1.正直 2.正解
3.正体 4.正味
5.正式 6.正面
7.正常化 8.適正
9.修正 10.不正
11.非正規 12.品行方正
1.正直 2.正解
3.正体 4.正味
5.正式 6.正面
7.正常化 8.適正
9.修正 10.不正
11.非正規 12.品行方正
『百歳以前』(徳岡孝夫・土井荘平 文藝春秋刊 2021年)を読んだ。ベトナム戦争の頃、毎日新聞特派員としてバンコクに駐在していた徳岡氏(95歳)のことが知りたかったからである。当時のタイについて彼はこう書いている。
「東南アジアにおけるアメリカ側の中心であるタイは、米国の甚だ頼りない友軍で、軍事政権が財政と軍事を握り、完全に腐敗した政府を押しのけて、力にものを言わせ、一応国内を治めている。少し危ないが、国王のカリスマで治めて無事にすごしている。そんな状態だった」
徳岡氏の東南アジアに於ける取材体験談はとにかく面白かった。さらに驚いた点が有る。それは彼が新聞記者として駆け出しの頃、高松支局に勤務し、紫雲丸沈没事件(昭和30年5月1日)を取材していることであった。その時、私は小学校3年生。重苦しい空気感を今でも覚えている。
新潟在住の親友から、「国立映画アーカイブでポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダの展示会が開催されているので、一緒に行きましょう」と誘われたので、昨日、京橋に在る国立映画アーカイブへ出かけた。観に来ている人が数人だったので、とてもゆったりとした時間が過ごせた。
親友は東京に3時間だけいて、すぐに新潟へとんぼ返りした。東京駅で別れる前に彼女は言った。「東京に住んでいたら、毎日、国立映画アーカイブに行くわ。他の友人も誘ったけれど、誰もそんなところ、知らないと言って断られたのよ」
確かに東京には興奮するものが何でも有る。絵画展やコンサートへ行こうと思えば、毎日、お出かけだ。だが、いつでも行けるということが逆に出不精になっている。八重洲や京橋の新しいビル群の中を歩くだけでも刺激を受けた。
タイ国語教科書(小学3年生向け 仏暦2535年)から出題する。
๑. วันเสาร์และวันอาทิตย์ ทางโรงเรียนจัดให้ลูกเสือมีกิจกรรมต่างๆ
๒. ลูกเสือสามัญให้เดินทางไกลและอยู่ค่ายพักแรมที่ตำบลใกล้ๆ ซึ่งห่างจากโรงเรียนไปทางทิศใต้ประมาณแปดกิโลเมตร
๓. ครูแบ่งลูกเสือสามัญเป็นหมู่ๆ มีชื่อและธงประจำทุกหมู่ ชื่อเหล่านี้เป็นชื่อสัตว์ เช่น หมู่นกอินทรีก็มีธงเป็นรูปนกอินทรี
๔. เวลาเดินทาง ลูกเสือจะเดินเป็นหมู่ ทุกคนสะพายกระติกน้ำและย่ามใส่ของใช้ส่วนตัว
๕. ลูกเสือมีไม้พลองประจำตัวทุกคนและเวลาเดินทางไกลต้องถือไปด้วย
昨夜、食事後、ラインチェックをすると、生徒のM氏から、「父が101歳で亡くなりました。葬儀等で1週間、山口へ帰りますので授業は休みます」という知らせが有った。M氏が所属する月曜クラスの皆さんとは月1回の割合で、さかえ通りに在る居酒屋清龍でいろいろな話をしているので、彼の父上のこともたくさん聞かされていた。100歳まで矍鑠(かくしゃく)としておられ、総理大臣から100歳の賞状もいただいた方だ。大往生である。
東京には地方からの出身者が多い。従って、泰日文化倶楽部の生徒達も多県にわたっている。皆、高齢の親をかかえており、いざという時のことを思うと心配でならない。見舞いのため何度も帰省すれば出費も大変。だが、それも親孝行なり。
昨日火曜日の授業で、タイ人講師から新しい単語を教えていただいた。それは、「อากู๋」。「อา 叔父(叔母)」+「กู๋ グーグルの省略」の合成語で、「グーグルおじさん」。だが思い出した。「อา」にはもう一つの意味である中国語の「阿=親しさを表す接頭辞」が有ることを、
たとえば、อาก๋ง(おじいさん)/ อาเจ๊(姐さん)/ อาเฮีย(兄貴)/ อาตี๋(弟)/ อาม๊วย(妹)/ อาเสี่ย(若旦那)、等々。
タイ語の第4声調記号(ไม้จัตวา)は原則として、中子音にしか付かず、主として中国語を語源とする単語に使われている場合が多いが、グーグルを縮めて「グー กู」と呼び、それに第4声調記号をつけて 「กู๋」としている点が面白いと思った。世代が幾世代も続き、タイに同化して今のタイの繁栄を導いて来た華僑。若者達がつくった新造語である「อากู๋」の中にも先祖崇拝の血が流れている。
1.目標が達成できなくても自分を責めない。
2.過度の自信喪失はいけない。
3.誰しもが自由にのびのびと生きたいと思うが、しがらみが多すぎる。
4.仕事に満足している人は少ない。
5.定年制度が有ることはいいことだ。
昨日、NHKのEテレで嚥下障害に関する番組を見た。病気で食べ物をのみこむことができない方達の落胆がすごかった。しかし、医師の指導のもとリハビリに励んだ結果、徐々に自分の口から食事がとれるようになった喜びようも分かった。そして、リハビリの一つとして、食べ物が通るところである声帯の筋肉を強めるための訓練の仕方も図で解説された。
私が最も関心を持った点は、日頃からよく喋り、滑舌をよくするようにつとめれば嚥下障害になりにくいという説であった。それには語学の勉強が最適だ。大きな声で読んだり会話したりして、咽喉の筋肉を鍛えよう。語学力の向上と咽喉の好調とで一石二鳥である。
「絵を見るとは一種の練習である。練習するかしないかが問題だ。私も現代人であるから敢えて言うが、絵を見るとは、解っても解らなくても一向平気な一種の退屈に堪える練習である。練習して勝負に勝つのでもなければ、快楽を得るのでもない。理解する事とは全く別種な認識を得る練習だ」
上記の文章は、『人生の鍛錬』(小林秀雄 新潮社編 2007年)の第9章からの抜粋である。「絵を見る」のところを「〇〇を勉強する」に置き換えるとしよう。すると、それ(〇〇)を勉強することがどういう意味を持つかが自分なりに納得できる。タイ語の勉強も然り。研鑽を積んで、認識を得る練習、言い換えれば、気づきを得る作業を繰り返そう。
1.二月 2.二浪
3.二車線 4.二重まぶた
5.二刀流 6.米の二期作
7.二面性 8.二極化する
9.二股をかける 10.二転三転する
11.二人三脚 12.二者択一