かばん、忘れてますよ!

1月も半ばを過ぎた。教室の隣りのビルに在るドラッグストアで日用品を購入。荷物がいっぱいになったので、遠回りにはなるがバスで帰宅することにした。高田馬場駅から上野公園行きのバスに乗り、途中、乗り換えのために江戸川橋で下車。しかし、下車する時に、背後から大きな声がした。「かばん、忘れてますよ!」

私は日用品が入ったトートバッグのみに気がとられ、もう一つの手提げかばんをすっかり忘れていた。それには生徒達の宿題のファイルが入っている。もしも注意されなければ、果たしてそのファイルはいずこへ? それを思うとひやりとした。

いつもの荷物のほかに更に荷物が増えると、どちらかを忘れるという現象。どうやらこれからも有りそうだ。右のものに注意を払えば左のものに注意が散漫になる。逆も言える。集中力というものは何と曖昧なことよ。

今日の翻訳

コロナのニュースが問題視され始めた頃の古い記事(ไทยรัฐออนไลน์ วันที่3 ก.ย. 2563)から出題する。

๑. หัวเรื่อง / สธ. ราชทัณฑ์ กทม. ตั้งโต๊ะแถลงด่วน นักโทษป่วยโควิด-19 อยู่ระหว่างแยกกักก่อนเข้าแดน

๒. ปกติ ถือเป็นการติดเชื้อในประเทศรายแรก หลังไม่มีมากว่า 100 วัน

๓. เมื่อเวลา 18.00 น. วันที่ 3 ก.ย. 2563 นพ. สุวรรณชัย วัฒนายิ่งเจริญชัย อธิบดีกรมควบคุมโรค นำแถลงข่าวกรณีนักโทษติดโควิด-19 ซึ่งเป็นนักโทษใหม่ เข้ามาในทัณฑสถานบำบัดพิเศษกลาง วันที่26 ส.ค. ก่อนจะตรวจพบว่ามีการติดเชื้อโคโรนาไวรัส เมื่อวันที่2 ก.ย. ที่ผ่านมา

๔. จากนั้น พญ. วลัยรัตน์ ไชยฟู ผู้อำนวยการกองระบาดวิทยา กรมควบคุมโรค ชี้แจงว่า ทางกรมควบคุมโรค รับทราบรายงานว่ามีผู้ต้องขังติดเชื้อโควิด-19 เมื่อวันที่2 ก.ย. ที่ผ่านมา ซึ่งการตรวจที่เกิดขึ้นเป็นประจำในเรือนจำ

๕. รายนี้อยู่ระหว่างแยกกักก่อนเข้าแดนปกติ เป็นผู้ต้องขังแรกรับ แต่ภายหลังส่งผลตรวจสอบยืนยันแล็บ 2 แห่ง พบว่าติดเชื้อโควิด-19 จริง จึงส่งทีมลงสอบสวน เป็นทีมจากกรมควบคุมโรค สำนักอนามัย กทม. และทีมราชทัณฑ์

花びら餅とごぼう

1月11日、初釜に参加し、年に一度のめでたい花びら餅をいただいた。真ん中に薄紅色が混じったやわらかめの餅には味噌餡がはさまれている。形はと言えば、蛤(はまぐり)を大きくしたようなもの。だが折り合わせた餅の背中の部分に、7センチくらいの細いごぼうが横一文字に組み込まれている。これが何故、めでたいか?

花びら餅の由来を調べてみると平安時代に遡る。宮中の雅な貴人達が「歯固めの儀」に使ったのが始まりで、明治になると茶道界でも許されることになったそうだ。やわらかいものばかり食べるのではなくて、固いものも食べて顎を鍛えなければならないという意味合いが有るとのこと。

なるほど。ごぼうで喝を入れるとは! にんじんでも良さそうだが、ごぼうに軍配が上がった。何故ならば、ごぼうは地中深く根をはり、より固いからである。要するに堅固であるということ。日本人がおせちに込める意味合いはよく知られているが、お菓子にも深い願いが練り込まれていた。

花に花

1昨年から大学時代の友人を通して「認定NPO法人こつこつ」という団体の賛助会員になっている。去年のクリスマスの時に、ケーキよりもお花をという思いで花ギフト券をプレゼントすると、手書きのサンキュー・カードが送られて来た。

「吉川さん お花をありがとう」と書いてあった。 これだけなら一般的な話。だが、そうではなかった。「花」という漢字のすぐ下に、ルビを打つかの如く、花の絵が2つ、小さく添えられていた。小さな花が支え合って、大きな花を咲かせている。漢字の花に花が咲いた!とてもユーモラスであり、気持ちが伝わってきた。

現在ではいろいろなツールを使ってどんなデザインでも造れる。しかし、やはり一人一人の発想に基づいて創られたカードは実にいい。この法人のモットーは「ことばをつむぎ、こころをつなぐ」である。

今日のタイ語作文

1. バーツ高なので、タイ人旅行者は日本を大いに楽しんでいる。

2. それとは反対に、日本人旅行者はタイでの旅行に出費が増え、頭が痛い。

3. 為替の推移はあなどれない。

4. バンコクは避けて、これまで行ったことがない県へ行ってみるのもいい。

5. たとえば、北タイのペッチャブーン県はどうだろう。

6. 名所旧跡としては、何が有りますか?

元商社マンの語学に対する助言

元商社マンである斎藤親載氏の「インド人に学ぶ」という作品(=第1回文芸思潮ドキュメンタリー賞受賞 2024年)が『文芸思潮』(アジア文化社)にシリーズとしてずっと掲載されている。彼はバンコク、ナイロビ、そして、カルカッタでの駐在員生活が長い。数々の体験談はいずれも傑作である。

『文芸思潮』(2025年秋 第97号)の中に、彼の語学学習における要点について、本音で書いているので、それを是非とも紹介したい。

~多くの日本人が欧米語を苦手とするのは、言語構造や発音の違い、さらには文化インフラの違いなどさまざまな理由があろうが、引っ込み思案と完璧主義が大きな障壁になっていることは間違いはない。会話の習得においては、とくにそれを痛感する。しょせんは、外国の言葉ではないか。はじめから完璧にやれるはずがない。間違いだらけでも結構。臆することはない。べつに死刑になるわけでもないのだ。インド人のダメモト精神にあやかり、インド人になったつもりで、どんどんぶつかることが語学上達の早道と心得たい。~

アジア文化社編集長の好評

アジア文化社編集長は元生徒である。彼は長きにわたり彼が書いた文学作品、及び、発行している『文芸思潮』を私に謹呈し続けてくれている。最新号(2026新年)は第98号。あと少しで100号だ。彼の文学に対する熱意たるや、想像を絶する。

『文芸思潮』では銀華文学賞を募集しているが、年々、応募者が増えており、小説を書きたい人が多いことがわかる。最新号に第18回銀華文学賞の受賞者達が発表された。編集長の好評の最後の部分に目がとまった。引用すると以下の通りである。

~総じて、熟年の経験豊かな世界と旺盛な創作力が発揮された豊かなコンクールだった。人生には筆に残しておくべきことがある。自分と向かい合い、世界と向かい合って、生きること、命への共鳴をさらに深めてほしい。~

今日の語彙

1. タイ政府観光庁     2. 入国管理局

3. 民主記念塔       4. 戦勝記念塔

5. 大理石寺院       6. 黄金仏(トライミット)寺院

7. マッカサン駅      8.バーンスー駅

9. チュラロンコーン大学  10.タマサート大学

11.ゴールデンシャワー(花) 12.ブーゲンビリア(花)

地震列島

正月気分がまださめやらぬ1月6日、島根と鳥取の一部が激しく揺れた。島根の玉造温泉でご実家が旅館をしている生徒さん(東京在住)に昼休み、お見舞いのLINEをすると、すかさず返事が来た。「実家は大丈夫でした。しかし、地震報道を聞いたお客様達が予約をキャンセルすることが心配です」

翌日7日、鳥取市在住の元生徒さんにお見舞いのLINEをした。「当日、松江で叔父の葬儀をしている時に激しく揺れたので、葬儀が一時、中断されました。地震に慣れていないのでとても怖かったです」 

お見舞いの気持ちを伝えたのはわずかに2名だけだっだが、予想もしなかった返事が返って来て驚いた。日本は地震列島である。9日の夜、秋田が、そして、千葉が揺れた。東京でも揺れを感じた。日本列島ぶるぶる。そして、揺ら揺ら。これは困る。地震に対する経験が少ない外国人達の心境やいかに……。

インドとまじわる

年末年始の休みにインド関連の本を読み、一人でふむふむと思った。中でも、『インドとまじわる』(荒松雄著 中公文庫 1992年)が傑作だった。約15年前に一緒にインドへ行った元生徒さんにこの本のことを紹介すると、インドシナ半島最高峰のファンシーパン山に旅行中であった彼はすかさずLINEで返事をよこした。「僕はインドとはとてもまじわれません」

年がら年中、一人旅を実践している音楽家の彼はインドに関しては最初から自信が無かったようだ。私はどうにでもなると思って同行したが、確かにどうにもならなかった。だが、それが強烈な思い出となったというわけである。

旅行中のトラブルを解消するには、しっかりとした声で理路整然と話すことだ。翻訳機能を利用していては足元を見られる。言いたいことを言う。その気概が重要。そのためには自分で自分を訓練する必要が有る。単語を覚えた段階でゆめ安堵してはならない。いざという時に、ぴしゃりと言い切る迫力を密かに蓄えておこう。