今日の翻訳

タイ小学校4年生向けの教科書(พ.ศ.๒๕๓๓)の第16章「เราก็คน เขาก็คน」から出題する。

๑. การทำงานร่วมกัน บางคนก็คิดว่าความคิดของตนดีที่สุด การกระทำของตนถูกต้องดีแล้ว

๒. บางคนก็คิดว่าความคิดเห็นในการกระทำของคนอื่นใช้ไม่ได้ ไม่น่าเชื่อถือ ไม่น่ารับฟัง

๓. ความคิดเหล่านี้ทำให้เราหลงตัวเองและดูถูกผู้อื่น

๔. อันที่จริงความคิดเห็นที่แตกต่างกันกลับจะช่วยให้ข้อคิดนั้นได้กลั่นกรองให้ถูกต้องรอบคอบมากขึ้น

๕. ความคิดเห็นเกิดจากเหตุผลอันชอบธรรมของส่วนรวม ควรได้รับการยอมรับและนำไปปฏิบัติตาม

๖. ความคิดเห็นที่ดีย่อมไม่เกิดจากความดื้อดึงของคนคนเดียว

嬉しい報告

片道2時間半をかけて、約25年近く泰日文化倶楽部に通学する生徒さんがいる。彼の名字の一字をとって、級友は彼のことを「คุณหมี(熊さん)」と呼ぶ。日本は今、熊の出没のニュースで震撼としているが、タイ語を習う熊さんはとても温厚な人物である。

彼から嬉しい報告がラインで来た。「建物からワットアルンを望む事のできる宿に宿泊してみました。7年ぶりのタイでしたが、タイ語を色々なシーンで使ってきました。相手から聞き返されることもなく通じたので、吉川先生のところで勉強してきて良かったなと思いました」

今日のブログはなんだか泰日文化倶楽部のPRみたいになってしまったが、あの控えめな熊さんの近況報告に、ついつい私も嬉しくなったわけである。「7年ぶりのタイとは! もっともっと行ってください」と私は返信した。

長襦袢と訪日外国人

先日、20年以上の和裁経験のある生徒さんが非常に迷惑そうな顔をして言った。「最近、長襦袢だけを着て街中を歩いている外国人がいます。困ったものです。 おまけに襦袢の裾から足がいっぱい出ており、見苦しい」、と。 

それを聞いた私は一瞬、半信半疑に思った。だが、訪日外国人のつんつるてんの着物姿なら容易にイメージすることができた。とは言うものの、長襦袢一枚だけで歩き回ることはやめてほしい。下着なんだから…..。

昔の日本人は着物の裏に凝った。正絹を好み、地紋も色も素晴らしいし、それにはいろいろな思いが込められている。よって、長襦袢も正絹。地紋には同じく縁起がかつがれている。そういった日本の着物文化を知らずして、古着屋で吊り下げられている長襦袢が安いからといって購入し、興味本位で着るのだけはやめてほしい。น่าเกลียดจริงๆ

今日の作文

次の単語を使って短文を書きなさい。

๑. ประทับ

๒. ประมาท

๓. ประสาท

๔. ประเสริฐ

๕. ประหยัด

๖. ประโยค

祝『文芸思潮』100号!

アジア文化社が発行している『文芸思潮 2026夏号』が送られて来た。編集・発行人は五十嵐勉氏。今回はなんと「100号」を記念する特別号であった。五十嵐氏の文学に対する熱意はマグマの如し! 彼の自筆による私へのメッセージが本にはさまれていた。

「吉川先生 ごぶさたしております。おかげさまで『文芸思潮』も100号続けることができました。これもタイへ行く決意をして、先生の教室で勉強させていただいたことがきっかけでした。あの頃を思い出すと長い道程だったと懐かしくなります。ありがとうございます。深く感謝しております」

五十嵐氏のご厚意により、毎号、「贈呈」されてばかりだが、『文芸思潮』が100号に達したことに驚愕している。並々ならぬご苦労があったと思う。だが、彼の文学に対するマグマがすべてを覆い、そして、彼の真摯な態度が基盤となって100号を迎えた。これからもどうか文学の燈火を灯し続けていただきたい!

หน้าเงิน

「タイ語初級 月曜日18:00」のクラスの生徒達は経済通の男性ばかり。昨日もいつものようにお金の話をしていると、「成り金」という単語が出て来た。はてさてこれをタイ語ではどのように言うのであろうか?

すると、日本語がまだまだ得意ではないタイ人講師が我々の話に関心を示し、「หน้าเงิน」というタイ語が有ることを教えてくれた。それを聞いた途端、顔(หน้า)一面、お金( เงิน)を貼り付けているような人が想像された。

ネット(AI)で調べると、「หน้าเงิน แปลว่า ใช้เรียกบุคคลที่เห็นแก่เงินเป็นใหญ่ มีความโลภ ชอบเอาเรื่องเงินหรือผลประโยชน์มาเป็นที่ตั้ง เหนือกว่าความถูกต้อง มิตรภาพ หรือความรู้สึกของผู้อื่น」と説明していた。因みに「成り金」のAI訳は、「เศรษฐีใหม่(新しい富豪)」であった。

今日の翻訳

チュラロンコーン大学ブックセンター発行( พ.ศ.๒๕๒๙)『ภาษาไทยวันละคำ』(共著10名)の中の「พายเรือในหนอง」から出題する。

๑. พายเรือในหนอง เป็นสำนวน มีความหมายว่า คิดหรือทำอะไรวกวนกลับไปกลับมา ไม่สำเร็จลุล่วงไปได้ เช่น

๒. เขาคิดจะไปทำงานที่ต่างประเทศก็ห่วงแม่ที่เจ็บออดๆ แอดๆ จะอยู่ดูแม่ก็ไม่มีงานทำ คิดวนไปเวียนมา เหมือนพายเรือในหนอง ไม่รู้จะทำอย่างไรดี

๓. เขาคิดจะเปลี่ยนงานใหม่เพราะไม่ถูกกับนาย แต่ก็กลัวว่าจะหางานไม่ได้ เพราะความรู้น้อย คนรู้จักที่จะช่วยเหลือก็ไม่มี จะทนทำงานต่อไปก็อึดอัด คิดวนไปเวียนมา ไม่รู้ว่าจะอยู่หรือจะไปดี เหมือนพายเรือในหนอง มองไม่เห็นทางออกเลย

๔. หนอง เป็น แอ่งน้ำที่ขังอยู่ตามธรรมชาติ บางหนองก็มีขนาดเล็ก บางหนองก็อาจจะใหญ่ การพายเรือในหนองก็ได้แต่พายวนไปวนมาไม่ไปสู่ที่ใดได้ ความคิดของคนที่วนไปวนมา จึงเปรียบได้กับการพายเรือในหนอง

๕. ปัจจุบัน มักจะมีคนใช้ว่า พายเรือในอ่าง ซึ่งคงจะเป็นเพราะต้องการจะเปรียบเทียบให้เห็นความคิดวกวนยิ่งขึ้นไปอีก เพราะขนาดของอ่างเล็กกว่าหนอง สำนวนนี้ เดิมใช้ว่า พายเรือในหนอง

不思議な美女

10年前に不思議な雰囲気を秘めた美女が個人レッスンを受けていた。だが、新しい仕事が見つかり、時間の調整がつかず、彼女のタイ語の勉強は約2年でストップ。その後は全く音沙汰なし。

ところが、昨年11月、彼女から突然、LINEを受け取った。「今、バンコクに来てます。とても楽しいです。またタイ語を勉強したくなりました。明日、東京に帰ります」という内容であった。同じ頃、私も8年ぶりのバンコクを楽しんでいたから、早速、返信した。

それから7ヶ月が経過。昨日、彼女からまたLINEが来た。「アーチャーン、お元気ですか? アチャーンはまだタイ語教室はされているのでしょうか?」という文面であった。彼女は泰日文化倶楽部のHPや私のブログは全く読んでいないようだ。「全くもって忘れてしまいまして…..。しかしながら再挑戦したく、またワンマンとかでもお時間あれば見ていただけるのかなあと」 ワンマン? つまり個人レッスンだ。またしても不思議な美女が教室にやって来る!

パタンナー(型紙師)

昨日、日暮里の繊維街に在る洋裁店へ行った。昨年末に見つけたこの店は生地を買うとオーダーすることができる昔ながらの落ち着いた店である。顧客がついており安定している。吊るしの服もたくさん有るが、いずれも縫製が良く、安価なのも魅力的だ。

「素敵なものばかりですから、毎月来ますね!」と私が言うと、店主がきっぱりと言い放った。「来月、閉店します」、と。すかさずその理由を尋ねると、「パタンナーがいないからです」と教えてくれた。

型紙を作る人の減少。ああ、この業界もかと思った。AIが型紙を作る。すると、もはや人は要らない。AIに仕事を奪われるのがみすみす分かっていると、人はその仕事を選択しない。このようにして職人が減って行く。

タイ語作文

1.サッカーと野球とでは、どちらが好きですか?

2.息子さんにはサッカーをやらせたいですか? それとも野球をやらせたいですか?

3.高校1年の息子はゴルファーになりたいと言っております。

4.いずれのスポーツであれ、プロの選手になるのは難しいです。

5.それを言うなら、スポーツ界のみならず、あらゆる分野に於いて、才能と努力が問われます。

6.それから運を味方につけることも肝心ですが、こればかりはどうしようもありません。