めてすぐにわかったことは、全くの初心者ではなくて、他校でタイ語の基礎を修めていたということだ。8年前に習ったにしては、よく覚えている。母音を発音する時の口の開け方の違いを指摘し、無気音と有気音の矯正をしただけで、発音はかなりよくなった。ヒアリングの能力も有り、タイ文字も読める。大変に教えやすい生徒さんだ。
 最近、入社した会社がタイと御縁があるということで、彼女のタイ語力が目覚め始めた。8年ものブランクは、一気に解消した。

奇遇

 昨日、「第87回アジア女性のための生け花クラス」が実施された。無料開講してからすでに7年半になる。参加される方がいろいろと変わるのは致し方がない。世の移り変わりと同じ…..。そうとらえている。
 ところで、昨日は参加者が少なかったので、タイ語の生徒さんに声をかけたところ、昨年10月から勉強に来られているKさんが参加したいと申し出た。
 私は昨日4時からタイ人に日本語を教える仕事が入っていたので、生け花クラスを途中退場したのでその後、何があったかは知る由もない。だが、同じく参加されたHさんから、ラインが来た。「華道講師の御主人と、K子さんのお父様が親友だったそうですよ」
 それを聞いて奇遇だと思った。帰宅後、華道講師に電話をして、いろいろと話を聞くと、K子さんが小さい時、彼女の家で会ったことがあるとのこと。「主人の恩人です、K子さんのお父様は」と、華道講師は付け加えた。この広い東京の空の下で、何十年ぶりかの邂逅が、泰日文化倶楽部でなされたことは、本当に奇遇である。

喫茶 「つかさ」

 泰日文化倶楽部に時々、ビジターとしてタイ語を習いにみえる女性がおられる。その彼女が私にラインを送って来た。「つかさという喫茶店、御存知ですか? 手塚治虫がいつも行っていた店ですよ」
 私はすぐに返信した。「知りません」
 この喫茶店が教室の近くにあるらしいのはわかったが、一体、どこに在るのであろうか、とても気になり始めた。
 ところが、気にして散歩していると、すぐに見つかった。これまでいつもその店の前を通っていたのに、全く関心を持ったことがなかったから、店名を覚えていなかった。今どき、こんな古臭い喫茶店がるのであろうかと思っていた店だ。
 手塚治虫が愛した喫茶店であると知ったからには是非とも行ってみようと思って、店のドアを開けた。確かに、昭和の雰囲気がする店であった。客人は皆、落ち着いた大人達ばかり。壁に染みついた煙草のヤニの色が歴史を感じさせる。
 またこれからも来ようと思い、コーヒーの回数券を買った。

タイの象の置物

 昨日のブログで雑司が谷に在る學問所雑司寮明哲院のことを書いたが、そこの御主人(哲学者)が、研究室や応接間も御覧くださいとおっしゃるので、お言葉に甘えて拝見することにした。
 研究室に入った時、私の目に最初に飛び込んきたのは象の置物2体であった。タイ製のものにまちがいないと直感した。
 何故、象の置物が有るのか尋ねてみると、祖父に当たる方が国会内で鍼灸医院をやっておられたことがあり、たくさんの代議士の治療にあたられたが、その中のお一人のS氏から戴いたとのこと。そのS氏は外務大臣をなさっておられた方だから、私もお名前だけはよく存じあげている。
 そこで私は考えた。S氏は外務大臣の時、タイの要人達から象の置物を進呈されたのではなかろうか。
 築101年の日本民家にタイの象の置物がすんなりとおさまっている。全く違和感が無い。