1. もうすぐ 2. 厄介な人
3. 油断する 4. 溶接工
5. ライバル 6. 理想的
7. 流布する 8. 練乳
9. 狼狽する 10. ろうそく3本
11.和解する 12. 訳ありのリンゴ
1. もうすぐ 2. 厄介な人
3. 油断する 4. 溶接工
5. ライバル 6. 理想的
7. 流布する 8. 練乳
9. 狼狽する 10. ろうそく3本
11.和解する 12. 訳ありのリンゴ
生け花の生け方に「投げ入れ」というのが有る。花瓶に向かって花を投げ入れるものだと、子供の頃はかってに解釈していた。だが生け花クラスに所属して生け始めると、投げ入れるどころか、枝と枝をきちんと組合さなければならないという緻密な作業が待っていた。
剣山を使って花を固定する生け方の「盛花(もりばな)」とは全く対照的な「投げ入れ」。花瓶の中で枝や花を思いのまま組み合わせることができるまでには稽古を重ねて行かなければならない。先人が造った用語である「投げ入れ」。何故、そのように命名したのであろうか? 投げやりでは済まされないだけに、不思議でならない。
ひるがえって考えてみるに、言葉の成り立ちには奥の奥の解釈が暗示されており、かつ、ひねりが含まれている。その奥の襞(ひだ)が分かるようになるのはいつか? 時々、自分で確認してみよう。
昨日の授業で、「เมา 酔う」という単語が出て来た。この単語を聞いた生徒達はすかさず「ขี้เมา 酔っぱらい」と発音した。ところが、一人の生徒の発音に対して、ボン先生が次のように言った。
「ขี้เมา (下声+平声)ではなくて、 ขี้เมาธ์(下声+高い声)に聞こえました。เมาธ์は英語のmouth(口)から来ています。よく喋くりまくるおばさんのイメージがขี้เมาธ์には有ります。 พูดมากという表現に近いですね」
「ขี้เมาธ์」という新しい単語を聞いて、いろいろと思うことがあった。タイ人が作る新造語には、これから先、「タイ語+英語」の組み合わせのほかに、「タイ語+日本語」も出て来そうな気がする。思いついた例:「ขี้เยน 弱い日本円にしがみつく人→貧しい日本人」。
『บริหารชีวิตด้วยจิตวิทยา』(คณะอาจารย์คณะจิตวิทยา จุฬาลงกรณ์มหาวิทยาลัย編纂 พ.ศ.2558)の第1章の冒頭部分から出題する。
๑. บนเส้นทางการทำงานในแต่ละวัน มีหลากหลายเหตุการณ์ที่เข้ามากระทบใจของเรา บางเหตุการณ์อาจนำมาซึ่งรอยยิ้มได้
๒. ในขณะเดียวกันก็มีอีกไม่น้อยที่คอยบั่นทอนจิตใจ ทำให้หลายครั้งหลายคราวเราอาจรู้สึกอ่อนล้า ล่าถอยไปในประสิทธิภาพของการทำงาน และสูญเสียกำลังใจที่จะก้าวเดินต่อไปยังหลักชัยที่ตั้งไว้
๓. เหตุการณ์ที่เข้ามากระทบใจในการทำงานนั้น อาจมีทั้งประเด็นปลีกย่อยเล็กน้อยหากแต่ทรงอานุภาพในการรบกวนจิตใจ
๔. เช่น การต้องฝ่าการจราจรติดขัดไปยังสถานที่ทำงาน ความไม่สะดวกของสภาพแวดล้อมในการทำงาน หรือประเด็นหลัก ๆ ที่ทำให้เราเกิดความสงสัยต้องถามไถ่เชิงลึกกับตัวเอง
๕. ไม่ว่าจะเป็นว่าเรามีคุณค่าเพียงพอคู่ควรกับหน้าที่ความรับผิดชอบที่ได้รับมอบหมายหรือไม่ภายหลังจากที่ได้รับคำตำหนิจากหัวหน้างาน เราเก่งและแกร่งพอหรือไม่เมื่อได้รับมอบหมายงานที่ยากท้าทาย หรือจะลดความขัดแย้งอย่างไรกับเพื่อนร่วมงานที่ไม่ถูกใจ
昨日、茶道教室に参加した。床の間の軸は「百花為誰開」。この禅語の意味を茶道講師が教えてくださった。「花は誰かのために咲くのではなくて、人知れず咲いて、そして散って行くのです」
帰宅後、ネットでもう少し調べてみた。この禅語の真意は、「花は評価や感謝を期待せず、ただ自身の生命のままに無心で咲いています」、そして、禅の教えとしては、「好き嫌いや損得、執着などの<はからい=作為的な心>を捨て、目の前のことに打ち込むことの大切さを表しています」と説明してあった。
茶道は総合芸術だと言われている。高齢になって習い始めたのではあまりにも遅すぎた。だが、軸に墨書された禅語を学ぶことだけでも勉強。「無心」という禅語はあまりにも有名だが、今はの際に、「無」や「心」の漢字からも解放されるのが理想なり。
昨日(2月28日)、「アジア女性のための生け花教室」を実施した。中級レベルの生徒達に課せられた花材は、黄色い可憐な花をつけた檀紅梅と淡いピンクのストック。一方、上級者が生けた花は、紐状の黄色い花弁を有するマンサクと椿。
華道講師がマンサクの名称の由来を教えてくださった。「春を迎えるにあたって一番早く咲く花です。<先ず咲く>からマンサクになりました。万作という漢字を当てはめれば、何でも出来るイメージになりますね。豊年満作だとなおさらおめでたい」
上級者はマンサクの難しい枝ぶりと椿を見事に組み合わせて、個性豊かな作品を生け上げた。椿の漢字は「木+春」。これまた春をしっかりと主張。因みにマンサクの花言葉を調べてみると、「ひらめき」であった。今日から3月。春めく中、頭を大いに活性化させよう!
1.「サルは木から落ちてもサルだが、代議士は選挙に落ちたらただの人だ」
2.これは戦後日本の保守合同に尽力した自民党の元副総裁であった人の言葉だそうだ。
3.落選議員は次回の選挙に備えて、果たしてどのくらい忍耐力が保てるか否か?
4.食料品の無料配布に並ぶ高齢者が増えて来たというニュースはとても気になる。
5.一方、裕福な老人は我が世の春を謳歌している。人生いろいろだ。
昨日、大学時代の友人を介して彼女が所属する女子会のメンバーとお会いする機会が有った。彼女達は月に1回、元ジャーナリスト(寡夫)の家でおしゃべりをしているそうだ。その家が私の住んでいるところから歩いてたったの5分。そのうち、私も仲間に入れてくれそうな気配であった。
友人が私のことを、「四国出身で、いまだに現役」と紹介した。すると、ツアコンをやっていたという一人の女性(80歳代)がすかさず言った。「私、八十八ヵ所めぐりしたわよ」。それに対して、「八十八ヵ所、行ったことがありません。お接待する側ですから」と私は応じた。
元ツアコンさんは、「あら、一度もお接待されたことがないわ。私は板前さんがいる旅館しかとまらないから」と続けた。それを聞いて、私は心の中で思った。お接待とは求めるものではない。する側とされる側の微妙な呼吸の中にふわふわっと感じ取れるもの、それがお接待。
先日、ほんの10分ばかりタイ語の短文をタイ人講師に読んでもらい、生徒達に書き取り(dictation)をさせた。「ดื่ม(飲む)」を「เดิม(元の)」と書いた人が多くいた。文意を考えながら書くと決して間違うはずがないと思うのだが…..。
だが、待てよ。それだけタイ語の母音や声調が日本人には難しく、明瞭に区別できていないということだ。対面授業で正しい発音を叩き込んで行くしかない。訓練は何も体育系だけとは限らない。語学も訓練、訓練。
練習問題: ๑. ไกล/ใกล้ ๒. ข้าว/ข่าว ๓. คน/คง ๔. จีน/จริง ๕. ชาย/ฉาย ๖. ทอน/ทอง ๗. ต้อง/ท่อง ๘. ไป/ไพ่ ๙. บันทึก/บรรทุก ๑๐. ผัด/ผัก ๑๑. โมง/มอง ๑๒. เรียน/เลี้ยง ๑๓. สู้/ซื้อ ๑๔. อก/ออก
1.のんびりする 2.はらはらする
3.肌がひりひりする 4.ふかふかの絨毯
5.辟易する 6.包装する
7.放送する 8.水疱瘡にかかる
9.まずまずの成績 10.見かけによらず
11.むっつりする 12.面食い