「駅のマーケット街は、まだ闇市だったので、車など入れない歩行者天国は、すれちがう人々が互いに遠慮し合うほど混みあっていた。さつま揚げ屋があり、魚屋があり、八百屋があり、とりの餌屋があり、古着屋があり、しかも、それらの店は、うすい板ばり一枚でつながっていた。一つの店をのぞきながら、ほかの店のありさまを眺めることも自由だった。老人夫婦だけが働いているうなぎ屋さんもあった。女房は、その店とはいえない店の中に坐って、八十円のうなぎ丼をたべることが、無上の幸福だった。のみこむようにして瞬間的たべ終わったあと、まる一日ひと晩は上機嫌でいられた」
この文章は、『目まいのする散歩』(武田泰淳著 中公文庫刊 昭和53年)の中から抜粋したものである。戦後の荻窪駅周辺の描写だ。
ここ数日、二ホンウナギの絶滅危惧の話がニュースで取り上げられており、美味しい鰻が食べられなくなるかもしれないと言われ出したので、少々あわてている。早く食べておかなくてはと…..。
だが、あまりにも高くなりすぎた鰻とはすでにもうかなり距離を置いている。医者からも美味しいものは食べ過ぎないようにと注意されていることだし…..。
それにしても、うなぎ丼が八十円? 今はランチでも1600円するから、20倍だ。戦後の闇市時代に戻りたい。