父親のことを書いた本

本を読んでいると、母親のことを書いた描写がたくさん有る。感銘した文章を拾い集めれば、それだけで『母』という本が一冊、編めそうだ。
 それに引き換え、父親に対する描写は少ない。だが、『父、吉田健一』(吉田暁子 河出書房新社 2013年)という本を読んで、娘から見た父親像の描写力のすばらしさに呻った。
 著者が32歳の時に父親は亡くなったそうだから、32年間の思い出しかないわけだが、幼少期は何が何だかわからないし、著者が留学している間は一緒に暮らしているわけでもないから、そして、父親が家で執筆活動をしていたので、べたべたした関係であったわけではない。
 だが、父親の姿をしっかりと観察していた娘。そして、30数年後に静謐な文章で父と娘の関係を描写した。
 誰しもが1冊の私小説を書けると言われているが、素人の書いた作品は一人よがりで、読めたものではない。文章を書く背景には相当の観察力と耐え抜いた経験が要る。

タイの女の子とざるそば

一昨日よりタイ女性2名(姉妹)と子供2名が我が家にホームステイをしている。お姉さんのほうがイー先生と同級生なので、イー先生も交えてみんなで食事をすることにした。日本料理がいいと思って、行きつけの割烹へ行く。子供は7歳の坊やと3歳半の女の子。とても可愛い。孫みたい。
 姉妹は刺身。しかも中トロが大好き。さて、子供は何がいいかしらと思っていたら、3歳半の女の子が「ざるそば」と言い出した。日本に着いたその夜に「ざるそば」とは! それにしても何故、ざるそばを知っているのであろうか? バンコクの日本料理店でよく食べて、味を知っているにちがいない。
 「ここはざるそばのお店ではないから稲庭うどんでがまんして。ざるそばならコンビニで売っているから、帰りに買いましょうよ」と言うと、母親が「コンビニのざるそばはおいしくない」と口をはさんだ。
 やがて冷やし稲庭うどんが運ばれてきた。女の子はおいしそうにすすって食べた。やれやれ。
 それにしても、バンコクにおける日本食ブームが3歳半の女の子にまで徹底しているとは! いやはやすごい。

ネパール製のTシャツ

先週、神田祭が有った。今年は遷座400年という特別な年だったので、神田明神にお参りした。神田の氏子達のパワーに触れて元気をもらうことができた。
 そして、帰りに外神田に在る「エージアパニック」に寄って、ネパール製のTシャツとバリ製のスカーフを買った。
 ネパール製のTシャツはヘンプとオーガニック・コットンの混紡で出来ているが、オーナーであるY子さんが2月にネパールへ行き、特注してきたものである。もしも特注が4月であれば、このTシャツは日本には届いていなかったはずだ。何故ならば、2回も地震に見舞われたから…..。
 非常なる生活に陥ったネパールの人達。そして、ネパールの子供達の顔をTVで見るたびに、彼らの将来のことが心配だ。今は少額の寄付しかできない状況だが、毎日、ネパール製のTシャツを着て、彼らのことを想っている。

ペー先生、有難うございました!

水曜日の2クラスをご担当いただいていたペー先生が、昨日をもって、お辞めになられました。博士論文の記述に専念なさりたいという申し出が有ったので、二つ返事で了承しました。
 ペー先生、2年間、ご指導いただき有難うございました。教え方がどんどん上手になっておられた時だけに残念ではありますが、喜んで送り出したいと思っている次第です。立派な論文をお書きになり、博士号を取得なさることを期待いたします。
 ペー先生の後任は、ディア先生。ペー先生の後輩である。「鹿(deer)さんですか?」と尋ねると、「いいえ、my dear のディアです」と答えた。
珍しいニックネームだなあと一瞬思ったけれど、とても親しみやすい感じが沸き起こってきた。来週の水曜日からどうかどうか宜しく!

プライベート・クラスのMOさん

タイ語入門クラスを受講しておられたMOさんが、4月からプライベート・クラスの受講に切り替えられた。少しでも早く上達したいということで、単独受講を選択されたと私は解釈している。
 今週はタイ人講師の都合がつかなかったので、私が担当した。タイ人講師と会話の勉強をしているものとばかり思っていたが、タイ文字を習っているそうだ。どうにか5つのタイ文字を覚えたところだと彼女は言った。
 私はすかさず助言した。「そんなにのろのろ勉強していると、到底、間に合いません。もっとスピード・アップしてください。タイ語の単語を塊で覚えてしまうことですね」
 私は『タイ語入門』のテキストの中のタイ語だけで書かれた本文のところを読むように指示した。最初は読めなかったが、私のスパルタ方法により、途中から調子が出てきて読めるようになった。何故ならば、すでに勉強している内容だから、タイ語の音はすでに頭に入っている。彼女は断然、自信を持った。
 私が何故、彼女にスパルタを強いたかと言うと、それは彼女が私の大学の後輩だからである。気合だ、気合!

ワニが嫌い

『タイ語初級クラス』で学んでおられるS子さんは、「私、ワニが嫌いなんです」と言う。タイにはワニがいっぱいいるが、嫌いなら仕方がない。
 ところが、授業中にタイ文字を書いてもらうと、「ワニを書くのが苦手なの」と言い出した。最初はその意味がわからなかったが、ようやくわかった。タイ語の短音記号である「 ็ ไม้ไต่คู้ マイタイクー」の形状が、彼女にとってはワニに見えるのだそうだ。
 「あら、タイ数字の8と同じ形をしていますから、頑張って書いてくださいよ」と、私は促した。
 なぜワニなのかと思ったが、どうやらブランド製品であるラコステのマークと類似していることに気がついた。そう言えばそうだ。納得。
 タイ語には短音記号を用いる単語が結構ある。基本語彙の実例を挙げると、① เป็น です ② เย็น 涼しい ③ เล็ก 小さい ④ เหม็น 臭い ⑤ เสร็จ 終わる、等々。
 まだまだ有るが、あとは生徒の皆さんの宿題としよう。

日本語の助詞

日本語の助詞は、日本人であれば自然に使っているので、別に何でもないと思っていたが、『好楽日和』(三遊亭好楽著 晶文社 2012年)の中にとても傑作な話が書かれてあった。
 三遊亭好楽の娘さんが失恋して泣いている時、父親としてなぐさめようと思ったいきさつを次のように書いている。
「なあ、おまえ、人間は顔じゃないんだから」と言おうとしたのだが、どうも少し酒が入っていたせいか口が滑って、「なあ、おまえは人間の顔じゃないんだから」と、言っちまい、よけいに泣かれましたよ。日本語って難しいですねえ。ちょっと言葉が逆さまになっただけで、とんでもない意味になっちゃうんですからねえ。
 父親が噺家だから、娘さんも許したと思う。だが、このような実例を知ると、日本語も注意して話さないと人間関係がおかしくなる。

オープン・ガーデン

 郷里の友人に数十年ぶりで電話をしてみた。すると、彼女はオープン・ガーデンというものを実施しており、大勢の方達が見学に来られていると言った。
 オープン・ガーデンのことは雑誌やテレビで紹介されたのを見たことがあるが、まさか私の友人もやっているとは!
 聞くところによると、一年中、何らかのお花を咲かせているそうだ。
 「お花に囲まれて素敵な生活ですね」と私が言うと、彼女は答えた。
 「お花に遊ばれているだけよ」
 <花に遊ばれる>という表現。何とまた風流で、奥が深いことであろうか。

「触る」というタイ語

 ゴールデン・ウィーク中に大阪へ行った生徒さんから面白い話を聞かせてもらった。「駅の地下道に、<痴漢あかん>という貼り紙が貼ってありましたよ」
 それを聞いて、大阪弁ならではの標語だなあと思った。響きがいい。そして、実にわかりやすい。
 そこで、「皆さん、<触る>というタイ語は何と言いますか?」と、生徒達に尋ねてみた。
 一番、最初に、<จับ ジャップ>と答えた方がいたが、それだと、少し力が入りすぎている。腕をつかむという感じだ。因みに握手だと、<จับมือ ジャップ ムー>。
 次に、<แตะ テェ>が出たが、これだと力が入らず軽すぎる。例:「แตะหน้าผาก 額に手をあてる」
 その中間で、自分の愛情を相手に感じてもらう触り方は、「สัมผัส サムパット」であると、タイ人講師は説明した。
 このような単語の使い方の違いを知ることができるのは、やはり生きたタイ語教室ならではのことだ。

喫茶店の伝票

 昨日、仕事の帰りに練馬の古書店に行ってみた。だが、閉まっていた。女店主は元気にしておられるであろうか?
 そこで喫茶店に入り、新聞を読む。ふと伝票の裏に目がとまった。
 「生涯の願い私の生涯の願いは タッタ一人でよい 
この店は 私にとって だいじな店です
 と いって下さる お客様という名の 友人をつくること」
 と書いてあった。「店」を「塾」、そして、「お客様」を「生徒さん」に置き換えると、OK。我が泰日文化倶楽部も、その精神で行こう。