フランシスコ教皇

昨日、仕事が終わって三鷹駅近くのパン屋の片隅で美味しいサンドイッチとカレーパンをほおばっていると、スマホに訃報が流れた。フランシスコ教皇が亡くなられた。病気療養中であるとはいえ、復活祭のミサにもお出になられスピーチもされていたというのに…..。

フランシスコ教皇が来日されたのは2019年11月。東京カテドラル聖マリア大聖堂のミサにいらっしゃるということを知った私は、大聖堂の入り口近くの目白通りで教皇をお待ちした。沿道はたくさんの人であった。幸いにもお顔を見ることができたが、どこにでもいる気さくなおじさんという印象であった。

小一時間後、ゆっくりと目白通りを歩いていると、何やら警備がものものしくなった。教皇のお帰りが近いと思った私は歩を止めて歩道に立った。主婦らしき女性が一人、スマホをいじりながら教皇を待っている。田中真紀子さんだった。我々二人は教皇を拝むことができた。

詩「春の風」

つい最近、私は大学時代の友人を通して「認定NPO法人こつこつ」の会員になった。すると、理事長から御礼の手紙と共に、当事者メンバーのお礼メッセージが届いた。そのうちの一人である下田珠子さんの詩「春の風」が素晴らしかったので紹介させて頂きたい。下田さんは指談で詩を書き、原文はひらがなだそうであるが、印刷物は漢字混じりに変換されている。

春の風 / 色んな物を吹き飛ばす/ 花粉も一緒に吹き飛ばしてくれたらいいのに 

春の風 / 寒さと一緒に連れてきた/ 春の香りと暖かい風 / 震えるような風じゃないけど / どこか暖かい

春の風 / 寒さも辛さも吹き飛ばす/ 花粉もついでに吹き飛ばせ

春一番が春を運んで/ これからどんどん暖かく/ 命が沢山芽生えるね

みんなで一緒にお花見しよう

今日のタイ語作文

1.「天災は忘れた頃にやってくる」という警句は、物理学者の寺田寅彦氏が言ったそうだ。

2.地震は世界のどこかでいつも発生している。したがって、人々は恐怖半分、慣れ半分、

3.長野県大町市出身の生徒さんに対して、4月18日に起きた地震のお見舞いを言った。

4.旅行先で地震に遭遇したらパニックが起きそうだ。

5.情報を集め、取るべき態度を日頃から想定しておかねばならない。

「臺」という名字

ニュースや仕事関係で珍しい名字に接するたびに、その名字の全国ランキングを「名字由来net」で調べてみることにしている。直近では、「臺」という方にお会いした。手書きで書かれた文字はとても判読しにくかった。読み方をお尋ねするのを躊躇した。よって何とお呼びしていいのかわからない。

「臺」という姓は、全国順位が15,552位で、全国人数は約340人。珍しいはずだ。読み方は、「だい、うてな、たい、むろ、つぼ、たき」といろいろ。岩手県や福島県に見られる名字とのこと。

さて、その意味だが、「名字由来net」に拠ると以下の通りである。①平坦なやや高い土地のことをさす。台地など、また、高い建物や役所、その長官などをさす場合もある。②仏教では、とくに蓮の台を指し、極楽浄土を意味している。なるほど、「蓮のうてな」であれば覚えやすい。他に、「臺灣」の「臺」と思えば、この漢字は忘れない。

指名冥利

目下、私は3人の女性から指名を受けて個人レッスンを実施している。A子さんはタイ小学校国語教科書をコピーするだけではなくて、ノートに大きな文字で筆写し、きちんと予習をしてくる。これは基本的な学習態度だ。B子さんは授業で習ったことを小さな声で復唱しながら松戸の家まで帰るそうだ。習ったことをすぐに忘れてしまう自分に気づき、以来、復唱することで単語が頭に残るようになったと彼女は嬉しそうに言う。

そして3人目のC子さんは個人レッスンの自由さを有効に活かし、次から次に質問をぶつけてくるので、私は丁寧に答えることを心がけている。答えながら、私自身は昔を思い出している。すなわち、タイ語の勉強がとても楽しかった初心者の頃のことを……。

指名と言えば、マッサージ師やホステスの世界だが、語学教師も可なり。「吉川先生と習いたいです!」という生徒さんよ、来たれ!

今日の語彙

1.交番         2.交通

3.交付する       4.交換する

5.交流する       6.交際する

7.交代する       8.交錯する

9.交互に歌う     10.絶交する

11.足を交差させる  12.外交交渉

ขอの使い方

生徒さんから、「ขอの使い方が今ひとつ分かりません」と言われたので、「では、ขอ+名詞で、まずは言ってみてください」と助言した。ขอน้ำ/ขอเงิน/ขอเวลา…..。.すると、タイ人講師が「ขอตัวก่อน(お先に失礼します)という表現も有ります」と付け加えた。

続いて、「ขอ+動詞」の文章を言ってみることにした。ขอเข้าห้องน้ำ/ขอลางาน/ขอลาหยุด……。たまたま別のタイ人講師からもらっていたLineが有ったので読み聞かせた。”หนูขออนุญาตลางานช่วงสิ้นเดือนมิ.ย. ถึงเดือนก.ค.นะคะ」

さらに、「ขอให้+文章」の例文に進んだ。ソンクラーンのお祝いにいただいたタイからのメッセージが有ったのでそれを紹介した。「ขอให้สุขกาย สบายใจ」。すると、生徒さんもいくつか例文を作ることができた。こうして、自分で口にすると記憶が確実なものとなり、いざという時に役に立つはずである。

創業100年の蕎麦屋

昨日、等々力へ行った。等々力渓谷の新緑を見たかったが我慢。仕事が終わった後、駅近くの老舗の蕎麦屋へ寄ってみた。夕方5時から夜の部が始まるが店は支度中のまま。5分くらい過ぎてからようやく店が開いた。だが、蕎麦屋ではなくてお好み焼き屋になっていた。

創業1924年の蕎麦屋の入り口には、「100年もの長きにわたり営業できてお客様に感謝です」の貼紙が貼られている。店の若い人に尋ねると、「昼は蕎麦屋ですが、夜はお好み焼き屋になっています」とのこと。狐につままれた気分になった。

夜は蕎麦を食べる客が少なくて商売にならないのかもしれない。そして、蕎麦屋の店主が高齢化して、夜の営業をするほどには体力が無い。人手不足もある。夜は別の人に店舗を貸したほうがラク。いろいろなことが考えられる。だが、101年目に入った蕎麦屋の看板だけは守りぬきたい。ともあれ、蕎麦を食べたい人達のために末永く頑張ってもらいたいものだ。

今日の翻訳

元タイ人講師が推奨する健康に対する助言から出題する。

๑. อาจารย์ทำท่า squat วันนี้ ๓๐ ครั้งรึยังคะ ให้ทำครั้งแรก ๑๐ ครั้ง แลัวพัก พอหายเหนื่อยก็ทำให้ครบ ๓๐ ครั้งค่ะ

๒. วันไหนมีเวลา อาจารย์หาโอกาสเดินให้ได้วันละ ๘๐๐๐ ก้าว แล้วขยับไป ๑๐๐๐๐ ก้าว จะทำให้แข็งแรงมากค่ะ ฉันเดินได้ถึง ๒๐๐๐๐ ก้าวเลยค่ะ

๓. สุขภาพเป็นทรัพย์ที่มีค่ามากที่สุด ต่อให้มีเงินมากมาย ก็ไม่สามารถใช้ชีวิตอย่างมีความสุขได้ หากสุขภาพไม่ดีค่ะ ดังนั้นสุขภาพต้องมาก่อนค่ะ ร่างกายคนเรามหัศจรรย์ สามารถกลับฟื้นคืนได้ ถ้าเปลี่ยนวิถีการใช้ชีวิต ตอนนี้ยังไม่สาย ยังทำได้อยู่ค่ะ

๔. ฉันเคยลดน้ำหนักมาทั้งชีวิตแต่ไม่เคยสำเร็จเลย มีอยู่ครั้งหนึ่งฉันไปฮอกไกโด ๑ เดือน เช่าWiFi แบบ unlimited เลยฟังหมอเกี่ยวกับสุขภาพมา คลิปกับคำพูดหมอที่บอกว่า “คนเราจะทำอะไรสำเร็จ ต้องมีความเชื่อและศรัทธา จึงจะทำได้” ฉันเลยเปิดฟังคลิปของหมอทุกคลิปทุกวันและเห็นกระจ่างว่าการเปลี่ยนวิถีชีวิตมันดีกับสุขภาพ และทำให้ชีวิตมีคุณภาพดีจริงๆ ในที่สุดก็ทำได้ ลดได้ ๑๖ กิโลค่ะ

๕. สู้ๆค่ะอาจารย์ อาจารย์เป็นคนอดทนและมุ่งมั่น ฉันเชื่อว่าถ้าอาจารย์ตั้งใจก็ทำได้ค่ะ อาจารย์ลองตั้งเป้าหมายว่าจะต้องแข็งแรง มีคุณภาพชีวิตที่ดี และมีความสุขกับบั้นปลายชีวิต แล้วทำอย่างจริงจังจะแรงบันดาลใจให้อาจารย์ทำสำเร็จค่ะ

ソンクラーン

今日4月13日はタイ正月のソンクラーン(水かけ祭り)だ。タイ人達からラインでソンクラーンを祝う絵や写真が送られて来た。東京は花冷えで寒いが、気分は陽気なタイ人気質で過ごそう。

数枚の絵の中に、少女がひざまずいておばあさんに花束を贈るのが有った。添え書きのタイ文はこうである。”ขอให้สุขกาย สบายใจ ปราศจากทุกข์โศก โรคภัยทั้งหลายทั้งปวง”

先日、某書を読んでいると、「すためる」という動詞が有るのを知った。これは、長崎、熊本、鹿児島の方言で、「急須に入れたお茶を一滴も残さず茶碗に注ぐ」という意味だそうだ。なんだか堅苦しい感じがする。タイのソンクラーンのように、無礼講で思いっきり水をかけるほうがはるかに開放的だ。