木目込み人形師

昨日の午後、高田馬場駅から西に向かって早稲田通りを散歩した。小滝橋まで行って引き返したが、途中、閉店したとばかり思っていた毛糸屋がいつもながらに店を開けていた。中に入ってみたところ、おばさんではなくて、おじさんが店番をしていた。前回もそこでレース編みのベストを買ったことがあるので、今回も何か買おうと思った。
 店主は不愛想に言った。「うちは新しい糸の宣伝をするために作品を展示していますから、編んだものを売る目的で飾っているわけではありません」
 しかし、2坪ほどの狭いところで御商売を持続させるということは、並大抵の精神力が無いとそうは続くはずがない。店内を見渡すと、毛糸が半分を占めていたが、あと半分は木目込み人形の原型がたくさん置かれていた。
 「木目込み人形ですか。素敵ですね。お作りになられるのですか」と私が尋ねると、店主はさきほどとはうって変わって、ものすごく乗ってきた。そして、ある一つの人形を箱から大事そうに出してきた。
 「この着物の布はどうしても使ってくださいと頼まれたものです」と言いながら、人形の顔を覆っていた紙をとると、初老の女性が現れた。小太りの人形だったので、まるで私かと思った。
 俳優になってもいいくらいの風貌を持った店主は木目込み人形師であった。仕事に対する愛着が彼から感じ取れた。