今日の宿題

今日は連休の3日目。そろそろ飽きてきた方もおられるのでは? それでは、タイ語で作文を書いてみよう。

(1)昨日の正午、駅前のバス停には長い列があった。
(2)並んでいる人達はドレスアップして結婚式に行く女性達ばかりであった。
(3)タクシーで相乗りして行けばいいのにと私が助言したところ、そのタクシーが全く来ないと彼女達は言った。
(4)彼女達が行く結婚式場は都内でも有名なところだ。
(5)私の場合、結婚式への参列は数限りなく有るので、もうそろそろ卒業したい。
(6)結婚式の御祝儀の代わりに、香典を貯めておく必要があるからである。

百歳以上

明日は「敬老の日」。最近、発表されたデータによると、百歳以上が、71,238人で、内訳は男=8,463人、女性=62,775人だそうだ。女性が88%を占めているとのこと。
 華道講師のお母様(横須賀在住)が102歳であられる。一度も骨折をしたことが無いし、大病もされたことがないそうだ。もちろん、認知症でもない。一度、直接お目にかかって、長寿の方法をおたずねしたいものだ。
 月に一回、生け花を習いに来られる女性(77歳)のお母様も、101歳でご健在とのこと。お住まいは富士山が見える山梨県の猿橋。空気がきれいなところで花づくりをしてこられたのがよかったのかもしれない。
 70歳を過ぎると、ストレスとさよならするに限る。ストレスはいけない。新しいことに挑戦するよりも、これまでの蓄積を上手に再活用するとラクだし、新たなる前進がみつかるであろう。

会津若松在住の方の不満

 昨日、会津若松在住の方と電話で話す機会が有った。その方は元生徒のお父様だ。毎年、秋の味覚を送ってくださるので、その御礼の電話をしたわけだ。
 「紅葉の季節に会津若松に遊びにいらしてください」と言われると、つい、その気になりそう…..。
 最近の会津若松の様子を尋ねると、外国人観光客が増えているとのこと。だが、彼の声は沈んでいた。
 「マナーが悪くて、いやですよ」
 それを聞いて、「ああ、何処も同じだ」と思った。
 先月、浜松へ行ったが、タクシーの運転手さんの口調も重かった。「他所からもう来てくれんでもええ」という感じ。
 我が故郷である丸亀のタクシーの運転手さんに「景気はどうですか?」と尋ねると、「お客さん、いっぱいですよ」と明るく答えた。世界一のタンカーを造っていること、そして、高齢者の病院への送迎で、タクシーが足りないようだ。

オレンジ色のバラの花束

 昨日は木曜日(วันพฤหัสบดี)であった。木曜日の色はオレンジ色(สีส้ม)。したがって、ピカピカ先生のお母様から送信されて来た<木曜日のメッセージ>は、オレンジ色のバラの花束と、次なるタイ語であった。

ขอให้สมหวัง … ดั่งใจคิด
ขอให้ชีวิต … มีแต่ความสุข

 これをタイ語を習い始めたばかりのM子さんに転送したところ、タイ人の彼が片言の日本語で訳してくれたそうだ。そして、「ヨーイアム」と言ったとのこと。このカタカナをタイ語になおすと、「ยอดเยี่ยม」。最高、とか、すばらしい、という意味である。
災害や事故のニュースを聞くたびに、普通に暮らせる幸福(ความสุข)こそ、大切である(มีความสำคัญ)ことが痛感される。 

弁当の話を3話

(1) 昨日、個人レッスンに見えたM子さんと話していると、彼女がアルバイトをしているタイ料理店では弁当を作って¥500で売っていることがわかった。毎日、彼女は180食をつくるとのこと。ほとんど完売!
(2) 「タイ語中級 水曜日18:30」のクラスに出講された指輪先生から、<クマのプーさん>の模様が入った弁当の写真を見せてもらった。指輪先生のことはよくブログに書くが、とにかく愛嬌が有り、授業がとても楽しいのである。最近はキャラ弁つくりで一人の時間を有意義に過ごしておられるようだ。
 (3)昨晩、久々にD氏からラインが有った。「子供達の運動会が終わりました」と書かれ、3人のお子さん達の写真と弁当の写真が送信されて来た。今年4月末に奥様が天国へ行かれた後、彼はせっせと弁当をつくっているようだ。時には、オムライスの弁当の上に、ケチャップで「ガンバ」と書く。すると、子供達もそれに応えて学校へ行く。「お父さんの愛情がびんびん伝わってきますよ」と、私は返事した。

探しても見つからない

昨日、「タイ語初級 火曜日13:00」のクラスで、<変型不可能表現>の例題がいろいろと出て来た。

1) ฟังไม่ทัน 聴く + 間に合わない → 聴き取れない
2) ได้ยินไม่ชัด 聞く + 明瞭でない → はっきり聞こえない
3) คิดไม่ออก 考える+出ない→考えても(アイディア)が浮かばない
4) ขายไม่ออก 売る + 出ない → 売れ残る
5) นอนไม่หลับ 横たわる + 瞼がとじない → 眠れない
6) กินไม่ลง食べる + 下りない → 喉を通らない
7) หาไม่พบ探す+見つからない → 探しても見つからない

 タイ語を勉強する生徒達は、打消しである<ไม่>を先に使ってしまうが、タイ語は<先行動詞+ไม่+後行動詞>である。要は、後から出て来る動詞の前に<ไม่>をつけることをお忘れなく。

幸水・豊水

昨晩、福島県から梨が届いた。幸水と豊水の二種類が入っていた。
 早速、送り主である元教え子のご夫妻に御礼の電話を入れた。そして近況を尋ねた。
「もう51歳ですよ」とK氏。A子さんは「来月50歳になります。先生の誕生日の一日前にね」
 それを聞いて、二人にタイ語を教えたのがもう30年も前になるんだなあと、感慨深いものがあった。
 二人は大学卒業後、プノンペンへ行って、カンボジアの子供達に教育指導をしていた。帰国後、A子さんの実家がある福島に定住することになったので、アジアとは縁が切れた。しかし、二人は心底から東南アジアが好きである。
 いずれにせよ、幸水と豊水を毎年のように送って来てくださり、二人のご家庭が幸福と豊かさに満ち満ちていることが伝わってきた。

短文のタイ語

私には内外からの客人が多い。引退して田舎で隠遁生活を送らない限り、客人の接待には終わりがない。しかし、これがまた楽しいのである。
 泰日文化倶楽部の元タイ人講師から神奈川県の大学に留学中の息子さんのことでラインが入って来た。ラインだから短文だ。用件だけを手っ取り早く伝える。次の文章を訳してみよう。何かの時の参考になればいいと思う。
(1)ลูกอยากขอไปค้างที่อพาร์ทเมนต์อาจารย์คืนพรุ่งนี้หนึ่งคืนได้ไหมคะ
(2)ขอบคุณอาจารย์มากค่ะ ฉันให้เบอร์โทรอาจารย์ไปกับลูก เขากำลังโทรหาค่ะ
(3)ขอบคุณอาจารย์มากค่ะที่ดูแลและเลี้ยงข้าวลูกวันนี้
(4)ขอบคุณอาจารย์มากๆค่ะ ลูกห่วงจักรยานหายเลย ไม่อยากไปพักที่โรงแรมค่ะ

書道の点数

20数年前に郷里の家を解体した時、ほとんどの荷物を諦めた。何故ならば、東京に持って来ても置く所が無かったからである。持って来たのはわずかに段ボール1個だけ。しかしながら、それを押し入れの中にしまったまま、一度も開けずにいた。
 昨日、ひょんなことから開けてみると、父親の愛読書、兄達や私が父に送った手紙、私の小学校1年の算数の教科書、そして、私の中学2年の時に書いた書道の添削が出て来た。
 半紙には蕪村、芭蕉、子規の俳句や、白居易(白楽天)の漢詩が書かれており、点数はすべて82点か83点。それ以上でも、それ以下でもなかった。私はこのようなものを書いた覚えが全く無いので、おそらく書道は中学2年でやめてしまったのであろう。そして中学3年からは高校受験に専念したためか。
 もう少し継続していれば、90点が採れて、大人になってからでも字に自信がついたであろうに…..。残念ながらやめてしまったから、今や40点だ。今日の教訓=なにごとも継続が肝心なり。

タイ語を書きまくろう!

「タイ語初級 火曜日13:00」のクラスの生徒さん2名が、教科書に出て来る単語と文章を自宅でノートに丸写しをして、毎週、私にチェックを求めてくる。したがって、私は赤いボールペンを忘れて教室に行くことはできない。
 このようなチェックが始まってかれこれ10ヶ月になるが、毎回、彼女たちが書き間違えてくるので、赤ボールペンの出番である。
 教師というものは、チェックすることに快感を覚える。「ほら、また間違えている」、「あら、まだ覚えないの」と、チクリチクリ、言うのが好きなのだ。
 タイ語であれ、何語であれ、文字を覚えるには、書いて書きまくらなければならない。書いているうちに、指先が覚え、脳に通報してくれる。「書き間違いだよ」
 1個の単語を書けば、それに関連した単語をあと9語、書こう。文型練習に出てくる代用文を10文、必ず書けば、短文も得意になる。