気仙沼のサバ

一昨日は、「3.11東日本大震災」から15年ということでテレビやラジオで現地の人々の声をたくさん聞いた。2011年に5歳であった女の子が三陸鉄道に就職し、語り部として当時のことを電車の中で伝えていること、そして、今後は後輩に継承していってもらいたいと話していたのが印象的であった。

水曜日は午後5時から授業が有るので、3時半過ぎに自宅を出て高田馬場へ向かった。銀行で用事を済ませた後、夕飯を買っておこうと思いスーパーに寄った。すると、真っ先に目にとまったのが「気仙沼のサバ弁当」であった。スーパーならではのはからいを見て嬉しく思った。

東北には知人が数人いるが連絡を取るのはあえて控えた。皆さん、それぞれの思いで「3.11」を過ごしておられるからだ。当時、泰日文化倶楽部に消防署員がタイ語を習いに来ていたが、彼は気仙沼の大火事鎮火のため、東京から1ヶ月近く現地へ派遣された。この世の地獄を見たと間接的に聞いた。