พรหมลิขิต

昨日、旧知のタイ女性とお会いした。「娘は結婚しそうもありません。してもしなくてもいいです。縁だから」と彼女が言ったので、「そうですよ。結婚は御縁だから。ところでこの場合の御縁はタイ語で何と言いますか?」と私。「พรหมลิขิต」とすぐに彼女は答えた。

『タイ語辞典』(冨田竹二郎編纂)でこの単語を調べると、「宿命(生まれて6日目に大梵天王が赤児の額に線で書きつけると信じられている)」、とか、「梵天が書いた運命」と書いてあった。何だか悲観的な感じがただよう。だが、日本人が日頃使う「御縁」には「もしも機会に恵まれれば…..」というプラス志向がある。タイ人と日本人の感じ方が異なることを思えば、単語の訳し方も自由であってよい。

今日のタイ語作文

1.私にとって、山暮らしも島暮らしも無理です。

2.駅から近くて、いろいろな店がある街中が住みやすいです。

3.クリニックや美容院が歩行圏内にあるのも便利です。

4.願わくば、美味しいレストランがあるのも理想です。

5.いずれにせよ、どこに住もうとも、肝心なことは知恵を使って楽しく生きることです。

タイのトラック運転手

生徒さんから、「NHKの<ワールド トラック ロード ~タイ編>は面白いですよ。それに知っている単語が聞き取れて嬉しかったです」という報告を受けていた。昨日の午後、たまたま再放送していたので私も見た。チャイナート県からチェンラーイ県のメーサーイまで片道3日をかけてセメント(注:ミャンマーに売却)を運ぶトラック運転手の話であった。復路はランパーン県で鉱物資源を積載することになっていた。

中央タイから北タイの北端までの道路と周囲の田園風景がすばらしかった。帰路、運転手はラオス人の奥さんと子供に会うため、チェンコーンからラオス入りをするが、途中、黄金の三角地帯も寄ってくれた。雄大な景色だ。経済的開発はやめてほしい。運転手は子供に高い学歴をつけさせるために頑張って働いているという。時代は経ても、いつの世も、そして、いずこの国の親も同じく子供一筋なのだ…..。

อยู่ดีมีสุข

昨日、高校生にタイ文字を教えていると、テキストの中に、「อยู่ดีมัสุข」という表現が出て来た。「อยู่ดีกินดี」と類似したもので、これらをタイ人は好んで使う。いずれも韻を踏んでおり発音しやすい。「อยู่ดี」は「安穏に暮らす」という意味であり、「贅沢な暮らし」ではない。「มีสุข」は「幸せである」。

日頃の暮らしに慣れきってしまうと幸福度がわからない。基本的なタイ語の動詞に置き換えて、あらためて自分がいかに幸せであるかを考えてみよう。๑. กินดีมึสุข   ๒. นอนดีมีสุข   ๓. ทำดีมีสุข   ๔. ทำงานดีมีสุข   ๕. เรียนดีมีสุข   ๖. สอนดีมีสุข  ๗. พูดดีมีสุข  ๘. จำดีมีสุข  ๙. ขายดีมึสุข  余談だが、これらの動詞は声調はあるものも含まれているが、いずれも声調記号はついていない。

今日の翻訳

『เด็กชายมะลิวัลย์』(ประภัสสร เสวิกุล  สำนักพิมพ์ดอกหญ้า พ.ศ.๒๕๓๐) の中の「ครัวคนยาก」から出題する。

1.ผมจ่ายตลาดเป็นตั้งแต่อายุ ๕, ๖ ขวบ  เริ่มด้วยการซื้อเครื่องแกงสดหนึ่งสลึง ขอแถมพริกชี้ฟ้าแดง หรือต้นหอมสิบสตางค์ ขอพักชี ๒ ต้น…..

2.รอบๆบ้านเรามีตลาดอยู่หลายแห่ง  ทั้งตลาดที่เป็นตึกแถวขายของชำอย่างตลาดเสาชิงช้า…..

3.ตลาดเช้าอย่างตรอกหม้อซึ่งแม่ค้าปูใบตองกองผักหญ้าแบกะดินสองฟากเหลือทางเดินแคบๆ ตรงกลาง  พอตะแคงตัวเบียดกันได้…..

4.ตลาดตรอกหม้อสมัยนั้นมีของที่อร่อยมากคือหมูตั้ง ทำจากหัวหมูเคี่ยวจนเป็นวุ้นแล้วทิ้งไว้ให้เย็น ซึ่งนานๆ แม่จะมีเงินซื้อให้เรากินสักครั้ง

5.นอกจากหมูตั้งแล้ว สิ่งที่ขึ้นชื่อลือชาของตรอกหม้อได้แก่โจ๊กซึ่งต้มกับน้ำต้มกระดูกหมูจนเขละ

バンコクの日系幼稚園

来年、ご家族でタイへ行かれる方からお子様達の学校や幼稚園についての質問が有った。その方はすでにネットで検索済だから最新情報はご存知だが、別の角度からの意見を求めたいのであろう。インターの授業料があまりにも高額なのも懸念材料である。幼稚園の場合は、お住まいから近いところが通いやすくていいと思う。

昔、赴任前の駐在員の奥様に家まで行ってタイ語を教えたことがある。息子さん(3歳)がいつも隣りに座っていた。聞くところによると、バンコクに着いた翌日には隣りのタイ人の子供とタイ語で喧嘩したそうだ。その坊やは単に相手の言葉をおうむ返しに言ったにすぎない。だがタイ語の音に少々慣れていたからすぐに発音ができた。

白衣の薬剤師

以前、薬とは関係ない生活を送っていたが、高齢になるとともに飲んでいたほうがいいかなあと思い、医師の処方箋をもらっては調剤薬局へ行くことが多くなった。白衣を着た薬剤師さんの口調がきびきびしており魅力的だ。その仕事が好きで薬剤師になったわけだから、薬名を覚えることなど朝飯前なのであろう。

薬剤師というタイ語は、เภสัช (医薬)+  กร(人)=  เภสัชกร。読み方は、一字再読により、「ペーサッチャゴーン」。ついでにเภสัชを使った合成語を列挙する。1)เภสัชศาสตร์  2)เภสัชกิจ  3) เภสัชเคมี  4) เภสัชเวท

今日のタイ語作文

1.自由会話をしなさいと言われても、何を話してよいかわからない。

2.英語を話す人は身振り手振りがめだつ。

3.だが、タイ語を話してもジェスチャーがともなわない。

4.タイ語はおだやかな言語である。

5.自己主張が強い欧米人が話す英語とは大いに異なる。

猛暑日と中国語

昨日の東京は今年初めての猛暑日。東京スカイツリーを遠くから見ると、ツリーの上半分が熱気と湿気で霞んで見えた。仕事を終えた後、教室近くのマッサージ店へ行った。そこは経営者が中国人だから中国人留学生には破格の値段で施術を行っている。腕のいい日本人施術者もいるから日本人客も多い。次第に予約が取りにくくなって来ている。

昨日は中国女性の施術者と中国人客がものすごい勢いで会話をしまくりであった。私の頭の近くでやられたものだから、「うるさい!」と中国語で叫びたかった。だが、そこはぐっと我慢。中国語教室だと思えばよいと自分を納得させた。いずれにせよ、高田馬場は中国語の街になってしまった。おとなしく黙っているだけではすまされなくなった感がある。

語学に強い生徒

25年ぶりに復帰して来られた生徒さんは、彼の話によると泰日文化倶楽部に入会してからすぐに転勤になったので通い続けることがかなわなかったと言った。従って教室でタイ語をきちんと勉強したとは言えないが、タイへは旅行しておられたようだから、タイ語の声調に狂いはなかった。そして語彙力も有った。

教えているうちに彼の語学センスがどこから来ているものかと興味を覚え、「何か他の外国語はできますか?」と尋ねると、「大学でポルトガル語を専攻しました。スペイン語もできます」と彼は答えた。なるほど、語学の勉強の仕方を心得ておられる方であった。彼なら今すぐにタイへ赴任されてもタイ語を聞く力も話す力もすぐに開花すると太鼓判を押したい。