本の処分

そろそろ本の処分を始めなければと思い、一冊一冊、手に取って、捨てるかどうかを考えては、またまた保留にしてしまう。一日に一冊を捨てれば一年に365冊。仮にもしあと10年生きるとすれば、3,650冊しか処分できない。その間にまた買い込むから、本は一向に無くならない。

 先日、古書店から「本を買います」という封書が来た。しかし、買取りに来てもらうほどの貴重な本はわずか……。というわけで、ダンボルールにまたしまい込む。

 立花隆氏の訃報が報じられた。一日に百冊くらい本を読んでいたということをどこかの記事で知ったが、あの猫ビルで、いかなるスピードで本に目を通していたのか知りたかった。

○○ボウ

 東京は昨日(6月21日)より「まん防」に切り替わった。「マンボウ」と言われても、すぐに思い浮かぶのは水族館のマンボウだ。頭の体操のために「○○ボウ」という単語を以下に列挙する。

 陰謀、遠望、監房、官房、感冒、希望、参謀、辛抱、羨望、絶望、存亡、探訪、展望、木偶の坊、東尋坊、繁忙、変貌、民暴、麺棒、欲望、乱暴、等。

昔、「ヤン坊ニン坊トン坊」というラジオドラマが有った(1954~1957)。黒柳徹子が日本で初めて声優(大人が子供の声を出す)としてデビューしたものだ。いまだに彼女の声が耳底に残っている。

今日の作文

タイ語と英語で書いてみよう。

1. どんな職業でも忍耐が要求される

2. どこの家庭でも多かれ少なかれ金銭問題を抱えている。

3. いずれの大学も学生の授業料だけでは維持できない。

4. いかなる先進国も移民や難民の流入問題を避けて通れない。

5. どんなに努力してもひらめきが無ければ成功は無理だ。

ライン添削

ラインという便利な手段のおかげで、簡単な連絡が迅速にできる。だが、受信するものの中には、昔の生徒さんやバンコク在住の元講師からの添削依頼が結構有る。先日は一日に2件も入って来た。依頼する側は自分一人だと思っているから即刻なる添削を期待しているはず。だが私は暇人ではない。

 1件目はタイ人の親友の結婚10周年を祝うメッセージであった。添削後、「タイ語をまた一から勉強しなおします」という返事が返って来た。そして2件目は、服のカタログの英文添削であった。きちんと添削し直してあげると、「もう少し短くできませんか? 余白が足りません」との返事。そこでまた、頭をひねる。

 今朝起きてみると、バンコクの元講師から日本語の添削依頼が入っていた。添削はなかなかに難しい。依頼者の語学力を傷つけないようにしながら、更に赤を入れていかなければならないから、ものすごく気をつかう。

免疫学者の話

『「老いる」とはどういうことか』(河合隼雄 講談社文庫 1997)の最後に、免疫学の第一人者である多田富雄氏(1934-2010)との対話が掲載されている。多田氏の免疫に対する解説は非常にわかりやすい。

 「免疫は伝染病に対する抵抗力のような形で認められていますが、ほんとうは自分以外のものが体にはいってきたときにそれを排除するという反応です。ちょうど脳と同じように、自分と他人を区別するシステムということになります。それが老化に従って低下するので、老人の死因の大半は最終的には感染症になるわけです」

 コロナ報道で、頭から足先まで「コロナ」という言葉にまとわりつかれているが、そもそも人間とは、日々、死に向かっている。免疫アップを心掛け、いずれ近いうちにやってくるであろう第5波に備えよう。

今日の翻訳

 以下の文章を訳してみよう。出典は『รู้และป้องกันยาเสพติด เล่ม๓』からである。

1. ในบางปีเจ้าหน้าที่ตำรวจที่จับได้ถึงสองแสงสามหมื่นครั้ง ในจำนวนนี้ ส่วนใหญ่เป็นคดียาบ้า

2. พวกเราทราบไหมคะว่าทั้งอุบัติเหตุ การทำร้ายกัน และการที่ผู้คนมีสุขภาพทรุดโทรมจากยาบ้าพวกนี้จะทำให้คนในชาติของเราอ่อนแอ

3. ในเมื่อคนชาติไม่มีความปลอดภัย หวาดกลัวอันตรายทั้งจากคนเสพยาเสพติดและจากผู้ร้ายขายยา….หวาดกลัวว่าคนในครอบครัวจะไปติดยา คนดีๆก็จะหมดกำลังใจทำงาน ประเทศไทยของเราก็พัฒนาสู้ประเทศอื่นไม่ได้

詩の贈り物

 昨日、大学時代の親友からサムエル・ウルマン(1840-1924)の「青春」という詩が送られて来た。全部、引用したいところだが、そういうわけにもいかないので、抜粋する。なお、紙面の都合により改行はしていない。

~青春とは臆病さを退ける勇気、安きにつく気持を振り捨てる冒険心を意味する。ときには、二十歳の青年よりも六十歳の人に青春がある。年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。

~六十歳であろうと十六歳であろうと人の胸には、驚異に魅かれる心、おさな児のような未知への探求心、人生への興味の歓喜がある。君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。人から神から美・希望・よろこび・勇気・力の霊感を受ける限り、君は若い。

ロブスター

元タイ人講師から美味しそうなロブスターの写真が送信されて来た。

ที่บ้านต้องสรรหาของกินอร่อยเพื่อให้ทุกคนอยู่บ้าน เมื่อวานสั่งกุ้งมังกรจากระนอง สั่งบ่ายกว่ากุ้งถึงเมื่อ๖โมงเช้าวันนี้ สดมากๆ เอามาย่างกินอร่อยสุดๆ ช่วงนี้อาหารทะเลพวกกุ้งมังกรถูกสุดๆเพราะร้านอาหารไม่รับซื้อไม่มีนักท่องเที่ยว ชาวประมงเลยต้องขายราคาถูกมากค่ะ อย่างกุ้งมังกรตัวนี้หนัก1กิโล ตัวใหญ่มาก ราคา790บาทค่ะ

 コロナ禍でタイの料理店の多くが休業中である。漁師を助けるにはこのように産直で注文することは互いにとってよいことだと思う。安くて、大きくて、新鮮であることは買う側にとって魅力的だ。

今日の作文

6月も早半ば。元気を出して、タイ語を書こう!

1.同じコマーシャルを見続けると飽きてくる。そして時間が奪われたみたいで腹が立ってくる。

2.経済アナリストの分析は皆、五十歩百歩だ。あまり当てにならない。

3.どんな職業にもストレスがつきものだ。年々、厳しい世の中になってきた。

4.波乱万丈の人生も嫌だが、平々凡々たる人生にも首をかしげる。

蛍の棗

昨日、久々に茶道教室が開催された。区の文化施設の利用が6月に入ってから緩和されたからである。いつもの和室に入ると新しい畳の匂いがぷーんとした。休館中に畳替えをしてくれていたからだ。

茶道講師が用意された軸は「甘露の一滴」。香合は「唐傘」で、花は「紫陽花」。そして、茶杓の銘は「清流」。6月にふさわしい取り揃えである。茶を主催する亭主はこれらの取り合わせに一連の話を組み立て、正客との間で問答をするのが楽しみだとのこと。

黒い生地の上に金色の点々が描かれている棗は一年に使用される回数が多い。何故ならば、蛍以外にも、夏には星、冬には雪だと思えば、あら不思議、そのように見えるからである。一つの模様をいろいろなものに見立てるのは頭の体操にもなっていい。