ビワの木 と 剪定

  街を歩いていると、ビワの木が黄色い実をつけ始めているのが目にとまる。実がなるということは、豊かなことの象徴なので、とても嬉しい。
  昨日、マンションの管理員さんがゴミ・ステーションの屋根に梯子(はしご)をかけて、すぐそばにある木から実をとっていた。よく見ると、ビワの実であった。
  「えっ、ここにビワの木が有ったのですか?全く知りませんでした」と、私は彼に言った。
  「業者を変えて剪定させたところ、実がなるようになったんですよ」と、彼は答えた。
  それを聞いて、私はこう思った。タイ語の勉強にも通用するのではないか、と。 なかなか上手にならない人は、勉強方法を変えてみてはどうだろうか。同じ先生にばかり習わないで、先生を変えてみては?
  タイ語を勉強していく上で、面白みが感じられなくなると、やめてしまう方が多い。しかし、皆さんの中にはいずれ開花し、結実するものが必ずや眠っている。いろいろな方法を模索して、自分なりに、「タイ語という実」をみのらせてみよう、この夏に向けて!

蝶の老紳士

  泰日文化倶楽部の生徒の中で最高齢であられるS氏はつぃ最近、81歳をお迎えになられた。タイ語の勉強に対する熱意は入会時からまったく衰えることをしらない。
  「タイがあってよかったですね。もし、タイとの出会いがなかったとしたら、今頃、どういう生活をしておられましたか?」、と私は尋ねてみた。
  「以前は、台湾に蝶を取りに行ってました。しかし、カラオケ仲間にタイ女性のNさんがいて、その彼女から、蝶でしたら、私の故郷のチェンマイにいっぱいいますよ、と誘われたのが、タイとのきっかけです」
  S氏がNさんの名前を出した時、私はすかさず反応した。何故ならば、彼女と私は通訳の仲間であったからだ。「えっ? あの彼女がタイを紹介?」と、驚いた。
  タイにおける対人関係では、いろいろとつながり合っていることが多々ある。だが、泰日文化倶楽部きっての最高齢者に私の仕事仲間がタイを伝授していたことを知り、世間は狭いなあとつくづく思った。
  
  

見学者 と 元生徒

  昨日より、「タイ語入門 水曜日19:00」のクラスを開講した。水曜日の午後7時という時間帯は、タイ語を習いたいという社会人にとっては、まさしくゴールデン・アワーである。気力と意欲を持続させて、大いに頑張ってもらいたい。
  ところで、この新規クラスに見学者が有った。彼が何故、泰日文化倶楽部にやって来られたのかその理由を尋ねると、元生徒さんが紹介してくださったことがわかった。
  その元生徒さんのことが知りたくて、見学者に少しばかり聞いてみると、バンコクに4年も在住して、タイ語づけの毎日を送っておられるとのこと。タイ語をペラペラと話す友人を見て、見学者であるT氏は、「自分もタイ語を勉強しよう!」と思い立ったそうである。
  私としては、初めてお会いした方から、泰日文化倶楽部の元生徒さんの近況と活躍ぶりを聞くことができて、とても嬉しく思った。

タイ文字の特別クラス

  5月中旬から2週間ばかり忙しくしていたが、どうにか時間ができたので、クラスの状況を見ながら、生徒達の質問に応じている。
  昨晩、タイ文字が習いたいというA子さんの要望を叶えるため、新装なったプライベート・レッスン用の教室に彼女を招き、簡単な単語や文章を読む特訓をした。読みたいという意欲は満々だが、タイ文字がきちんと頭の中に入っていないため、A子さん、少々、苦しそうであった。
  実を言うと、彼女は「タイ語入門クラス」に所属するグループ・レッスンの生徒だ。だが、会話よりもタイ文字を覚えたいという希望が募ってきたので、昨晩は彼女の希望に応じることができて、私自身もうれしくなった。
  4月下旬から用意した3つ目の教室である706号教室。これからも学習意欲が旺盛な生徒達にどんどん利用してもらい、タイ語の力を大いにつけていってもらいたいものだ。
  

日本語が話したくてたまらないタイ人高校生

  去年の9月から札幌の高校で学んでいるタイ人留学生が、夏休みの2ヶ月間、東京に来て、我が家にホームステイすることになっている。
  昨晩、電話で打ち合わせをしたところ、彼の一番の希望は、「日本語を学んで、たくさんしゃべりたい」ということであった。現在は学寮に住んでおり、授業も英語で受けているので、日本語の環境がきわめて少ない。この夏休みを利用して、日本語を本格的に学び、自信をつけたいという気持ちが、電話を通じていたいほど伝わってきた。
  しかしながら、毎日5時間もプライベート・レッスンを受けるとするならば、ものすごい受講料になる。泰日文化倶楽部に連れていく予定なので、生徒の皆さん、彼にたくさん日本語を話しかけてください。もちろんタイ語も併用してOK。新しいタイ人から発音を直してもらうのもタイ語の勉強になりますよ。

教え子はソウル歌手

  昨晩、北参道のステージ付きカフェで、ソウル歌手であるEVAさんのコンサートがあった。彼女は上智大学の教え子である。
  5年前に友人の結婚式で彼女が歌を披露したが、その時から私は彼女の歌声に魅せられた。機会が有れば、また是非、聞きたいと思っていたが、本格的に歌手活動を展開していることを知り、昨晩は大いに期待して出かけた。
  彼女の歌のすばらしさは歌唱力にあるが、それを支えているのは彼女の英語のすばらしさだ。英語の一語一語が完璧そのもの。胸にしみいるように聞こえる。
  略歴を見ると、シアトル生まれで、幼少期に日本に来たと書いてあった。なるほど、彼女の音感はアメリカですでに決定されていたわけだ。その後、現在に至るまで、日米を往復しているようだから、まさしく英語づけの日々ということになる。
  言葉は習って上手になるものではなく、環境が一番だとつくづく思う。

双子座

  6月はタイ語で มิถุนายน (ミトゥナーヨン)。 มิถุนは、双子座という意味だ。昔は双子(ฝาแฝด)が珍しかったが、最近は私の周辺だけでも双子の話をよく聞く。友人が双子を産んだが、その双子の一人がまた双子を産んだ。さて、3世代目はどうなるか? 
  タイ語を教えていると、皆さん、月の呼称を覚えるのが大変そうだ。反対に、月名がすらすらと言える人は、タイ語にかなり通暁しているように聞こえて格好がいい。
  語学は根気が必要だ。単語をこつこつ覚えていくしかない。月名を覚えるには、まず自分の誕生月から覚えること。そして、月が新しく変わるたびに、その月名を暗誦することをお勧めする。
  とにかく声に出して、繰返し繰り返し言うといい。タイ語のリズムをつけるためにも、自分の生年月日を言う練習を、さあ、今日から始めてみよう!

七味とうがらし

  漢字検定のテキストの中に、「味」という漢字を勉強する項目がある。例題として、「七味とうがらし」が挙げられているが、「し」 と 「ち」の発音が明瞭に音別できないタイ人にとって、その発音が難しいことがわかった。
  しかし、日本人の中にもはっきり言えない人がいる。「しちみとうがらし」ではなくて、「ひちみとうがらし」と発音している場合が多々みられる。
  かつて、タイ人達と清水寺の坂下にあるとうがらし専門店に入ったことがある。お好みの割合でとうがらしを配合してくれるが、「一味」であれ、「七味」であれ、タイ人にとって、何ら辛くはない。あの「ねずみの糞の唐辛子」に比べると、日本のとうがらしは見た目の色で脅しているだけだ。

ラオス語のクラス

  最近、ラオス出身の女性にお会いすることが有った。彼女はラオス料理店のオーナーであった。ラオス料理だけではやっていけないので、タイ料理も提供しているそうだ。
  「お客さんの中にはラオス語を勉強したいという人がいます。でも、なかなか無いんですよね、ラオス語教室が」、と彼女は言った。
  そのような話はよく聞く。泰日文化倶楽部でタイ語を習っている生徒達からも時々、「ラオス語クラスを開講してください」と言われる。
  ラオス語講師なら知っている。だが、生徒が8人集まらないと採算が合わない。私が知っているラオス語の先生は日本に長く住んでおられるから、安い講師料でお招きすることは失礼だからである。
  いずれにせよ、同じ時間帯に生徒を8人も集めるのは至難のわざである。かくして、ラオス語のクラスの誕生は望むべくもない。

ある国文学者

  私が住んでいるマンションに、平安時代の言葉を研究している国文学者がおられる。開いている窓から、一度だけお部屋の様子が見えたことがあるが、壁一面、本でいっぱいであった。彼とは玄関先ですれちがうことが何度かあったが、最近、お姿をみかけない。
  そこで、管理員さんに尋ねてみると、「あの方でしたら、もう2年前にお亡くなりになりましたよ」、と言われた。
  私はいろいろな意味で驚いた。お見かけしないまま、もう2年が経ってしまったこと、そして、いっぱい詰まった彼の頭の中の知識がかなり前に消えてしまっていたことに。
  マンションでは、空巣対策として、掲示板に訃報の知らせを貼らないきまりにしている。したがって、住民は誰が亡くなったかわからない。家族もそれを望む人達が多いらしい。希薄といえば希薄な集団だ。