ラーチャプラソン交差点

バンコクから帰京して9日が経つが、いまだに興奮がさめやらない。今回、宿泊したホテルはバンコクでももっとも賑やかなラーチャプラソン交差点近くに在ったから、車と人の往来の激しさに圧倒された。エラワン祠をはじめとして、いろいろな神様が周辺に鎮座されてパワースポットになっているだけあって、不思議な空気感を覚えた。

滞在中に偶然ではあるが、1970年代からバンコクで働いていた日本人が撮影したラーチャプラソン交差点周辺の写真を、写真整理しているという息子さんからのLine送信で見ることができた。半世紀前の写真はセピア色。エラワンの神様ももちろんセピア色。だが、神様は神様だ。今日まで堂々として人々を見守っている。そして、これからも……。

ホテルはとても古かった。以前も泊まったことがあるが、もはや時代遅れの感がした。だが、それが良かった。何でもかんでも新しくなってしまったら面白くない。ラーチャダムリ道路をはさんで向かい側にあるCentral Worldの外壁の電飾がけたたましいだけに、ホテルの中の静けさにほっとすることしばしば。明と暗、動と静。一日でそれら両方を体験した。

今日の翻訳

『ประวัติพระสาวา เล่ม๑』(พระอานนท์他2名著/タイ文部省発行 พ.ศ.๒๕๒๖)の序文から出題する。

๑. พระพุทธศาสนาเป็นศาสนาประจำชาติไทยมาช้านาน

๒. มีส่วนช่วยให้สังคมไทยอยู่ได้อย่างสันติสุข ช่วยสร้างเสริมคุณธรรม จริยธรรม ตลอดจนวัฒนธรรมไทยมาตลอด

๓. กระทรวงศึกษาธิการได้ตระหนักถึงความสำคัญของพระพุทธศาสนา และเห็นควรส่งเสริมให้นักเรียนตลอดจนเยาวชนได้ยึดมั่นปฏิบัติตามหลักธรรมโดยสม่ำเสมอ

๔. จึงได้มอบหมายให้กรมวิชาการจัดทำหนังสือเสริมประสบการณ์ขึ้น

๕. ในการจัดทำหนังสือดังกล่าว กรมวิชาการได้ขออนุมัติกระทรวงศึกษาธิการแต่งตั้งคณะกรรมการจัดทำหนังสือส่งเสริมการอ่าน

ココナッツ&サトウキビ

チャトチャックへ行った時、骨董館入り口手前の屋台を見るとココナッツがごろごろ並べられていた。よく冷えているココナッツの頭を鉈で叩き割ってもらいストローで吸った。水分をたっぷりと補給すると疲れが吹っ飛んだ。プラスチックのスプーンだったから、白い果肉が掻き出せなかったのが残念。しかし、タイに来ればやはりココナッツだ。野性味があっていい。

ワット・アルンを出ようとすると、サトウキビ・ジュース売りのおじさんが待ち構えていた。細身のプラスチック瓶に入ったサトウキビ・ジュース。甘い。だが懐かしい甘さだ。聞くところによると、最近、サトウキビの生産が減少しているとのこと。由々しき問題だ。

アイコンサイアム中のおしゃれな茶店では恋人同士がくつろいでいる。その茶店はミシュランの星を獲得していると聞いた。テークアウト用の容器も立派。飲み終わったらすぐに捨てるのに、ああ、もったいない。プラスチックの山がそこかしこに出来そうだ。

私は言いたい。ココナッツやサトウキビのジュースが道端から消えないでほしい。それらが古き良きタイを引き継いでいるからだ。ミシュランになんか負けるな。

食の魅力

80歳近くなると、あと何回、タイへ行く機会が有るかという不安が頭をよぎる。今回の8年ぶりのバンコク旅行は自分の体力と気力がどのくらい残っているかを把握する旅でもあった。結論から言うと、タイはまだまだ私を歓迎してくれる。そう確信した。

タイの魅力は尽きないが、高齢者になると美味しいものが一番だ。日本の伊勢海老に類似した大きな頭の海老が入ったトムヤムクンはスープの味が抜群。辛さをおさえてもらったので、タイ料理というよりは、フランス料理かと錯覚しそうであった。

アイコンサイアムへ行った時、元タイ人講師がドリアン・ケーキを1個だけ買って来た。それを旅の仲間3名でシェアした。というのは、1個=170バーツ(825円相当)もしたからだ。パッタイが出てくる間、ドリアン・ケーキを一匙、口に含むと、とろけるように食道を下っていった。

今日のタイ語作文

1.タイ語を学習している人は、特別な用事が無くても、少なくとも一年に一度はタイへ旅行したほうがよい。

2.スワンナプーム空港に着いた時点で、タイに入国したという嬉しさがこみ上げてくる。

3.空港からホテルまでの高速道路沿いの景色や街中の変貌ぶりを見るのは実に楽しい。

4.タクシーの運転手とタイ語で会話をすることで、自分のタイ語がどのくらい通じるか、まずはウオーミングアップをすることもいいことだ。

今日の語彙

1.11月下旬      2.12月上旬

3.年末ジャンボ宝くじ  4.冬支度

5.クリスマスケーキ   6.飾り付け

7.手帳         8.カレンダー

9.年賀状       10.忘年会

11. 大晦日     12.除夜の鐘

バンコク今昔物語(9)

今回のバンコク旅行を決めたのは9月であった。したがって、元王妃の御逝去に関しては全く想定していなかった。だが、10月24日の訃報に接して以来、バンコクに行った折には是非とも王宮へ行って記帳をしたいという思いでいっぱいであった。何故ならば、2016年10月13日にラーマ9世が崩御された時、その4日後にはバンコクへ飛び、そして、王宮でタイ人に交じって記帳したからである。

私が翻訳した『王朝四代記』(ククリット・プラモート著 全5巻)は、ラーマ5世時代から始まり、ラーマ9世の時代が始まる1946年で終わっている。ラーマ9世の王妃であるシリキット王妃が御逝去されたことで、タイのひとつの時代が終わり、新たなる時代がすでに進んでいることを、今回の8年ぶりのバンコク旅行でしかと見届けることができた。

バンコク今昔物語(8)

元王妃の御棺が安置されている宮殿に近い回廊まで来た時、ピシッと糊のきいた白い帽子と制服の看護師3名が小さなプラスチック容器を皆に配った。容器には、「กองแพทย์หลวง / พิมเสนน้ำ พระราชทาน」と書いてあった。「王室医務局 / メンソール入り液体吸入剤 下賜する」という意味である。「長時間、よく頑張りました! この気付け薬で気分一新してくださいね」という配慮がタイらしかった。

いよいよ最後の待機所まで案内されると、「靴を脱ぎなさい。荷物はイスの上に置いておくこと」という指示を受けた。そして、いよいよ御棺の間へと導かれた。「平伏の姿勢を取りなさい」という指示が2回有ったので、皆は2回、体を床につけてひれ伏した。黄金の間に安置された元王妃の御棺とお別れをすると、出口には僧侶が4名、高座に座って読経を唱えていた。その読経はさわやかな風とともに、宮殿の外へとなびき、穏やかな時間が流れていた。

バンコク今昔物語(7)

王宮の門のところで服装チェックが有り、我々はひっかかった。そこで門のすぐ近くにあるエレベーターで地下に降り、黒の巻きスカート(ผ้าถุง)と、同じく黒の上衣を貸してくれるコーナーへ行った。私の場合は、自分で手縫いしたものを日本から用意して行っていたが、同行者二人に合わせたほうがいいと思い、やはり借りることにした。

黒装束に身を包んだ我々は王宮前広場の地下にできている大広間で、タイ人達の中に交じって宮殿に案内されるまでひたすら待った。大広間には撮影スポットが有り、タイ人達は記念写真を撮っていた。もちろん我々も撮影係の人に三人の姿を撮ってもらった。背景は古き良きバンコクの昔の王宮近くの白黒写真だ。まるでラーマ5世時代に引き入れられた感がした。

セキュリティ対策は万全。タイ人達は国民身分証明書を機械にかざす。我々は旅券をかざした上で、さらに係官による旅券チェックがあり、ようやく胸に許可のシールが貼られた。大広間で待つこと2時間余。そして、王宮の門にようやく入ってから宮殿内の御棺の間までさらに30分。50人単位で動かされた。「日本人はだめです」という制限は全く無く、タイ人と同様の扱いを受けたこと、そこにタイ人の優しさと鷹揚な態度を再確認した。

バンコク今昔物語(6)

11月17日(月)、午前10時にホテルを出て、BTSでサパーンタクシン駅まで行き、サートーン船着き場から船に乗った。ターチャーンまでの約15分、チャオプラヤー川の両岸の景色を楽しんだ。船賃は21バーツ(約100円)。

ターチャーンから少し歩くと、王宮の白壁が見えた。交通整理をしている人に「王宮へ行って元王妃にお別れをしたい」と告げると、「ここに来るバスに乗りなさい」と言われた。バスは確かにやって来た。だが、バンコク最古のバスかと言いたいくらいのポンコツであった。

バスには黒服の女性達が数人しか乗らなかった。地方からやって来たらしい。王宮の門近くで降ろされた我々は指示に従って歩く。着いたところは、何と前日行った国立博物館の反対側であった。テントがたくさん張られており、僧侶達もたくさんおられた。これから長い黒服の列に長時間、並ばなければならないかと思うと相当の覚悟を要した。だが、ここでも私の魔法の杖が功を奏した。「カートに乗りなさい」と勧められたので、再び、王宮の門の前までスイスイと行くことができた。