手の技(ฝีมือ)というタイ語

 昨日、「タイ語中級 金曜日19:00」のクラスで復習をした。かなり前に習った箇所は忘れているのが凡人。凡人は凡人として、常に復習が必要なり。
 『タイ語中級』のテキストの中には、生活に必要な単語や文型が盛り沢山に仕組まれている。それらを全部覚えていれば、タイ人を相手に、かなりの意思疎通ができるはず。とにかく単語は、早く、たくさん、覚えるに限る。
 <手の技 ฝีมือ>という単語が文型練習の中に出ている。生徒の一人が 「ฝี fii(上声)って、おできという意味じゃありませんか?」と言った。そこで、私は答えた。
 「そうです。おできです。しかし、その後ろに มือ(手)をくっつけると、新しい意味として、<手の技>という意味になります。精密機械を使ってつくるのではなくて、古来からの手法で製品を編み出して行く<匠の技>を指します。手にこぶ(おでき)ができるまで頑張れば、いい作品ができるというわけです。語学を学ぶ人は、耳や口におできができるまで頑張りましょう!」

自然体のタイ人観光客

 親戚を案内して観光地をまわること5日間。その間にタイ人観光客とたくさんすれ違った。鎌倉の大仏近くの通りでは、「おいしいはずよ น่าจะอร่อย」と言っているのが聞こえてきた。ランチの話をしているようであった。
 昨日は東京駅前の丸ビルへ行ったが、そこの1階の広場で小さな物産展が行われていた。タイ語が聞こえてきたので近くまで行ってみると、タイ人カップルがいちごを味見しているところであった。
 私はすかさず話しかけた。「甘い? หวานไหมคะ」 女性が答えた。「甘いけど、酸っぱい หวานแต่เปรี้ยว」
 我々の会話はそれだけ。しかし、ものすごく気持ちが通じた気がする。何故ならば、タイ人カップルはその場になじんでおり、まるで日本人みたいであったからだ。違うのは、タイ語を話すだけ。
 いずれにせよ、自然体で日本を観光するタイ人が多くなった。みんな、何度も日本を訪れているリピーターなのであろう。

昨日の初級クラスの授業

 「タイ語初級 水曜日19:30」の授業は、昨夜、2つの文型を勉強した。
 1)仮定法+比較級の併用文型: 例)そうであれば、タイ語の勉強をしたほうがいい。
 私は、この文章を引き出す前文を示した。「タイで仕事がしたい อยากทำงานที่เมืองไทย」、と。そして、生徒達に「そうであればタイ語を勉強したほうがいい。ถ้ายังนั้น เรียนภาษาไทยดีกว่า」、と続けさせた。
 2)部分否定(それほどでもない ไม่….เท่าไร):例)あまり良くない(ไม่ดีเท่าไร)。
 入門コースでは、「良くない ไม่ดี」、そして、「全く良くない(全面否定)ไม่ดีเลย」を教えたが、会話の中では、部分否定(それほど良くない」も使われる。
 私は生徒達に助言した。「部分否定を使うと、おだやかな感じが相手に伝わりますから、大いに使ってみてください」
 (お知らせ:この「タイ語初級 水曜日19:30」のクラスは、4月からは「火曜日19:15」開講となります。)

桜満開

 桜が満開だ。当然、教室でもその話題が多い。タイ人講師が白板にタイ語で書いた。
 ดอกซากุระบานเต็มต้น
最後の2語は、เต็ม(満)+ ต้น(木)であるが、生徒達にはこの発音が難しくて、タイ人講師から何回も矯正されていた。矯正される理由は、<ต เต่า 亀>の発音が、無気音ではなくて、空気がもれる有気音になっているからである。
 タイ語を習う人は、どうかお願いだから、<ต เต่า>の発音を完璧にマスターしてほしい。
 だが、必ずしも発音ができないわけでもない。タイ(ไทย)という単語を発音する時は、ตาย(死ぬ)になったり、ไต(腎臓)になったりして、<死んだ国>とか、<腎臓料理>と言っている。
 有気音(th)と、無気音(t)の違いを聞き分けて、正しい発音をするように心がけよう。
 

90歳の感動

 郷里から従兄と彼の娘が上京して来ているので、連日、観光案内をしている。従兄は90歳。杖も使わず、すたすたと歩く。一番見たいところは鎌倉の大仏様。90歳になるまで一度も行ったことがないそうだ。亡妻は行ったことがあるとのこと。それが悔しくて、自分も絶対に行き、これまでのリベンジを果たしたくてたまらなかったということを聞かされた時には、彼に目標が有ってよかったと思った。
 前置きはさておき、昨日、彼らを鎌倉の大仏、長谷観音、そして、鶴岡八幡宮に案内した。従兄は、大仏の胎内に入り、阿弥陀如来坐像(1252年から10年前後の歳月をかけて造立されたとみられる)の鋳造技術にいたく感動したと言った。「写真でだけしか見たことがなかった大仏がこんなに迫力が有るとは! やはり本物を見る必要有り」と感想を述べた。
 私は90歳で感動する従兄を見て、その姿に感動した。

「タイ語入門」新規開講

もうすぐ4月。新学期はわくわくする。新たなる気持ちで勉強したい。
 泰日文化倶楽部では、4月5日より、「タイ語入門 木曜日11:00」を新規開講することにした。この時間帯は主婦が対象になる。だが、最近は、シフト制で働いている人達も多いから、男性でも通って来られることが判明。
 昨日、お申込みいただいた男性は、短期間にたくさん勉強して、将来的にはタイで働きたいとのこと。電話の向こうから熱意が感じ取れた。
 語学が出来ると楽しい。そして、生活に活気をもたらすこと、間違いなし。タイへ行くならやはりタイ語を勉強したほうがいいに決まっている。

中国人老師と4時間の談笑

 昨日、2003年頃に開講していた中国語クラスの中国人老師と生徒三名、計四名が中華料理店の大きな円卓で4時間、談笑した。老師とは13年ぶりの再会であった。
 老師は日本人の御主人について上海へ5年間行っておられたのでその時の生活を、そして、故郷である北京の今昔、さらには、現在のお仕事を縷々として話して聞かせてくださった。
 私達生徒は、ああ、上海へ行きたい、北京へ行きたい、という気持ちになった。そして、中国語の学習もさることながら、中国に関する文化や歴史の勉強の必要性を反省。
 いずれにせよ、四名が4時間もよく喋ったものだ。喋ると脳も体も活性化される。みんな、目を輝かせながら家路についた。

吸殻拾いのおじいさん

 最近、バス停近くで吸殻拾いをするおじいさんを見かけた。「すばらしいですね」と、私はおじいさんの行為を素直に褒めた。それに対して、おじいさんも素直に応じてくださった。
 「失礼ですが、何歳でいらっしゃいますか? いつ頃から吸殻を拾い始めたのですか?」と尋ねると、「84歳です。4年前から始めました。週に3~4日、やってます」と、はっきりとした声が返ってきた。
 彼は80歳になった時、自分に任務を課したわけだ。任務は何でもいいが、「道をきれいにしよう!」と自分に言い聞かせたのであろう。
 通りすがりの私が声をかけて、さらに、褒めてあげたのが非常に嬉しかったと見えて、次に会った時、私のことを覚えていてくださった。体格のいい彼。あと10年は街の美化に尽力できそうだ。

タイ語の求人

 昨日、元生徒さんから電話が有った。「30歳までの方で、タイ語ができる人を紹介していただけませんか?」
 私は率直に答えた。「30歳までの方ですか? あまりいらっしゃらないような気がいたします。それに、たとえいたとしても、タイ語を学んでいる生徒さん達は自由が好き。マイペースですからね….」
 よくよく考えてみると、すでに人口減少が始まっているわけだから、これから先の労働バランスはますます難しくなる。現在はIT関連に行く人が多いが、仕事はほかにも有る。人が来ない職種もたくさん出てきそうだ。
 タイ語で仕事をするには相当のタイ語力が必要。大学でタイ語を専攻した方達が、もう一度、本気になってタイ語を勉強し直してほしい。就職となると、年齢制限が発生するので、何でも早ければ早いほどよい。

伊能忠敬(1745-1818)

先月、所用で郷里の丸亀に帰った折り、町歩きをしていると、明治時代の建物のところで足が止まった。かつて「本陣」が在った場所だ。土佐藩主である山内容堂や明治天皇の従者が利用したことが書かれていたが、伊能忠敬の名前も有った。
 伊能忠敬と言えば日本を測量し、『大日本沿海輿地全図』という地図の作成に携わったことであまりにも有名だ。しかし最近のとらえ方は、彼が50歳で隠居し、自分の好きなことを死ぬまでやったということで、大いに参考にすべしということだ。
 調べてみると、彼が四国を測量したのは、1808年から1809年に実施された「第六次測量」の時であった。丸亀滞在は1808年9月下旬から10月上旬。10月1日には瀬戸内海の塩飽諸島で日食を観測している。
 今年は没後200年の記念の年だ。1800年から1816年の17年間に彼が歩いた足跡は、点となり線となって、今でも追跡できる。