司馬遼太郎の本(『歴史のなかの邂逅 8』中公文庫 2011年)を読み進むと、「権力の神聖装飾」という章の中で、山県有朋が「宮内省に容喙し、いままでの儀典を再検討させ、重厚さと神秘性をもりあげたあたらしい方式に変えさせた」という文章が有った。
司馬氏の漢字使いは難解なものが多い。上述の「容喙」もなかなか馴染めない語彙だ。調べてみると、「容(入れる)+ 喙(くちばし)」で、「口出しする」、「口をはさむ」という意味であった。敷衍すれば、「介入」とか、「おせっかい」という意味にも解釈できる。
ひるがえって、タイ語ではどう訳すか? 文脈によっていろいろな表現が有るので一概には言えないが、当たり障りのない訳だと、「เข้าไปยุ่ง」。他に、「สอดปาก」(差し出がましいことを言う)、「ก้าวก่าย」(干渉する)、「แทรกแซง」(介入する)、等。英語も然り。いろいろな使い分けが見られる。要は、たくさんの文章に接し、いかに語彙を増やすかが肝心なり。
