百花為誰開

昨日、茶道教室に参加した。床の間の軸は「百花為誰開」。この禅語の意味を茶道講師が教えてくださった。「花は誰かのために咲くのではなくて、人知れず咲いて、そして散って行くのです」

帰宅後、ネットでもう少し調べてみた。この禅語の真意は、「花は評価や感謝を期待せず、ただ自身の生命のままに無心で咲いています」、そして、禅の教えとしては、「好き嫌いや損得、執着などの<はからい=作為的な心>を捨て、目の前のことに打ち込むことの大切さを表しています」と説明してあった。

茶道は総合芸術だと言われている。高齢になって習い始めたのではあまりにも遅すぎた。だが、軸に墨書された禅語を学ぶことだけでも勉強。「無心」という禅語はあまりにも有名だが、今はの際に、「無」や「心」の漢字からも解放されるのが理想なり。