ショートケーキ

 クリスマスの夜、茶道教室の仲間と一緒に、鬼子母神入り口に在る食堂でショートケーキを食べた。参加者はわずかに3名。どこかから買って来たケーキかと思いきや、その食堂で働いている女性の手作りであることを知らされ、そして、その女性が我々のそばまで来て、丁重なる挨拶をしてくださったことに感銘を覚えた。真っ白い生クリームと、立派な苺。実に上品なショートケーキは彼女の腕と心を最高に表した芸術品であった。
 昨日、札幌に着いたばかりの元タイ人講師から苺の写メが送信されて来た。スキーよりもまず大粒の苺で4年ぶりの日本を味わったようだ。白銀の中で口にする真っ赤な苺。タイ人にとって待ちに待った至福のひと時かもしれない。
 雪もいい。苺もいい。「雪月花」という言葉があるが、「雪月果」もまた可なり。

同音異義語(synonym)

  いずれの言語にも同音異義語(synonym)が有る。英語を習い始めた時、“I’m fine.”と何度も声にしたが、“fine”には他に「罰金」という意味が有るのを知って不思議に思ったものだ。しかし、その二つの意味には関連性が有った。「支払うべき罰金を支払った結果、気持ちがfineになった」ということらしい。
 ではタイ語の場合は? 有る有る、たくさん有る。むしろ英語以上だ。同音異義語辞典も有るくらいだから、それを一冊持っていれば即座にいろいろなことがわかる。
 しかしながら、地道にタイ語を勉強して行く上で、タイ語の同音異義語に興味を示すこと、それこそが勉強の醍醐味であると言えよう。そのためにはたくさんの本を読んで、状況把握の過程を経る必要が有る。

今日のタイ語作文

 『茶道名言集』(井口海仙著 里文出版 2010年)から出題する。

1.完全なもの、上手、名人でないところに、親しみがあり、真実があるのではなかろうか。

2.岡倉天心は、近代物質科学万能主義の行詰まりを打開するものこそ、茶道思想だと説いている。

3.亭主自らも、清らかな新しい水を運ぶことによって、心も身も清めることを忘れてはならない。

4.せまい小座敷に、主客が同座するということは、人と人とのつながりが、書院のような広い場所よりも、きんみつに結ばれることができたからである。

5.働くことの尊さ、人にほどこすことの豊かな心、そして花を生け、香をたくゆかしい心、それが茶の湯の心である。

貧乏ひまなし

 12月23日から年末年始休暇に入ったため、昨日は5回目のワクチン接種へ行った。「まっすぐ家に帰り、ゆっくり休んでください」と医者は言ったが、接種後、師走のデパートであれやこれやと買物をした。
 帰宅後、「さあ、のんびりするぞ」と思った矢先、バンコクから翻訳の仕事が飛び込んで来た。貧乏ひまなしだ。
 貧乏ひまなしと口にするや否や、昔見た「日真名氏飛び出す」というサスペンスドラマ(1955-1962放映)を思い出した。調べてみると、「連続ドラマにレギュラースポンサー、かつ、一社提供スポンサーがついた最初のテレビ番組」だそうである。
 私は50年以上、フリーランサーで働いているので、いつも緊張状態の中で暮らしている。幸いにも失業することなく、ひとつ仕事が終われば、また仕事が来る。ヒヤヒヤ人生だ。だがこれが頑張る動機になっているのかもしれない。
 

感謝と激励

 12月22日(昨日)をもちまして、泰日文化倶楽部の2022年に於けるグループレッスンは、滞りなく無事に終了いたしました。コロナ禍の3年間、どうにかこうにか持ちこたえられて来られましたのも生徒の皆さまのおかげです。心より感謝申し上げます。
 来年こそはタイですね! タイが待っていますよ! より一層、タイ語力をつけて、自分だけのタイを演出しましょう。2023年に向けて、激励のエールを贈ります。
 

今日の翻訳

 前回に引き続き、『มรดกไทย』(วิบูลย์ ลี้สุวรรณ著 สำนักพิมพ์ ปาณยา発行 พ.ศ.๒๕๒๑)から出題する。章のタイトルは「หม้อดินเผาของไทย」である。語彙や文の構成を大いに学ぼう!

1.ชีวิตมนุษย์ตั้งแต่สมัยดึกดำบรรพ์มาจนถึงปัจจุบันนั้น ข้อปัจจัยที่สำคุญที่สุดของการดำรงชีวิตคือ อาหาร และอาหารหลักของคนไทยคือ ข้าว

2.ไม่ว่าจะเป็นข้าวเจ้า หรือข้าวเหนียวก็ตาม ได้หล่อเลี้ยงชีวิตคนไทยมานานแสนนานพันปี

3.และตราบใดที่เรายังต้องการที่จะมีชีวิตอยู่ ก็เห็นจะต้องอาศัยข้าวเลี้ยงชีวิตเรื่อยไป

4.และถ้ายุคใดสมัยใดเกิดข้าวยากหมากแพงขึ้น ชีวิตของผู้คนในยุคนั้นก็ต้องประสบกับความอดยาก ความเดือดร้อน

5.ข้าวเป็นอาหารหลักที่ผูกพันกับมนุษย์มานานหลายพันปีแล้ว

6.มนุษย์สมัยก่อนประวัติศาสตร์ยังพากันเชื่อว่า คนที่ตายแล้วสามารถนำข้าวติดตัวไปไว้กินในชาตหน้าภพหน้าได้ด้วย จึงมีการนำข้าวเปลือกฝังลงไปในหลุมศพของคนตาย

代講

 昨夜、「タイ語中級 火曜日19:00クラス」を代講した。参加者は5名。皆さん、元気で遠くから通って来てくださることに感謝。20代から50代までの生徒さんが仲良く勉強している姿は泰日文化倶楽部にとって自慢であり誇りである。
 一人の女性が言った。「出席率が悪いので、もっと易しいクラスに移りたいです」 
 そこで私は土曜日の午前中のクラスをお勧めしたが、土曜日は他の稽古事が有るとのことであった。彼女が自信なさそうな顔で勉強しているのが分かったので、90分間、彼女に配慮しながら授業を進めた。すると、後半以降、彼女も積極的になっていった。
 8年近く、泰日文化倶楽部のメンバーなのだから、知らず知らずのうちに蓄積はできているはずだ。彼女の顔に明るさが戻って来たところで、授業は終了。自分を卑下するなかれ。タイ語が上手であれ、下手であれ、なんぼのもんじゃい。

世代交代

 30年、私がお世話になっていた眼鏡店がコロナで3年前に閉店した。しかし、去年、また営業を始めたということが耳に入っていたので、昨日、行ってみた。3年間もめがねのネジをしめていないため、年末年始の間にレンズがはずれると大変だからだ。
 店内はすっきりとしていた。店主は孫。「祖父も父も引退しました。もう辞めたいと言ったからです。そこで僕が全てを引き継ぎました。世代交代です。店は車椅子のお客様向けに広いスペースを設けました」
 世代交代と言えば、終わったばかりのFIFAのW杯でも話題になった。世代交代はいずれの分野でも必要。若者を育て、年寄は舞台から降りる。長い河を巡ったあとは、大海に出て静寂さの中に身を沈めるのが理想の生き方と言えよう。

今日のタイ語作文

 『パンセ』(パスカル著 前田陽一・由木康共訳 中公文庫 1973年)から出題する。

1.言葉は、ちがった配列をすると、ちがった意味を生じ、意味は、ちがった配列をすると、異なった効果を生じる。

2.言語というものは、文字と文字とが置きかえられているのではなく、言葉と言葉が置きかえられている暗号である。

3.あまり早く読んでも、あまりゆっくりでも、何もわからない。

4.一生のうちでいちばん大事なことは、職業の選択である。ところが、偶然がそれを左右するのだ。

5.すべての人が手段についてだけ熟慮して、目的についてそうしないのは、嘆かわしいことである。

自由に生けてよろしい

 昨日、「アジア女性のための生け花教室」が開催された。今年最後の花材はクリスマスがテーマ。緑は杉の葉、赤はミニシクラメンと姫りんご。白は羊歯(しだ)を乾かして白く色付けしたもの。
 「なんだ簡単じゃん」と思いきや、華道講師は生徒に別々の花器を与えながら、こうおっしゃった。「皆さん、今日は自由に生けてください。生けることを楽しんでください。花器が異なると、そして、生け方が違うと、まったく別々の花が出来上がります」
 「自由に生けてよろしい」という講師の言葉を聞いて、ほっとした。何故ならば、ずっと型に押し込められて窮屈さを覚えていたからである。
 しかしながら、自由ばかりでは心の規律が失われ我儘放題になる。願わくば、「伝統的な型が80%、そして、花に慣れて来た手で、残る20%は自由に生ける」が理想だ。ところが、花も生き物。花は言うことを聞いてくれない。経験不足の者にはあなどれない敵である。