会話と対話

『なつかしい時間』(長田弘 岩波新書 2013年)の中に、「会話と対話」という章がある。その中で、「会話と対話はおなじように見える言葉だが、一見おなじように見えて、意味の方向はむしろ逆を向いている」と書いている。非常に示唆に富んだ指摘である。

コロナ禍に於いて、我々は会話すらしない。沈黙を強いられている状況に追いやられている。昨日、小学3年生がYouTubeに夢中になっているのを見て、複雑な気持ちになった。映像の中の人とだけつながっている。

長田氏は、「英会話とは言うが、英対話とは言わない」と書いている。タイ語の場合、「タイ会話」と言う言葉すら聞いたことがない。ましてや「タイ対話」をや。願わくば、タイ語で会話ができるだけに甘んじることなく、タイ語でタイ人と対話ができる日を目指そう!