次なるタイ語表現に対して、続きの文章を書き足しなさい。
๑. รู้สึกว่า
๒. คิดว่า
๓. นึกว่า
๔. เห็นว่า
๕. ถือว่า
๖. บอกว่า
๗. สงสัยว่า
๘. แปลว่า
๙. แสดงว่า
๑๐. หวังว่า
新宿・高田馬場駅から近くのタイ語学校
次なるタイ語表現に対して、続きの文章を書き足しなさい。
๑. รู้สึกว่า
๒. คิดว่า
๓. นึกว่า
๔. เห็นว่า
๕. ถือว่า
๖. บอกว่า
๗. สงสัยว่า
๘. แปลว่า
๙. แสดงว่า
๑๐. หวังว่า
一昨日、自宅のポストにタイ料理の出前(デリバリー)のチラシが入っていた。ピザの配達のチラシはいつも入っているが、タイ料理は初めてである。すべての料理に番号(1~236)がついているので、注文の際、間違いが起きることはなさそうだ。
果たして、注文客はいるのであろうか? そう思って、教室へこのチラシを持って行き、生徒達に見せると、注文する人はいるとのこと。たとえば、マッサージ店を経営しているタイ人女性達が頼む場合があるというわけである。
いやはや、私に言わせてもらうならば、時代が大きく変わった。1969年にタイ大使館に勤務し始めた頃は、東京にはタイ料理店が一軒もなかった。有楽町と新橋の間にある「慶楽」という中華料理店がタイ料理のメニューを用意して、中華のついでに供していたにすぎない。
チラシの写真は美味しそうだが、お味のほどは取ってみないとわからない???
昨日は日中の温度が5度止まりで寒かった。その上、一日中、雨が降ったので、歩くのが面倒であった。だが、今年の冬、初めてダウンコートを着たことは気分転換になってよかった。なにしろ、室内には冬用のコートだけで6着くらいあるから、否が応でも取り替えて着ないと、ほったらかしにされているコートから自分の出番が少ないといって文句を言われているような気がしてならない。
寒いのは寒かったが、火曜日は授業が5クラス有り、いずれのクラスも皆さん、楽しく熱心に勉強している。だから、寒い日であっても、「火曜日は熱い日」なのである。
勉強の熱を燃やして、頭と心を少しでも熱くしよう。そして、仲間と大いに語ろう。また一週間後に会おうと思うと、教室に通うことが楽しくなる。すると、通学のために足腰も鍛えたくなるというわけだ。
昨晩、仕事が夜11時半に終わった。途中まで地下鉄で帰ったが、電車がなくなったので、あとはタクシーで帰宅した。
雨が雪に変わりつつある中、タクシーを待っていたら、幸いにも空車のタクシーがすぐにやって来た、そして、嬉しいことに運転手さんがよく喋る方であった。
「雪になると、橋を渡るのが怖いんですよ」と、彼の体験話を聞かされた。
本当によく喋る運転手さんであった。私もいちいち彼の話に応じた。
お互いに話好きであったことがよかった。寒さも吹っ飛んだ。
タイ語作文を提出される生徒さんは4名おられる。皆さん、ずっと頑張って書いて来られるので嬉しい。だが、難しい日本語、すなわち、評論家が書いた文章はそれ自体が難しく、タイ人を理解させる作文を書くのにはまだまだだと思うことが多々有る。そこで、今日は簡単な文章にする。
1.一昨日、姪の娘を誘って夕食に出かけた。
2.高級な中華料理店は予約をしていないと絶対に入れない。
3.そこで洋食店へ行った。しかし、すでに満員であった。
4.次に行った焼鳥屋も店のドアを開けて中を覗くと客でいっぱい。案の定、断られた。
5.半年前にオープンした釜飯屋へも行ったが、やはり満員。
6.最後の望みをかけて行ったごくごく庶民的な中華料理店は大丈夫であった。
7.1月25の金曜日の夜であったから、そして、給料をもらって懐があたたかいから、皆さん、とても明るい顔をして、大いに食べていた。
私は2年余り前から近所の美容院を利用している。以前は高田馬場の美容院に行っていたが、自分が住んでいる商店街を活気づける一助になればと思い、ご近所さんにお金を落としているわけだ。
美容師先生はかつて伊勢丹の美容室で働いておられた関係で顧客がものすごくいらっしゃる。予約を取るのがなかなかにむずかしい。いつでもふらりと入れた高田馬場の美容室は大いに違う。
昨日、雑司ヶ谷界隈を散策したことをブログに書いたが、散歩も終わりになった頃、あるご家庭の垣根に置かれたパンジーがとてもきれいであったのでスマホで写真を撮っていたら、背後から、「おはようございます」と私に声をかける方がいた。近所付き合いのない冷たい東京で、私に声をかけて下さる方がいようとは! とても不思議であった。
私は写真を撮り終えた後、振り向くと、その方はもう先を歩いていた。一体、誰であろう。しばらく考えた。そして、先ほど聞いた声を思い返した。「あっ、美容師の先生だ!」 彼は私を顧客の一人として認めてくれていて嬉しかった。
昨日の朝、手紙を投函しに行ったついでに、雑司ヶ谷界隈を1時間くらい散歩することにした。目白通りから不忍通りに入り、日本女子大学寮の近くまで来ると、雑司ヶ谷の地名の由来が書かれた案内板が立っていた。いろいろな説が有ると書かれており、いずれが正しいのか確定していないようだ。
御醍醐天皇の時、雑色(ぞうしき)、すなわち、朝廷の雑務係の人達が住んでいたという説。他には、法明寺の雑司料の取り立てと関係しているという説。なんだかお金の取り立てが有ったと聞くと、あまり嬉しくもない。
その案内板の近くには菊池寛が住んでいた。他にも作家達が住んでいたようだから、思索するにはふさわしい場所であったのであろう。
もう少し歩くと、雑司ヶ谷霊園がある。この霊園にはさらに多くの作家達が眠っている。だが、霊園は散歩しない。歩いているうちに、黄泉の国に誘い込まれることだけは御免こうむりたいからである。
浜松から来た友人から、「みそまん」という饅頭をお土産にいただいた。春華堂という菓匠が書いている説明書きを以下に書き写すので、前置詞や関係代名詞をうまく駆使しながら、長文をタイ語に訳してみよう。
1)その昔、遠州はサトウキビ栽培が盛んだったため饅頭に黒糖が使われ、皮が味噌のような色からみそまんと呼ばれるようになったという。
2)春華堂はこれによくあうまろやかな味噌を厳選し、皮の生地に練り込みました。
3)和菓子職人が早朝じっくりと炊き上げる、旨味ゆたかなこし餡との相性良く、郷愁の深い味わいに仕上がりました。
昨日の午後は個人レッスンが有った。受講者のM子さんは昨年8月から勉強に来ておられるから、高田馬場の教室に通って来ること、半年が経過。
彼女はいつも「タイ語、面白い!」と言ってくださる。そして、勉強した日の夜、楽しかったことをラインで送信してこられる。だから、次週も彼女に応えてあげたいという気持ちが芽生え、私も頑張る。二人の綱引きは波長が合って気分がいい。
今月から開講された「タイ語入門 火曜日19:00」の新規クラスの生徒達も皆、タイ語の授業が面白いと言ってくださる。見学者は授業後、「来週から入会します」と言って、反応がきわめてよい。
教える側と習う側の双方が、「面白い!」と思ったところに生じる空気。それがたまらない。
タイ人の友人・知人が来日した時、是非とも案内したい素朴な場所を5ヵ所、列挙し、その理由をタイ語で書きなさい。ただし、条件として、浅草、銀座、鎌倉、日光、京都等の有名観光地は除外とする。
つまり、自分自身が考える素朴で、かつ、思い出に残りそうな場所を列挙してほしいので、生徒達によって各自、異なるスポットが書き出されることを期待する。