神田川日記(29)

3日間で退院して行った若い女性は病院で手話通訳をしているそうだ。だからお見舞い客も手話ができる方であった。二人は手話で話していたので、話の内容はわからずじまい。
 手話娘が出て行くと、88歳のおばあちゃんが窓際のベッドからそこに移された。彼女は発話が不自由そうであった。だから、私がいつもナースコールを押して上げて、彼女の要望を看護師達に伝えてあげた。
 このおばあちゃんは夜中に荷物をまとめるのが癖になっており、ガサゴソ、シャワシャワ、いろいろな音がカーテン越しに聞こえてきた。看護師達から「何を言っているかわからない」と言われるたびにおばあちゃんはしょげかえり、荷物をまとめ、早く家に帰りたいと言った。
 今回の入院で、どんなに病気をしようが、自分の言いたいことは要点をつかんで、明瞭に話さなければならないと思った。60歳を過ぎて、語学を習うことはいいことだ。たとえ上手にならなくても、いつも発声をしていれば、喉の筋肉が鍛えられて、発話の力が衰えないからである。