「間」という漢字

「間」という漢字は実にいろいろな表現に出て来る。

1.時間=昼間、夜間、束の間、間髪いれず。

2.空間=物と物の間に広がる物理的広さ。華道でいう「間(ま)」とは花と花との間隔であり、バランスの美。

3.間(ま)=上手い役者は台詞(せりふ)と台詞の間に流れる一呼吸の置き方が見事。

4.間柄(あいだがら)=人間と人間とのつながり。

5.手間(てま)=何事を為すにも、あと一つの手間が有れば好ましい。

6.間諜=まわしもの、スパイ。

7.世間=世間知らず、世間が狭い、世間体が悪い

8.人間=human, human-kind, human beings

銀座の画廊主

3日間、どこにも出かけないと足腰が硬直してきた。そこで、昨日は、日本橋へ出かけ、高島屋で開催されている「野見山暁治のいま展 100歳記念」を鑑賞。彼の文章は非常にすばらしいので、ついでに本を3冊購入した。
 その後、銀座みゆき通りの画廊「向日葵」へ。友人(画家)がお世話している「九州・山口グループ展」を観るためである。
 画廊の中に入ると誰もいなかった。しばらくして、上品な女性が現れた。画廊の店主であった。彼女は私の友人をよく知っていた。何故ならば、友人がよく利用しているから。彼女と5分くらい話したが、この大変な情勢にもかかわらず、おだやかな物言いであった。そのことに私は感銘を覚えた。
 上記のグループ展は近くの画廊でも開催されていた。あづま通りにあるから「ギャラリー あづま」。そちらへ回ると、今度は先ほどの女性のご主人が現れた。彼もとても感じが良い方であった。
 「不要不急」という言葉に縛られていると、芸術は沈没する。画廊主は縁の下の力持ちだ。

今日の作文

タイ語で書いて、タイ文字を忘れないようにしよう。

1. 2回目の緊急事態宣言が出されたため、景気はますます冷え込んで来ている。

2. 海外からの入国者は「原則として禁止」と政府は言う。

3. しかし、<原則として>というこの言葉には、曖昧さが有る。

4. 訪問介護の仕事は多くの人に会うので、濃厚接触者になる可能性が高い。

5. したがって、介護士は言う。仕事以外、なるべく人と会わないようにしている、と。

6. 2月7日にコロナが収束するはずがない。

7. 疲弊していく国民を政府は心底からは救ってくれない。

吉川神社

東京に住んで56年。多くの人達との出会いが有った。いや、今も現在進行形である。最近、次のように言われるようになった。
 「泰日文化倶楽部でタイ語を勉強して本当に楽しいです。ほっとします。まるで神社に来たみたい。吉川神社!」
 それを聞いて、つい調子に乗った。それでは賽銭箱を用意しないと…..。
 私は独身。だから家庭内の問題や悩みは一切無い。フリーで働いているから組織内の葛藤も無い。ないない尽くしの私が神社の神主? それは無理そうだが、神主ではなくて、「人主」として、皆さんの四方山話に耳を傾けることならできる。
 或る人がこうも言った。「吉川財団、もしくは、吉川基金」、と。
 財は無いが、「才」は有る。人生を生き抜く才についてなら助言できる。基金は無いが、「基」なら教えられる。大切なのは基本。だから、「基」に戻れ!

茶の湯の力

『白河・会津の道/赤坂散歩=街道をゆく33』(司馬遼太郎 朝日文庫 1994)の中に、蒲生氏郷(がもう うじさと 1556-1595)が登場する。会津の産業奨励にとって重要人物だからだ。会津若松と命名したのもこの人。
 近江の生まれ。聡明さを見込まれて、織田信長の娘婿になった。伊勢松坂に報じられ、そこで松阪を商業の町へと発展させた。その後、秀吉から奥州行きを命じられ、会津若松で3年間、お役目を果たした。
 歴史の話を孫引きすれば切りがないが、私が言いたいことは以下の通りである。
 7年前に会津若松の城を散策した時、庭園の片隅に「麟閣」という茶室が有り、それが千利休の息子である小庵ゆかりのものであることに不思議さを覚えた。蒲生氏郷が千利休の七哲(優れた弟子)のトップであり、千利休亡き後、その息子を匿って、会津若松に連れて来ていたこと、そして、やがて頃合いを見て秀吉にお伺いを立て、許しを得た後、小庵を京に返すことができた。という流れを知って、納得。
 小庵の子孫が今日の茶道界を継いでいる。茶の湯は道楽と言えば道楽である。しかし、茶の湯の力は強い。

アジア食品店 新規開店

昨日、今年初めて教室へ行った。2021年のカレンダーを掛け、教室繁栄を願った。
 近所に「熊猫中華物産」という店が新規開店準備に追われていた。ここは去年までは不動産会社であった。仮オープンという掲示に誘われ、店内へ。
 アジア食品がいろいろと陳列されていた。中国、ベトナムの食品だけではなくて、タイの缶詰も売っていた。もちろん、パックチーもだ。冷凍庫にはルークチン(=練り製品のミートボール)も見えた。
 私にとっては重宝な店だ。教室から1分もかからない距離に在るので、買物がしやすい。早々に泰日文化倶楽部の御用達になるかも…..。
 昨日は日本の野菜を買った。中国人の店主が「うちはビニール袋、サービスしますよ」と言ったが、「お互いに節約しましょう」と私は答えた。しかし、その代わりに中国語を教えてもらおうと思い、「節約は中国語で何と言いますか?」と尋ねると、「jie-yue」と教えてくれた。なんだ、「節約」そのものだ。(注:簡体字が打てないので、繁体字です)

今日の語彙

今日1月10日は「110番の日」。したがって、警察関連の単語を列挙する。タイ語で書いてみよう。
 その前に、最近有った<嬉しいつながり>について、簡潔に述べたい。
 某県に在住する教え子のM子さんは仕事をするのが大好きな女性である。彼女はその某県の警察から通訳要請を受けて、時々、通訳もしている。年末に通訳に行ったところ、担当刑事が私の教え子であり、とてもびっくりしたそうだ。
 地方のあちらこちらにいる私の教え子さんよ、皆、大いに社会に貢献してください!

 以前にも同じような単語を出題したかと思うが、また書いてみよう。
1.通報する2.被害届3.逮捕状 4.窃盗 5.詐欺
6.無免許運転 7.信号無視 8.不法残留 9.不法就労10.DV
11.殺人12.博打13.麻薬14.侵入15.脅迫
16.強姦17.誘拐18.監禁19.殴打20.暴行

犇く(ひしめく)

丑年だから、またまた牛が登場する漢字を学んでみたい。

1.犇 = 牛が驚いて走って行く様子を表しているそうだ。そして、その意味するところは、「押し合って騒ぎ立てる」ということらしい。コロナ禍において「三密」という言葉が生まれたが、第3波の到来に及んでは、ほとんど効果が無かった。

2.牟 = 「むさぼる」とか、「牛の鳴き声」を表しているそうだ。あるいは、「兜(かぶと)」にも関連があるらしい。梵語(サンスクリット)の単語を和音に書き表すときに、「ム」として使われており、それが、片仮名の「ム」にもなったとのこと。例:釈迦牟尼。その他に、地名や姓にも適用される。例:牟礼、牟田、牟田口。

3.牽 = この漢字の筆順を調べてみると、2通り有った。しかし、とにかく見づらい漢字だ。その意味は、「引く」、「引っ張る」であり、そもそもは「牛の引き綱」から由来しているとのこと。例:牽引、牽制、牽牛。

今日、言いたかったこと=日本の政治を正しく強く牽引する政治家がいない。

仕切り直し

お知らせを兼ねて、私の気持ちをお伝えいたします。

1. 2021年の授業開始は、1月16日(土曜日)からとしました。

2. 1月9日の授業再開を楽しみにしていただけに、仕切り直しです。

3. 感染者数の拡大に一喜一憂しても、自分の生活に動揺をきたすだけです。

4. 自学自習をして、脳を活性化させましょう。

5. 1週間ごとの状況変化を見据え、必ずや教室は再開させます。

6. 無能なる政府の愚策・失策、及び非情さには絶対に屈しません。

今日の翻訳

今年最初のタイ文として易しい内容を選んだ。したがって、日本語も読みやすくてわかりやすい文章にしよう。(出典:『小学校国語教科書(3年生)』)

1. ปีหนึ่งๆมีรถยนต์ชนกันบ่อยมาก ทำให้ผู้คนเสียชีวิตและทรัพย์สิน เสียหายจำนวนมาก การเกิดอุบัติเหตุทำให้คนขับรถหรือผู้เสียชีวิตหรือพิการ ลูกเมียญาติพี่น้องก็ได้รับความเดือดร้อน

2. อุบัติเหตุบนท้องถนนเกิดขึ้นเนื่องจากคนขับรถบางคนดื่มเหล้าเมา บางคนกินยา
กระตุ้นประสาท บางคนขับรถเร็วเกินไป ไม่ระมัดระวัง ไม่นึกถึงผู้ใช้รถถนนคนอื่น บางคนขับแซงผู้อื่น บางคนไม่รักษากฎจราจร ทำให้เกิดอุบัติเหตุ

3. เด็กๆท้้งหลาย เวลาเดินบนท้องถนนต้องระมัดระวัง ต้องข้ามถนนตรงทางม้าลายหรือใช้สะพานลอย ไม่เล่นบนท้องถนน เวลาขึ้นรถ ไม่ห้อยโหนออกนอกตัวรถ อุบัติเหตุก็จะลดลงได้