昨日、第158回直木賞作『銀河鉄道の父』(門井慶喜著 講談社 2017年)を読んだ。本の帯には、<父でありすぎる父親が宮沢賢治に注いだ無上の愛。感動の「親子」小説!>と書いてあった。
父親もさることながら、母親もすばらしい。そして、弟も妹も賢治の良き理解者だ。妹の一人が日本女子大学に在籍中、1920年のスペイン風邪の影響を受けてか否かは不明なものの、赤痢にかかり、母や賢治が上京して来て懸命に看病する様子が描かれているが、とても興味深く読んだ。何故ならば私はその近くに住んでいるから土地鑑があるのである。
花巻に帰った妹が結核で闘病生活を送っている時、賢治に向かって童話を書くようにと勧めたくだりも感銘を覚えた。優しくて、実直なる家族あってこそ、宮沢賢治が世に残ったと思う。
宮沢賢治が教えたことがある花巻農業高校で、現在、私の教え子が教鞭をとっている。彼は東日本大震災の時、陸前高田の高田高校で恐怖の体験をした。長い間お会いしていないが、彼の純朴なる笑顔と声と話し方は私の脳裏に焼き付いている。
今日の宿題
私はタイの小学校が使用している国語の教科書を教材に利用するのが好きだ。何故ならば、文法の勉強になるし、かつ、覚えるべき単語が学年ごとに的確に工夫されているからである。
次なる文章は小学校3年生の教科書から抜粋した。辞書を引かずすいすいと読んで、描写されているタイの地方の生活が想像できればタイ語力がついていると判断していい。
บ้านของหาญเป็นเรือนสองชั้นหลังกะทัดรัดทาสีเขียวอ่อน ปลูกอยู่ในซอยห่างจากที่ว่าการอำเภอไม่มากนัก หน้าบ้านเป็นถนนลาดยาง แยกจากถนนใหญ่สายที่ผ่านหน้าที่ว่าการอำเภอ บริเวณหลังบ้านเป็นสวนร่มรื่น ปลูกไม้ผล มีมะม่วง ชนุน น้อยหน่า และกล้วยน้ำว้า
พ่อของหาญเป็นศึกษาธิการอำเภอ ทุกเช้าพ่อจะเดินไปทำงานที่ที่ว่าการอำเภอ ส่วนแม่่เป็นครูโรงเรียนที่หาญและใบเตยเรียนอยู่ ซึ่งไม่ไกลจากที่ว่าการอำเภอนัก แม่จึงเดินไปโรงเรียนพร้อมกับหาญและใบเตย หาญกำลังเรียนอยู่ชั้นประถมศึกษาปีที่ ๓ ส่วนใบเตยน้องสาวเรียนอยู่ชั้นประถมศึกษาปีที่ ๒
手仕事
昨日、古本屋で『布への祈り』(森南海子著 三五館社 2010年)を購入した。服飾デザイナーである森南海子さんの文章は、彼女の布に対する信条が縷々綴られており、古き良き時代に導かれた感がする。
まえがきより引用:
私は「ほころび」をそっと縫う手仕事の、あの恥じらいのこもった行ないを好む。目立たせないようにと針を運ぶ、しかしなんともしたたかさを宿す針目に強く惹かれて生きてきた。ほころびをいま繕う人はまずないはずである。シャツもエプロンも靴下も下着も使い捨てになった。だから破れもほころびも手直しなんか誰もしない。<中略>
うつむいて針を静かに運ぶ”時″を失った。縫い物好きはみんな寡黙で、静かに手を動かす。針先に糸を通じての思いを託す。私は、この風景の中に育った。幼い者も老いた者も、手先から自分を見つめた。いまその行ないを失った。
語学の勉強も手仕事と類似している。不足部分(=ほころび)を補強しながら、小さな成果に“よろこび″を見出そう!
手仕事
昨日、古本屋で『布への祈り』(森南海子著 三五館 2010年)を購入した。服飾デザイナーである森南海子さんの文章は、彼女の布に対する信条が縷々綴られており、古き良き時代に導かれた感じがする。
まえがきより引用:
私は「ほころび」をそっと縫う手仕事の、あの恥じらいのこもった行ないを好む。目立たせないようにと針を運ぶ、しかしなんともしたたかさを宿す針目に強く惹かれて生きてきた。ほころびをいま繕う人はまずないはずである。シャツもエプロンも靴下も下着も使い捨てになった。だから破れもほころびも手直しなんか誰もしない。<中略>
うつむいて針を静かに運ぶ”時″を失った。縫い物好きはみんな寡黙で、静かに手を動かす。針先に糸を通じての思いを託す。私は、この風景の中に育った。幼い者も老いた者も、手先から自分を見つめた。いまその行ないを失った。
語学の勉強も手仕事と類似している。不足部分を補強しながら、小さな成果によろこびを見出そう!
ジャズ歌手
私の教え子の一人に、Aine Eva Nakamura というジャズ歌手がいる。一度でも彼女の歌を聞くと、彼女の声、そして歌う姿が脳裏から離れなくなるほど素敵な女性だ。
昨夜、届いたFBでは、次なる文章が書いてあった。あまりにも意志が強く、かつ、詩的でもあったので、紹介させていただく。
みなさま ありがとうございます。
追記 ニューヨークでは、私自身の芸術をつくったことが何よりの収穫でした。
わたしは、
わたしだけの芸術をつくり、うたを謡った。
わたしの、自然、アニミズム、平和、女性の体についての芸術を、
私の声とうたを頼りに、あの地で、つくり生み出した。
それを確かにやった。
そのことが誇らしくうれしい。
今日の宿題
今日は「文化の日」。そこで、「文」の字が使われている単語を以下に列挙するので、タイ語に翻訳してみよう。
1. 日本の伝統文化には色々なものが有る。
2. 文楽を一度見ると、また何度も観劇に行きたくなる。
3. 文科系よりも理科系へ進学したほうがいい。
4. 漢文を真面目に勉強しておけばよかった。
5. 文書に押印しなくてもいいです。
6. 文房具の収集を趣味としている友人がいます。
7. 昔の着物の文様は実に美しい。
直心是道場
11月1日、私が所属している茶道教室で「炉開き」が行われた。茶道の世界においては「正月」に相当する行事である。
床の間にかけられた軸には「直心是道場」と墨書されてあった。これは禅語である。調べてみると、次なる意味合いであることがわかった。
直心(じきしん)とは、まっすぐな心、素直な心、清い心を表し、直心を保つにあたって、特別な道場は不要。何故ならば、自らの心こそが道場であるべきだから。
それを知ると、自分が自分の器であり、自分を生かすも殺すも自分であると、あらためて自分に言い聞かせた。
「直心是道場」をさらに応用すると、茶道是道場 禅語是道場
の教え子
新旧の教え子
昨日は46年ぶりのフルムーン+ハロウィーンの組み合わせで素晴らしい一日となった。さらにタイではローイカトン(灯篭流し)。そして私は74歳。めでたい、めでたい。
昨日の生徒さんがこう言った。「僕が泰日文化倶楽部に入会したのは22年前。その時、先生は52歳だとおっしゃってました。今、僕は52歳。あの時の先生の年になりました」
現役の生徒達からお祝いの言葉やプレゼントを頂き、とても嬉しかった。だが、昔の生徒達からもラインが届き、嬉しさは数倍に達した。
一人一人の顔が浮かぶ。ただし、30年、40年前の生徒達だから、彼らも老けたはず。立派な家庭を築き、お子さん建ちを育てている親としての緊張した顔が見てみたい。
いずれにせよ、辛口の教師であったからこそ、みんな覚えてくれているのだ。優しいだけでは教師ではない。
今日の作文
次なる文章をタイ語に訳し、さらに、もう一文、文章を続けて、話を展開させなさい。
1.① 料理が上手な奥さんを持つと、夫はとても幸せです。
②
2.① スポーツが得意な息子を持つと、親はとても嬉しいです。
②
3.① 着任したばかりの上司と気が合いません。
②
4.① 彼は糖尿病です。したがって、食事制限が有ります。
②
5.① 来年の世界経済がどうなるのか、全く予想がつきません。
②
