大笑い or お笑い

タイ人は、「おじさん」と「おじいさん」、「おばさん」と「おばあさん」の発音が不得手である。「病院」が「美容院」、「京子さん」が「清子さん」になる。短母音・長母音、拗音(きゃ、きゅ、きょ)や促音(詰まる音のッ)が難しい。

今朝、深夜放送を聞いていたら、日本語がペラペラの欧米人がインタビューに答えていた。その中で「悲しみにくれている父親が自分の作品を見てお笑いした」と言ったので、私は「えっ?」と思った。すぐに「ああ、大笑いした」と言いたかったということに気づいた。

タイ語の固有名詞やタイ人の名前をカタカナ表記する際、タイ語の長母音をそのまま書くとするならば、多音節が続く場合はものすごく間延びしてしまう。とはいえ、短母音にしてしまうと、元のタイ語に戻すことができない。発音や表記にこだわっていると、頭が痛くなるから、正しい発音を知った上で、あとは妥協せざるを得ない。

ライン or 来院

昨日、健康診断の結果を聞くため近所の診療所へ行った。受付の女性がこう言った。「ラインしている皆さんにアンケートをお願いしています」、と。すかさず私は答えた。「あのー、ラインはしていないのですが」

彼女はあやまった。「滑舌が悪くてすみません。ラインではなくて、来院です」 素直にあやまる彼女に対して、私もあわててあやまった。「こちらこそ耳が悪くてごめんなさい。ああ、来院ということなのね」

診察を待つ間、ずっと考えた。彼女の発音が早口であったが故か、それとも、私の頭の中がラインのことでいっぱいだったからなのか? どちらが悪いとは決めつけたくない。こういう聞き間違いはこれからも多々あるであろうから、まずは自分に注意を喚起した。

今日の翻訳

『ภาษาไทยวันละคำ』(チュラロンコーン大学刊 พ.ศ.๒๕๒๙)の「หนามยอกอก」から出題する。

๑. หนามยอกอก และ หอกข้างแคร่ ต่างก็เป็นสำนวนที่หมายถึงเรื่องหรือสิ่งที่ทำให้ไม่สบายใจ วางใจไม่ได้

๒. หนามยอกอก หมายถึงบุคคลหรือสิ่งที่ทำให้นึกถึงเรื่องไม่สบายใจที่ติดตรึงอยู่ในใจ เป็นเหมือนหนามแหลมมาทิ่มแทงให้เจ็บแปลบปลายอยู่เสมอ

๓. เช่น ผู้หญิงคนหนึ่งทราบว่าสามีไปมีภรรยาอื่นและมีลูกด้วยกัน ผู้หญิงคนนั้นได้นำลูกของสามีมาอุปการะ แต่ก็ไม่รู้สึกรักใคร่เอ็นดูเท่าที่ควร กลับรู้สึกว่าเด็กคนนั้นเป็นหนามยอกอก ทำให้นึกถึงแม่ของเด็กอยู่ร่ำไป

๔. นอกจากนี้ หนามยอกอก อาจใช้ในกรณีอื่นก็ได้ เช่น ผู้ชายคนหนึ่ง เคยถูกไล่ออกจากงาน แม้จะนานมาแล้ว แต่เรื่องนี้ก็ยังเป็นหนามยอกอกเขา ทำให้รู้สึกไม่สบายใจอยู่เสมอ

๕. ส่วน หอกข้างแคร่นั้น หมายถึง มีศัตรูอยู่ข้างตัว นอกจากจะทำให้ไม่สบายใจแล้ว ยังอาจเป็นอันตรายอีกด้วย เปรียบเหมือนหอกที่ปักอยู่ข้างแคร่ อาจมีผู้หยิบมาทำร้ายผู้ที่อยู่บนแคร่ก็ได้

泰日文化倶楽部 満38周年!

今日から10月。おかげさまで、泰日文化倶楽部は満38周年を迎えました。タイ人講師の諸先生方、現役の生徒さん達、諸事情で退会された元生徒さん達、そして、関係者の皆様に感謝です。39年目も地道に教室を運営していく所存ですので、今後ともよろしくお願いいたします。

AI (Artificial Intelligence) の時代に入ってからというもの、時間の流れがますます早くなりました。タイを愛し、タイ語を勉強する我々は、TI (Thai Intelligence)を模索し、良い点を参考にしたいものです。

禅問答に倣って、タイ問答をやってみましょう。問(1)「なぜタイが好きか?」 答「タイ縁なり」 問(2)「タイ縁とはいかに?」 答「人それぞれ」 問(3)「人それぞれとは?」 答「十人十色」 問(4)「十人十色とは?」 答「皆、それぞれにタイが好き」

責任を伴う声

9月28日、「ねりま演劇を観る会」が主催した『命どぅ宝』(劇団文化座 座長=佐々木愛)を観劇した。佐々木愛さんは83歳。彼女の演技を楽しみにしていたが、とにかく声に圧倒された。よく通る声はいったいどのようにすれば出るのであろうか?

佐々木愛さんの演技歴は65年。文化座の創設者である父親、そして女優である母親に鍛えられた一人娘。1987年に文化座代表になって39年。大勢の劇団員を統括するその責任の重さたるや想像に絶する。彼女の声が舞台を引き締め、かつ、観客席の一番後ろまで轟きわたるのは、座長としての責任が後押ししていたからにほかならない。私はそう思った。

9月も今日で終わり。長雨でうんざり。だが時間は待ったなし。残りの3ヶ月、発声も含めた自己研鑽に励み、2026年を上手にまとめよう。

今日のタイ語作文

1.日本語検定試験を受ける外国人が急増しているそうだ。

2.日本語能力一級の資格を取得すれば、日本での就職は引く手あまたであろう。

3.外国人との多文化共生に関する課題には何が有りますか?

4.外国人の母国の文化を勉強して、敬愛の念で接する必要がある。

5.外国人の気持ちを阻害すると、犯罪にまで及ぶことも有り得るので、とにかく言葉遣いには配慮しなければならない。

無一物(禅語)

昨日、茶道教室に参加した。掛け軸は「無一物」。読み方は「むいちもつ」、または、「むいちぶつ」。禅語だから教訓が有るはず。茶道講師から「意味を調べてごらんなさい」と言われたので、スマホで調べると、こうであった。

「仏教や禅の言葉では、すべてが<空(くう)>であり、執着すべきものは何ひとつないという心理を表す。人間はもともと何も持たずに生まれ、心も本来は純粋無垢であって、欲望や執着にとらわれる必要はない」

ところがである。茶道仲間がこの禅語にすかさず反応した。「あら、無一物って、ペットフードの名前に有りますよ」、と。それを聞いて、私はとても傑作だと思った。こちらのネーミングの由来を検索すると、「余計な添加物を一切入れていない無添加の国産ペットフード」と出た。果てさて、ペット達はいかなる境地で食べていることか?

何年やってるの?

昨日、泰日文化倶楽部で月に一度の「アジア女性のための生け花教室」を実施した。生けた花は、野茨(ノイバラ)、杜鵑草(ホトトギス)、小菊の3種。いずれも秋の花材だ。杜鵑草は鳥のホトトギスの胸に似ているから、そのように命名されたというのが華道講師の解説。

毎回、季節の花と格闘しているが、そのたびに「何年やってるの?」と華道講師は言う。そう言われるとつらい。何故ならば、月一の稽古ではどうしても感覚がつかめないからだ。毎週、習えばもっとましになるかもしれないが、それは言い訳。芸道は遥かなり。

「習う」というのは息が長い話である。10年やっても20年やっている人にはかなわない。20年やっても40年やっている人には及ばない。40年で一区切り? いやいや、やめたらおしまい。趣味でいい。走り続けながら何かを取得。「走+取」→「趣」の境地を目指そう!

今日の語彙

1.海鮮丼     2.官報

3.機敏な     4.奇怪な

5.掘削工事    6.苦境

7. 検索     8. 原価

9. 国策    10. 国土交通省

11. コンセント 12. カオラック    

43年前の生徒さん 現る!

数日前、昔の生徒さんからタイ語の勉強を再開したいというメールをいただいた。お名前を覚えていたので、一番易しいクラスの「タイ語入門 木曜日13:30」をご案内したところ、昨日、彼が本当に教室に現れた。そして、彼はこう語った。

「吉川先生に教わったのは43年前でした。バンコクに赴任する前に3ヶ月だけ教わりました。勉強を続けていればペラペラになっていたはずなんですがね。今、76歳です。これから5年間、タイ語をしっかりと勉強したいです」

それを横で聞いていたタイ人講師が驚いたように言った。「私は45歳です。私が2歳の頃のお話ですね!」

43年前といえば私は36歳、そして彼は33歳。教えた場所はアジア・アフリカ語学院であった。長い年月を経て、元気で再会できた喜びは何ものにも代えがたい。時間が許される限りにおいて、タイ語学習を通じて、これからも東南アジアの文化的背景を幅広く共に観察して行きたい。