記憶を育てる

今年5月に亡くなった詩人の長田弘氏が著した『なつかしい時間』(岩波新書 2013年)の中に、「記憶を育てる」という項目がある。次なる引用は、結末の文章である。
 「人の考える力、感じる力をつくってきたのは、つねに記憶です。けれども、もっぱらコンピューターに記憶をゆだねて、自分を確かにしてゆくものとしての生きた記憶の力が、一人一人のうちにとみに失われてきているように見える今日です。あらためて、人間的な記憶を日々に育ててゆくことの大切さを、自分の心に確かめたいものです」
 長田氏は、こうも言っている。「自分の記憶をよく耕すこと。その記憶の庭にそだってゆくものが、人生とよばれるものだと思う」
 語学だけ出来ても、別にたいしたことではない。人間的に成長をとげるためなら、他に方法がいくらでもある。だが、外国語が好きな方は、一つの外国語に取り組み、その国や人々を知ることによって、もっと学習意欲を掻き立て、さらに前向きになる。単語から表現へ、表現から文章へと進んでいけば、外国語はどんどん面白くなる。単語だけの単なる記憶ではなくて、学習する過程において、文章構成力をつけながら、自分をよく見つめるということが大切であり、それが人生となっていくのであろう。