神田川日記(27)

2階にいた女性が3階の大部屋に転室して来られた。病院から借りたパジャマの上に紬の着物をほどいて自分で縫った素敵な上っ張りを着ておられた。早稲田大学の大隈講堂が見える辺りにお住まいだとのこと。83歳。娘時代に新宿の文化服装学院で学ばれたので、ご自分のものは全部縫っておられるそうだ。
 「うちの家、何の商売をしていたかわかりますか?」と訊かれたので、雀荘かと思ったが、失礼があってはいけないと思い、答えなかった。すると、「カクボウよ」と教えてくれた。それが「角帽」であることはすぐにイメージできた。
 「主人は85歳まで角帽を作っていました。先代は神田でお店をやっていましたが、早稲田に移り住んで来て、早稲田の学生さんの角帽を作っており、総長の角帽(卒業式用)も作りました。店をたたんだ3日後に入院。3年前に亡くなりました。角帽作りの様子をテレビ局が取材に来ましたよ」
 私はその話を聞いて、すかさずスマホで調べてみた。すると、早稲田の大学生達とお店の前で一緒に並んでいるご主人の写真が出て来た。温厚そうな方で、いかにも職人気質の男性だ。彼女は言った。「主人のミシンは絶対に売りません」