祝『文芸思潮』100号!

アジア文化社が発行している『文芸思潮 2026夏号』が送られて来た。編集・発行人は五十嵐勉氏。今回はなんと「100号」を記念する特別号であった。五十嵐氏の文学に対する熱意はマグマの如し! 彼の自筆による私へのメッセージが本にはさまれていた。

「吉川先生 ごぶさたしております。おかげさまで『文芸思潮』も100号続けることができました。これもタイへ行く決意をして、先生の教室で勉強させていただいたことがきっかけでした。あの頃を思い出すと長い道程だったと懐かしくなります。ありがとうございます。深く感謝しております」

五十嵐氏のご厚意により、毎号、「贈呈」されてばかりだが、『文芸思潮』が100号に達したことに驚愕している。並々ならぬご苦労があったと思う。だが、彼の文学に対するマグマがすべてを覆い、そして、彼の真摯な態度が基盤となって100号を迎えた。これからもどうか文学の燈火を灯し続けていただきたい!

หน้าเงิน

「タイ語初級 月曜日18:00」のクラスの生徒達は経済通の男性ばかり。昨日もいつものようにお金の話をしていると、「成り金」という単語が出て来た。はてさてこれをタイ語ではどのように言うのであろうか?

すると、日本語がまだまだ得意ではないタイ人講師が我々の話に関心を示し、「หน้าเงิน」というタイ語が有ることを教えてくれた。それを聞いた途端、顔(หน้า)一面、お金( เงิน)を貼り付けているような人が想像された。

ネット(AI)で調べると、「หน้าเงิน แปลว่า ใช้เรียกบุคคลที่เห็นแก่เงินเป็นใหญ่ มีความโลภ ชอบเอาเรื่องเงินหรือผลประโยชน์มาเป็นที่ตั้ง เหนือกว่าความถูกต้อง มิตรภาพ หรือความรู้สึกของผู้อื่น」と説明していた。因みに「成り金」のAI訳は、「เศรษฐีใหม่(新しい富豪)」であった。

今日の翻訳

チュラロンコーン大学ブックセンター発行( พ.ศ.๒๕๒๙)『ภาษาไทยวันละคำ』(共著10名)の中の「พายเรือในหนอง」から出題する。

๑. พายเรือในหนอง เป็นสำนวน มีความหมายว่า คิดหรือทำอะไรวกวนกลับไปกลับมา ไม่สำเร็จลุล่วงไปได้ เช่น

๒. เขาคิดจะไปทำงานที่ต่างประเทศก็ห่วงแม่ที่เจ็บออดๆ แอดๆ จะอยู่ดูแม่ก็ไม่มีงานทำ คิดวนไปเวียนมา เหมือนพายเรือในหนอง ไม่รู้จะทำอย่างไรดี

๓. เขาคิดจะเปลี่ยนงานใหม่เพราะไม่ถูกกับนาย แต่ก็กลัวว่าจะหางานไม่ได้ เพราะความรู้น้อย คนรู้จักที่จะช่วยเหลือก็ไม่มี จะทนทำงานต่อไปก็อึดอัด คิดวนไปเวียนมา ไม่รู้ว่าจะอยู่หรือจะไปดี เหมือนพายเรือในหนอง มองไม่เห็นทางออกเลย

๔. หนอง เป็น แอ่งน้ำที่ขังอยู่ตามธรรมชาติ บางหนองก็มีขนาดเล็ก บางหนองก็อาจจะใหญ่ การพายเรือในหนองก็ได้แต่พายวนไปวนมาไม่ไปสู่ที่ใดได้ ความคิดของคนที่วนไปวนมา จึงเปรียบได้กับการพายเรือในหนอง

๕. ปัจจุบัน มักจะมีคนใช้ว่า พายเรือในอ่าง ซึ่งคงจะเป็นเพราะต้องการจะเปรียบเทียบให้เห็นความคิดวกวนยิ่งขึ้นไปอีก เพราะขนาดของอ่างเล็กกว่าหนอง สำนวนนี้ เดิมใช้ว่า พายเรือในหนอง

不思議な美女

10年前に不思議な雰囲気を秘めた美女が個人レッスンを受けていた。だが、新しい仕事が見つかり、時間の調整がつかず、彼女のタイ語の勉強は約2年でストップ。その後は全く音沙汰なし。

ところが、昨年11月、彼女から突然、LINEを受け取った。「今、バンコクに来てます。とても楽しいです。またタイ語を勉強したくなりました。明日、東京に帰ります」という内容であった。同じ頃、私も8年ぶりのバンコクを楽しんでいたから、早速、返信した。

それから7ヶ月が経過。昨日、彼女からまたLINEが来た。「アーチャーン、お元気ですか? アチャーンはまだタイ語教室はされているのでしょうか?」という文面であった。彼女は泰日文化倶楽部のHPや私のブログは全く読んでいないようだ。「全くもって忘れてしまいまして…..。しかしながら再挑戦したく、またワンマンとかでもお時間あれば見ていただけるのかなあと」 ワンマン? つまり個人レッスンだ。またしても不思議な美女が教室にやって来る!

パタンナー(型紙師)

昨日、日暮里の繊維街に在る洋裁店へ行った。昨年末に見つけたこの店は生地を買うとオーダーすることができる昔ながらの落ち着いた店である。顧客がついており安定している。吊るしの服もたくさん有るが、いずれも縫製が良く、安価なのも魅力的だ。

「素敵なものばかりですから、毎月来ますね!」と私が言うと、店主がきっぱりと言い放った。「来月、閉店します」、と。すかさずその理由を尋ねると、「パタンナーがいないからです」と教えてくれた。

型紙を作る人の減少。ああ、この業界もかと思った。AIが型紙を作る。すると、もはや人は要らない。AIに仕事を奪われるのがみすみす分かっていると、人はその仕事を選択しない。このようにして職人が減って行く。

タイ語作文

1.サッカーと野球とでは、どちらが好きですか?

2.息子さんにはサッカーをやらせたいですか? それとも野球をやらせたいですか?

3.高校1年の息子はゴルファーになりたいと言っております。

4.いずれのスポーツであれ、プロの選手になるのは難しいです。

5.それを言うなら、スポーツ界のみならず、あらゆる分野に於いて、才能と努力が問われます。

6.それから運を味方につけることも肝心ですが、こればかりはどうしようもありません。

無くて七癖

「七」という数字を組み入れた表現を思いつくままに言っていくと、「無くて七癖」が有った。この場合の「七」は実際に七つの癖が有るというのではなくて単なる語呂合わせ。人間関係が希薄になっている昨今、他人の癖が気になるほど時間を共有することはもはやないから、この表現はいずれ消滅していくかもしれない。

タイ語で「無くて七癖」をどう翻訳するか? AIでは「คนเราทุกคนย่อมมีนิสัยเฉพาะตัว」という文章が紹介されていた。他にもいくつか列挙されているが、上記の訳文がわかりやすい。

さらに「無くて七癖」をググっていると、「泰日文化倶楽部を参考」と書いているではないか! 2023年10月31日付の私のブログ「今日の作文」に、七を使った一連の文章の一つとして「無くて七癖」を出題していたことがわかった。その日、私は喜寿(77歳)を迎えたばかりであった。

一二三(禅語)

今日から7月。2026年の後半の始まりである。正月を迎えた時のような意気込みは無いものの、遅々たる歩みを止めるわけにはいかない。「一二三!」と自分に号令をかける。

つい最近、禅語に「一二三」というのが有るのを知った。その意味するところは、調べてみると次のように書いてあった。「誰もが知る当たり前の日常や、基本を大切にする心を説く言葉です。日常のささやかな営みや<普通>の中にこそ、宇宙の真理や豊かな悟りがあるという意味を持っています」、と。

親戚に「一二三(ひふみ)」という男性がいた。何故、そのような名前なのかと不思議に思っていたが、やっと謎が解けた。禅語に由来していたのだ。とすると、私の先祖は禅語を愛好していたことになる。

今日の語彙

1.賛辞を送る     2.賛同する

3.試金石になる    4.消火器

5.寸暇を惜しむ    6.スリン県

7. 戦争        8.千載一遇のチャンス

9. 騒然とする    10.総じて

11.ソーラーパネル  12.ソンクラーン

カントリーダンス

茶道仲間の一人がスリムになってきたので、その理由を尋ねると、「最近、カントリーダンスを始めたのよ」と答えた。彼女の表情はウキウキ。相性が良い教室を探したが東京にはみつからず、結局、横浜まで通っているそうだ。

カントリーダンスをネットで調べると、「カントリーミュージックのリズムに合わせて足のステップを踏む人気の習い事です」と書いてあった。いつも着物を着て茶道の稽古をする彼女が「静」なら、カントリーダンスは「動」である。「静」と「動」のバランスを上手にとりながら暮らす彼女。

茶道では、茶杓のように軽いものは重そうに、そして、重い茶碗は軽そうに見せるのが技術だと教わった。一方、華道では、「疎」と「密」を考えながら生けること、そして、ボリュームのある花は下方に、つぼみのように軽めなものは上方に生けるようにと華道講師は教える。では、語学教師は何を教えるべきであろうか? 「発音」、「聴力」、「会話力」、「速読」、「作文力」の重要性を強調したい。