今日もタイ語に訳してみよう。形容詞の復習である。
1. 狭い寝室広いリビング
2. 古い冷蔵庫 新しいベッド
3. 高齢者 若者
4. 高額な医療費低額な年金
5. 湿気が多い夏乾燥した平原
6. 苦いコーヒー甘いオレンジジュース
7. やわらかい肉かたい肉
8. 高速道路一般道路
9. 明るい色濃い色
10. 新鮮な空気 臭い物置
今日もタイ語に訳してみよう。形容詞の復習である。
1. 狭い寝室広いリビング
2. 古い冷蔵庫 新しいベッド
3. 高齢者 若者
4. 高額な医療費低額な年金
5. 湿気が多い夏乾燥した平原
6. 苦いコーヒー甘いオレンジジュース
7. やわらかい肉かたい肉
8. 高速道路一般道路
9. 明るい色濃い色
10. 新鮮な空気 臭い物置
「非常事態宣言」がどうにかこうにか解除された。だが、いろいろな規制や縛りはまだまだ残っているので、気分はすっきりしない。思い返せば、2月初旬から5月末までコロナ禍で翻弄された。ああ、失われた4ヶ月…..。
頑張って読書に励んでもみたが、疫病に関する文章に接すると私は異常に反応した。たとえば、『日本社会の歴史(上)』(網野善彦 岩波新書 1997年)に次なるくだりが書いてあった。
「七三三年(天平五)には、聖武天皇が朱雀門で男女の歌垣を催し、各地を遊覧するなど、宮廷も再び文雅の風を取り戻したかに見えた。また七三七年(天平九)には、活発な植民が行われていた陸奥と出羽とを結ぶ道がひらかれるなど、東北に対する施策も進んでいる。
ところが、この間、天災による飢饉が各地に起こり、七三五年(天平七)ごろから九州にひろがった天然痘が各地で流行、多くの命を奪ったが、ついにそれは緊密かつ活発になった交通・流通のルートにのって京都に侵入し、七三七年、藤原氏の四人をはじめ、政府の要人のほとんどが病死にいたり、武智麻呂の政権は一挙にしてついえ去ったのである」
交通・流通のスピード化は、疫病の蔓延に寄与しているとは、なんともはや皮肉な話である。
本日の夕方、どうやら緊急事態宣言が解除されそうだ。NHKの英語放送では、「解除する」を “lift” で表現している。
“lift” にはいろいろな意味が有るので、各自調べると面白いが、一番身近な例で言うと、エレベーターやスキー場のリフトが有る。そして、ウェイトリフティング等も…..。
昨日、歯科医の話に基づき、私は「口の老化」について書いたが、滑舌をよくするための発声訓練をすれば、さらなる長所があるということまでは書けなかった。何故ならば、前段だけで紙数が尽きたからである。
では、後半について書く。舌の訓練をしてもう一つ良い点は、顔の筋肉が “lift up”して、表情がとても明るくなるということだ。意識して発声すれば、確かに発話そのものにも心がこもり、目もしっかり開くこと間違いなし。
解除後もまだまだマスク着用の日々が続く。沈んだ心を“lift up”して、明るい発声と目の輝きを取り戻そう!
昨夜、NHKの健康番組で「口の老化」が取り上げられた。高齢者になると歯の不具合で滑舌が悪くなるのはわかるが、舌の筋肉が衰えて、食事や発声に大きな影響を与えることを知った。
しかしながら、番組に登場した高齢者に舌の動きを訓練させると、約2週間後から効果が見られ、とても参考になった。訓練の一つとして、「パパパパパ」、「タタタタタ」、「カカカカカ」を7秒以内に連続して何回言えるかをさせてみる。「パ pa」は唇、「タ ta」は口の前方、そして、「カ ka」は口の後方による調音だが、肝心なのは舌の筋肉が大いに関与しているということだ。
歯科医の先生は、「パンダのたから」を何度も繰り返して言うと訓練になると助言しておられた。そして、「あー、いー、うー、ベー」と言わせ、最後の「べー」の時に、べろ(舌)を口から出して、下のほうに向かって数秒、垂らす訓練も勧めておられた。これは、言語に大切な「母音」の発音になってとてもいい。
マスクをしたまま、ほとんど喋らなかったこの2ヶ月。あと1週間余で教室を再開します。生徒の皆さん、唇周辺の筋肉、及び、舌の筋肉を大いに鍛えておいてください。
『「黄金」から見直す日本史』(加藤廣著 NHK出版 2013年)はラジオで講義されたテキストだが、その中の第4回目に放送されたタイトルは「金と遣唐使と弘法大師 ~平安時代」である。
加藤廣氏は「遣唐使」という巨大プロジェクトについて述べ、その組織、具体的に言うと、どのような職種の人間が船に乗り込み中国へ行ったかが列挙してある。時期によって異なるものの、『延喜式』によると、その役職は実に32の多岐に及ぶと彼は言う。
「大使、副使、判官、録事(議事録係)、知乗船事(航海長)、訳語生(通訳)、請益生(禅宗の学僧)、主神(神棚を祭る人)、医師、陰陽師、絵師、史生(記録係)、射手、船師、音声長、新羅・奄美訳語生、卜部(占いを司る官吏)、留学生、学問僧、従者、雑使、音声生、玉生(玉を加工する人)、鍛生(かじや)、鋳生(いものや)、細工生、船匠、舵師、舵とり、水手長、水手」
この中で6番目に書かれている<訳語生(通訳)>だが、<おさしょう>と読むそうだ。不思議な感じがする。中国語ができた日本人が一緒に随行したようだが、新羅・奄美に関する言葉ができた通訳も同じく乗船。まさしく多岐に及んだ組織であったことが想像し得る。
かつて銀幕を華々しく彩った女優達も今や80歳の大台に乗っている。彼女達の来し方をWikipediaを読んでいると、映画よりもはるかに面白い発見が有る。フィクションよりもノンフィクションのほうが傑作ということか!
次なる抜粋は或る女優のWikipediaからの一部抜粋である。彼女は1940年7月生まれだから、もう少しで80歳になる。
「満州国新京市(現・長春)に生まれた。<中略> 父は満州国経済学部大臣秘書官を歴任。1943年にタイのバンコクへ軍属として転居。終戦後に一家はチャオプラヤー川の岸辺にあったバンバートン(バーンブァトーン Bang Bua Thong)抑留所へ強制収容されるが、翌1946年に引き揚げが始まる。しかし軍属を最優先として先に出航したその船は沈没してしまった。一家は命拾いする」
もし先発の船に乗っていたら、現在の彼女はこの世に存在しない。この女優は今も現役で頑張っている。果たして誰でしょう?
タイ航空が倒産した。以前から危ないという話は耳にしていたが、コロナ禍で決定的となってしまった。タイ航空を利用していた生徒さんからも、ショックだという感想が来ている。
旅行関係に詳しい方に尋ねてみた。「JAL、または、ANAしか有りませんか、タイへ行くのは?」
「その2便しか有りません。単発で、チャーター扱いになりますが、タイ政府が手配するタイ航空はあります」
さらに、私は訊いた。「ベトナム航空とか中華航空はどうでしょうか?」
回答はこうであった。「飛んでます。乗り継ぎであれば問題ありませんが、台湾から、または、ベトナムから飛ぶ場合、その便が、<緊急を要する便>として、タイ政府がOKしてないと駄目です。6月いっぱいまでは、原則、民間航空機での着陸はできません。したがって、タイ政府がチャーターしたタイ航空じゃないと駄目です」
ここ数日、留学生のタイ人講師達に6月からの授業再開についてラインで知らせているが、大学がまだ始まっていないので、平日の夕方からの空き時間が未定との返事が有った。
パック先生は日本の医師国家試験を見事にパス。これからは慶応大学大学院博士課程でIPS細胞を使った実験の毎日だそうだ。
「先生、ご無沙汰しております。実はまだ大学に行っていなく、毎日の実験は実際、夕方の何時まで長引くことになるかは予測できないため、まずは土曜日の2つのクラスのみを教えに行かせて頂けませんでしょうか?」
この文章はパック先生が日本語で書いたものである。文章の息の流れが、日本人そのもの。彼はの目上に対して書く文章をすでにきちんと心得ている。
昨日、指輪先生からソンクラーン以来の返事が有った。
“I stay in Tokyo. It seems too hard to go back home. I stay home and cook many dishes. I am also happy that you are healthy. For teaching, please let me check my schedule with my advisor and I will inform you soon.”
2002年5月19日からブログを書き始めました。従って、満18年を迎え、今日から19年目に入ります。
テーマは「アジアと言語」ですが、主として「タイとタイ語」についてエッセイ風に書いています。しかし、最近はそこから離れることが多く、つぶやきや不満になりつつありますので、「人生」というテーマも追加させてください。
「人生」となると、いくらでも書けます。毎朝、頭の中に短文を並べながら15分ほどPCの前に座ることができる幸せ、これはまさしく至福のひとときであります。
昨日、4月4日以来、44日ぶりに教室へ行きました。全く変わりはありませんでした。あとは教室の清掃をして、6月1日の再開を待つだけです。
約2年半前にバンコクに本帰国され、現在はマヒドン大学で教鞭をとっておられるミカン先生(歯科医)から、車のトランクにドリアンを満載にした写真が送られて来た。そして、「หน้าทุเรียนแล้ว อาจารย์สบาบดีไหมคะ」と書かれてあった。ドリアンの季節到来!
バンコクのデパートが再開したことは、昨日、NHKのニュースで報じられた。自動噴霧器で足元まで消毒しての入店とは、なかなか念が入っている。これなら安心だ。
ところで、ミカン先生の車のナンバープレートがすこぶるふるっていた。番号は、6969。一般的にぞろ目が好まれる。一番高いのは9999。 9(เก้า)の発音は、「 ก้าว 前進する」に通じ、タイ人にとってはラッキーナンバーだ。しかし、6(หก)には、「倒れる」という同音異義語の動詞があるので縁起が悪い。
では何故、ミカン先生は6969にしたのであろうか。翻って考えてみるに、「倒れても前進する」、すなわち、日本版の「七転び八起き」に通じる。そのことを知っての上でのナンバープレートであったと言えよう。