最近、泰日文化倶楽部にはちょっとした動きが有る。猛暑が終わり、虫の音を聞き始めると、学習意欲が湧いてきたらしい。HPの充実をはかっているので、タイに関心が有る方達のHP訪問が増えた。
しかしながら、教室に見学に見えて、入会された方達に入会の経緯を聞いてみると、現役の生徒や元生徒の紹介であることが多い。要するに、口コミだ。生徒達の紹介の後、HPを見て納得という運びである。
ところが面白い傾向として、中国系の人の見学希望が出てきた。中国系の人には知り合いがいないので、HPを頼りにやってきたらしい。タイ語を習いたい理由を尋ねると、「タイへよく行くから」とか、「タイに関心が有るから」と答えた。
それを聞いて、彼らは日本で働きながらも、視点は東南アジアに向いているなあと思った。我々日本人よりもはるかにタイ通になりそうだ。
編物
60歳の8月から編物を習い始めて6年が経過した。続くかどうか心配であったが、意外や意外、続いている。3月から3号針で編み始めたベストが8月下旬にやっと完成。なんと半年もかかってしまった。夏に着ようと思っていたが、来年から着ることにし、箱の中に納めた。
稽古事は根気が大切だ。根気さえあれば続く。上手・下手は問わず、ひたすら続けること、それに限る。完成した時の喜びはなかなかに捨てがたい。途中で投げ出したい時もあるが、別にあせることはない。しばらく放っておき、気分が向けば、また編む。その繰り返し….。
泰日文化倶楽部に通う生徒達は、長い方は長いし、短い方は短い。何故、長く続くのであろうと感心しているが、続かせるだけのコツをお持ちであることが分かった。習い事は、マイペースで、無理なく、楽しく持続させることが一番だ。
覚えやすい単語から覚えよう!
「タイ語入門クラス」の生徒達は、毎回、新しい単語を覚えるのが大変そうだ。そこで、私は助言した。「あせらず、覚えやすい単語から覚えてください。ところで、覚えられた単語、自分のものになった単語は、たとえば何ですか?」」
Aさんが答えた。「タナーカーン(銀行)、アージャーン(先生)、そして、警官(タムルアット)です」
それを聞いて、銀行という単語は身近な場所だから、そして、日本語に近い音、すなわち、「田中さん」という名前に近い音だから、覚えやすいのであろう。次に、先生という単語であるが、これまた、授業のたびに、タイ人講師がしゃべっている単語だから、十分に耳にこびりついているはず。最期の「警官」は、発音が難しい。しかし、Aさんには、警官という単語もいつのまにか頭に入っていた。
単語を覚える場合、単語集の中の単語を文字の配列順、すなわち、ABC順に覚えようとしても、生きた単語にはならない。生活に関連した単語、必要とする単語から、どんどん覚えていこう!
竜巻
昨日の午後、越谷から野田にかけて竜巻が発生し、多大なる被害を与えた。屋根が吹っ飛び、窓ガラスが粉々。一瞬の出来事だ。
そこで、夜のベトナム語のクラスで、ベトナム人講師にたずねた。「ベトナム語で竜巻は何と言いますか?」
彼女はすかさず答えた。「ヴォイ・ゾング」。ヴォイは象の鼻、ゾングは竜、という意味だそうである。面白い組み合わせだ。竜はわかるが、象の鼻とは! 形を考えると、イメージできなくはない。ベトナムでは、象と竜は仲がいいんだなあ。いずれにせよ、両者からは、時代、歴史を超えた偉大さが感じられる。
タイ語では、辞書を引くと、「回転する風ลมหมุน 」と書いてある。しかし、一般的には、「トーナードー」。これは英語をタイ・イングリッシュ的に、すなわち、タイグリッシュで発音したものである。
救急
昨晩、火曜日の生徒さん達が楽しそうに勉強しているのを見届けてから、高田馬場駅へ向かい山手線に乗った。だが、私の乗った電車はすぐには動かなかった。何故ならば、私が乗った車両の真ん前のホームで男性がバタンと倒れたからである。意識がなさそうに見えた。駅員が飛んで来たが、駅長室への連絡のためであろうか、行ったり来たりしている。
すると、私の横にいた女性がすかさず電車を降りて、彼の処置にあたり始めた。そして、近くの人に指示を出していた。タオルを出して、倒れた人の頭に置くように、と。彼女もバッグの中から小さなハンドタオルを出していた。
いずれにせよ、私は救急にあたるその女性の勇気に驚いた。と同時に、尊敬もした。おそらく、看護師さんであろう。職業意識をしっかり持ったプロ中のプロだ。人を救うということにはいろいろなリスクが伴う。しかし、彼女は見知らぬ初老の男性を蘇生させようとして必至であった。そのような姿を目の当たりにして、とても心打たれた。
布団
太陽君が札幌に帰ってから2週間が過ぎた。彼は日本文化が大好きなので、学校では茶道部に入っているという。だから、私も新しい抹茶と茶筅を買って、彼にお茶をふるまった。おでんが食べたいと急に言い出した時は、大雨の中、びしょ濡れになっておでん専門店へ行った。
彼が一番喜んだのは布団であった。彼のためにベッドを用意しようかと考えていたが、それは杞憂に終わった。布団が何よりも好きだということで、まるで夏用のかけ布団を抱くようにして寝ていた。
私は太陽君のためにこまめに布団を干し、寝る時は太陽のにおいがたっぷりするようにしてあげた。すると、彼はぐっすりと眠り、朝、なかなか起きなかった。「あと5分、ください」、「あと1分」と言いながら、とても幸せそうな顔をして眠っていた。
今はベッドの時代だが、布団は布団でいいことを太陽君から改めて考えさせられた。彼はバンコクに帰るとき、是非とも布団を買って帰ると言った。化繊のマットレスは彼は嫌いなのだ。綿がたっぷり入った布団でなければならない。しかし、布団が好きな理由は、ベッドから落ちる心配がないのもあった(笑)。
20年前の生徒さん 来訪
「タイ語初級 金曜日20:30」のクラスで勉強しておられる生徒さんが、一昨日、一人の男性を連れて来られた。その男性は泰日文化倶楽部で20年前に習っておられた生徒さんであった。
「どうぞ、ご見学なさってください」とお声をかけると、彼は早速にも机に向かい、タイ人講師と積極的に話し始めた。タイへはよく旅行しておられるとのことで、また、仕事上、タイ人と接することが多いということで、単語が次から次に出てくる、出てくる!
20年という歳月。彼も私も年をとったことは否めないが、気持ちはいついつまでも若い。
あと1ヶ月もすれば、泰日文化倶楽部は創立25年を迎える。4半世紀だ。20年前の生徒さん、どうかタイ語の勉強にまたいらしてください!
新しい先生は輝くダイヤモンド
8月も今日で終わり。夏休みでタイへ帰国していた先生方も、皆さん、帰京された。9月以降、熱心にタイ語を指導してくださることと期待している。
ところで、昨晩から、新しいタイ人講師を採用した。月曜日と金曜日を担当していただく。お名前を訳すと、「輝くダイヤモンド」。なんとすばらしいことか! ご両親が愛する娘につける名前としては最高だ。彼女の愛称は英語からとられたものであったが、日本人にとっては発音が難しい単語であった。「ですから、アンと呼んでください」と、彼女は生徒に向かって自己紹介した。
最初の授業であったので、自由会話をしてもらった。生徒達も教科書にしばられることなく、新人講師とタイ語を楽しんでもらおうと思ったからである。そこで分かったことは、語彙力が無いという以前に、話す話題が無いということであった。
今後の課題としては、語彙と表現をたくさん指導しながら、聴力も鍛え、生徒の気持ちをらくにさせながら、会話を楽しんでもらうように方向づけしたい。
プック先生のルークチャーイ
昨日、プック先生がお子さんを連れて、突然、教室に現れた。昨年2月、タイでの出産のため、泰日文化倶楽部をおやめになって以来、お会いしていなかったので、とても嬉しかった。
お子さんは坊や(ルークチャーイ ลูกชาย )で、1才4ヶ月。プック先生はタイ語で育てているそうだ。人見知りをすると聞いていたので、大きな声で話しかけると怖がられるような気がして、なるべく小さな声で話しかけた。
しかし、心配は無用であった。だんだんなれてきて、教室の中を歩き始めた。私が「走って! วิ่ง 」とタイ語で言うと、少し走った。なかなかにいい感じだ。
プック先生の話では、これから保育所を探すそうだ。理由は、日本語も覚えてほしいからである。何よりも、ご主人のお父様、すなわち、おじいちゃんが早く孫と話したがっているので、そのためにも日本語教育が必要と感じているとのこと。
タイ旅行から帰って来た生徒達
8月は泰日文化倶楽部で勉強している生徒達の多くがタイへ武者修行に出かけた。帰国したばかりの皆さんの顔を見ていると、頭も心もまだタイに残してきている感じがする。「今度、いつ行きますか?」と尋ねると、「来月、また行きます」という方達が数人おられた。うらやましい限りである。
私の関心は彼らのタイ語だ。皆さん、それなりに通じたようなので安心した。
だが、一人の生徒が言った。「数字が難しいですね。ソイの11に行ってもらおうと思ったのに、タクシーの運転手は通り過ぎてしまいました。私の発音がソイの18に聞こえたようです」
なるほど。以後、数字の発音を徹底させることにしよう。
いずれにせよ、自分の関心が有ること、特に、ゴルフ場での会話は問題がなさそうだ。何故ならば、何回も繰り返して使っているからだである。キャディーさんとの会話が伝わってきて、なかなかに楽しそうだ。