片手落ち

昨日、西日暮里のホームに立って池袋方面行きの山手線を待っていた時、ふと気づいたことがある。それは、山手線側にはホーム・ドアがついているのに、同じホームの反対側である大宮行きの京浜東北線の側にはホーム・ドアが無く、昔のままであった。
 それは一体、何故であろうか? ホーム・ドアが自殺防止を目的としているのであれば、ホームの両側に備えつけておかないと、全く意味が無い。飛び込みたい人はいつでも飛び込める。こうしたことは、「片手落ち」、いや、電車のホームだから、「片側落ち」と言いたくなる。
 鉄道と泰日文化倶楽部とはあまり関係無いので、話を語学に戻そう。1週間に90分の授業だと、単語、及び、短文を教えること、そして、発音を矯正することだけしかできない。文字をじっくりと教える時間がとれない。仮にもし週に3回、通って来てくださるのであれば、そのうちの1回は「タイ語文字クラス」として、丁寧に指導できると思うのだが…..。
 やさしい会話を目指すと、タイ文字がおろそかになる。タイ文字に集中して、読むことだけに力を入れると、今度は全くしゃべることができない。いずれも片手落ちだ。足りないもう片側をどのように埋め合わせてバランスのある語学力をつけるかは、学習者の意欲にかかっている。タイ人講師達は、おそらくタイ語を習う日本人の悩みがわかっていないと思う。その点、日本人講師である私は分かる、初心者の悩みが。