腕時計の針の動きがおかしい。よく止まるようになった。おそらく電池切れに違いないと思い、40年来、利用している目白駅近くの時計屋へ行った。
そこは、店の右側がせんべい屋、左側が時計屋というしつらえになっている。7年位前までは、時計職人を雇っていたが、その職人が病気の奥さんの世話をしなければならなくなって辞めた後は、せんべい屋の亭主が時計を直し始めた。その亭主こそが、実は時計屋のオーナーであった。
ところが、昨日は、その亭主がいなかった。代わりに応対した中年男性に、私はすかさず尋ねた。「おじさんは?」
「おじさんはいなくなりました。おじさん=私の父でしたが…..。去年9月、亡くなりました」
それから以後、彼が時計の電池を換えながら、たくさんの顧客に励まされて、彼が時計を修理することになった経緯を話してくれた。経験はなかったが、恐る恐るやっているうちに何とか修理が出来るようになってきたそうだ。やはり父親の仕事を見て、彼の頭の中にちゃんとインプットされていたわけだ。
彼は54歳。安い値段を提示してきたが、私は彼の真摯な仕事ぶりに感激し、通常のお金を支払った。彼が立派な職人であることを認めるために。