讃岐うどん vs グリーンカレー

 日本の会社が作って売り出しているグリーンカレーのレトルトを、生徒さんから頂いた。彼は言った。「食べた感想を必ず聞かせてください」
 プレッシャーをかけられたので、そのプレッシャーを早く吹き飛ばしたいと思い、帰宅後、すぐにそのレトルトを温めた。タイ料理にはタイ米が一番合うが、あいにく手元には無い。さらには、米を炊く気分にもならなかった。
 そこで、一考した。讃岐うどんを茹でて、その上にグリーンカレーをかけて食べてみよう、と。私の魂胆は、讃岐うどんがだし汁よりも、タイのグリーンカレーによって、より美味しくなるか否かに挑戦することであった。
 ところがである。レトルトのグリーンカレーは滅茶苦茶、辛かった。おお、辛….。鼻水を出しながらうどんをすするのは初めての経験だ。
 かくして、讃岐うどんの風味は完膚なきまでにうちのめされ、タイのグリーンカレーに完敗。
 グリーンカレーの製造会社に言いたい。ただ辛いだけがタイのカレーではない。風味というものも加味してくださいな。

国際色豊かな一日

 昨日は、午前中にフランス語を勉強した。フランス語講師はスペイン人だが、フランス人と結婚し、長くフランスに住んでおられたので、フランス語教授法を研究した女性である。その取得した教授法を駆使しながら、90分間にわたり楽しい授業を展開してくださるので、いつも感謝している。
 授業後、クラスメートのY子さんと、高田馬場駅前にある老舗のロシア料理店「ヤーチャイカ」へ行く。ボルシチで体をあたためながら、フランス語の授業の反省会を兼ねる。
 夕方からは、上智大学で、社会人向け公開講座センター主催による年度末恒例のパーティーに出席した。日頃は会えない諸外国語の講師達と談笑。私がいつも話すのは、韓国語講師、中国語講師、日本語講師、そして、とても明るいインドネシア語講師だ。
 そうそう、ポルトガル人のシスターと1年に1回、お会いするのもこのパーティーである。シスターとお話していると、ブラジル人のポルトガル語講師達が3人、寄って来た。そのうちの一人は、アジア・アフリカ語学院でお会いしたことのある日系ブラジル人であった。
 彼女は言った。「上智大学のポルトガル語学科を卒業した人達が、最近、夜のコミュニティー・カレッジに来ています。昔、習ったポルトガル語をブラッシュ・アップして、ワールド・サッカーや、東京オリンピックの時に、ポルトガル語を使う仕事で活躍したいそうですよ」

シンガポールから旧正月のカード

 シンガポール在住のY子さんから、今年もまた、旧正月を祝う真っ赤なカードとグッズが送られてきた。「1月31日は旧暦の元旦、春節です。本当のお正月はこれからです」とカードには書かれてあった。
 表紙の真っ赤な地に金色で大きく書かれた「福」の漢字がとても躍動的だ。見るからに演技がいい。そして、「吉祥如意 祝旺一年 歳歳百福 迎新春」と添書きがしてある。
 中国やベトナム、そして、シンガポールはこれからがにぎやかになる。そういえば、個人レッスンを受けている台湾青年も「しばらく台湾へ帰ります。台北に支社が有るので、正月が終わっても、そちらで働きますから、タイ語のレッスンは2月下旬からお願いします」というメールを送ってきた。
 それに引き換え、日本人は寒風の中、会社に出勤している。学生達は受験、大人達は税務申告の準備で、顔がこわばっている。熱い国に住む人達がうらやましい。ましてや、正月を迎えるとあっては、気分がウキウキであろう。我々日本人の正月は、ああ、はるか遠くへ去りにけり。

日常の活動性

 高齢者の仲間入りをすると、区役所からいろいろな書類が届く。高齢者福祉課介護予防係というところから「介護予防のための生活元気度チェック」というアンケート用紙が送付されてきた。①居住状況 ②日常の活動性 ③運動機能 ④栄養 ⑤お口の健康 ⑥閉じこもり ⑦もの忘れ ⑧うつ、等々の項目ごとに、さらに細かい質問があり、「はい」か、「いいえ」のいずれかに丸で囲みなさい、と書いてある。
 これだけの項目をちゃんと読んで、真面目に答えるには、相当に元気でなくてはならない。フーフー。
 「日常の活動性」の項目では、次なる質問がある。1.バスや電車で一人で外出していますか? 2.日用品の買物をしていますか? 3.預貯金の出し入れをしていますか? 4.友人の家を訪ねていますか? 5.家族や友人の相談にのっていますか?
 若い人達には、これらの質問を馬鹿馬鹿しく思うことであろう。だが、65歳以上になると、個人差はあるものの、ちょっと気になる質問として、無碍に無視するわけにもいかない。
 ところで、今日の話題はタイ語と全く関係ない。そこで、宿題を出すことにする。「日常の活動性」の5つの質問をタイ語に訳しなさい!

羅という織物

 東京国立博物館の平成館に於いては、「クリーブランド展」と併せて、「人間国宝展」も開催されている。会場内に入ると、人間国宝の創造的意匠はもちろんのこと、緻密さと緊迫感と情熱が感じ取られ、至極の芸術作品からは神々しさが放たれていた。 
 数々の作品の中から、「羅 ら、うすもの」という織物に心打たれた。何故ならば、「羅」という漢字は、森羅万象、とか、曼荼羅、そして、沙羅双樹という中で使われているので、非常に神秘的だからだ。さらには羅針盤という単語にも登場し、なんだか未知なる世界に導いてくれるような感じもして興味深い。
 展示されている「羅」は柿色であったが、一見、透明なビニール、あるいは、ナイロンや化繊にしか見えなかった。しかし、目を近づけてよく見ると、1ミリくらいの菱形模様が生地全体に織り込まれており、それはそれは見事であった。
 ネットで調べると、「羅」の織り方は4世紀に中国から伝来したとのこと。元々は、鳥を捕まえるための網のことを「羅」と言ったので、生地は網の目のようになっており、それが連続紋となって延々と織り込まれているそうだ。「羅」という意味は、実に深い。

琴棋書画図

 一昨日、東京国立博物館の平成館特別展示室で開催されている「クリーブランド美術館展」を観に行った。アメリカへ行った時、オハイオ州にあるクリーブランド美術館の前まで行ったが、丁度、修理中で閉館していたので、今回はどうしても観ておきたくなって出かけた。戦後処理としてやって来たGHQ所員の中に東洋美術担当者がいて、その彼の目利きによって蒐集された日本や中国の美術品がクリーブランド美術館にたくさん収蔵されていることを初めて知った。
 たくさんの展示品の中から、17世紀の江戸時代に描かれた「琴棋書画図」という作品に興味を覚えた。理由は、その絵が、「人間というものは、音楽、囲碁、書物、そして、絵画に親しむべし」、と喚起しているように思えてならなかったからである。
 私の場合はそのいずれにも縁が無い。楽器はからきし駄目。囲碁や将棋が面白いと言われても、一度もやったことが無い。読書といっても、まだまだ不十分。小さい時は絵画教室にも通ったりしたものだが....。
 外国語が好きなので、それで生活できてはいるものの、はてさて、外国語は上記4種の中のどの部類に入るのであろうか。「書」の部類に入れるのには無理がある。新たに「語」のジャンルを追加して、21世紀に描かれる絵には、辞書を片手に、口をパクパク開けて、外国人と語り合っているモチーフの絵画が後世に残されることを希望する。

韓国人ファミリーと8分間の会話

 昨日の朝、新宿駅で総武線上りホームに立っていると、大学生が3人連れの家族と英語で話していた。どことなくタイ人に見えたが、「ハナ、トゥル…」と言いながら駅の数を数え始めたので、韓国人であることが判明。大学生の説明はなかなからちがあかない。そこで、「どこへ行かれたいのですか?」と私は韓国語で訊いた。秋葉原だと言うので、四ッ谷までなら一緒に行けると思った私は、一緒に総武線に乗ってもらい、何駅目で降りればいいかを教えてあげた。
 Q.「休暇でいらしたのですか?」 A.「オフィシャルです」
 Q.「それじゃあ、公務員ですか?」 A.「どうして知ってるの? 地方公務員ですが」
 Q.「ソウル在住ですか?」 A.「いいえ、京畿道です」
 Q.「息子さん、東京ディズニーランドへ行かれましたか?」 A.「いいえ、まだです。今日は息子がコンダムを買うので秋葉原へ行きます」
 私は、ああ、ガンダムのことだと、すぐに思った。 父親は、韓国の映画スターを列挙しながら、好きかと訊いてきた。そうかと思うと、歌手のチョー・ヨンピルの名前を挙げた。
電車が四ツ谷に着いたので、私は降りた。「秋葉原はあと5つ目ですよ」と教えてあげた。たどたどしい韓国語とはいえ、喋ることに意義有り、と、自分を褒めた。

ラオスのシルク

 昨日、御成門にある日本アセアン・センターへ行った。「エージア・パニック」の店主から、「ラオス製品の展示会が有るので、一緒に行きましょう」と、誘われたからである。彼女の場合は、いいものが見つかれば、その場で仕入れをしたいという意気込みに満ち溢れていた。
 私はといえば、タイが好きな度合いを100とすると、ラオスに対する興味は5くらいしか無い。もうすでにタイ・シルクのスカーフを持ち過ぎているので、ただ見るだけにして、絶対に買わないつもりで展示場を見て回った。
 だが、その場に1時間半もいて、ラオスの人達からにっこり微笑まれると、だんだんラオスの雰囲気に惹き込まれていき、そのうちにラオス・シルクが私にささやき始めた。「ほら、わたし、素敵でしょ」、と。
結局、3枚のシルク・スカーフと、1枚の藍染スカーフを買うことになった。ラオス製品の色合いは確かにとても上品で魅力的だ。
 「エージア・パニック」の店主の話によると、ラオスでトップの店だそうである。したがって、絶対に値引きはしないということであったが、タイ語でガンガン頑張り、ついに値下げにこじつけた。ラオス人と私のタイ語の綱引き。それが一番、面白かった。

羽幌へ

 来月、札幌の雪まつりに合わせて教え子達の同期会が有るので、今から楽しみにしている。北海道には留萌近くの羽幌というところで働いている教え子もいる。彼の結婚式(15年前)以来、一度も会っていないので、羽幌まで足を延ばし、単身赴任中の彼を激励することにした。
 「先生、羽幌には電車が通っていません」と彼が言ったので、高速バスを予約した。札幌のバス・センターの予約係のおじさんの話し方がとてもおだやかで、温かみを感じさせる口調だったので、零下10~25度の北海道を体験するのが今からとても楽しみになった。
 ネットで羽幌線を調べてみると、1927年に一部開通し、1987年に国鉄最後の廃止路線であると書かれてあった。北海道JRの問題がたくさんニュースになって報じられているだけに、これまでの様々なる経緯が気になってきた。
 今回は時間の関係で羽幌には1泊しかしないが、春や夏も、そして、秋にも北海道へ行き、教え子達を激励しながら、北海道の自然を満喫したいと願っている。

密会

 昨日、韓国語クラスに参加した。授業は17時から19時までの2時間だが、私は最後の30分、いつも教室を抜け出している。理由は19時から始まるタイ語クラスのための教室準備をしたり、早く来ている生徒達からいろいろな要望を聞くためである。
 再び、韓国語クラスに戻ったところ、韓国語講師から、「密会していたのですか?」と訊かれた。「密会」は、ミルへ。ただし、実際の音は、ミレに聞こえる。
 そう言われて、ドキリとした。だが、私はすぐに応じた。「はい、おじさん達二人と」。きつい冗談には、阿保な答えで切り返すに限る。
 以前、教えて下さった韓国人女性講師から、「先生の家にはいつ招待してくれますか?」と訊かれたので、「ああ、いつか…..」と、日本人的に答えた。すると、会うたびに同じ質問が飛んでくるようになった。なかなか招待しなかったので、彼女はついに私に言った。「背信者 ペシンジャ」。そこで、私はあわてて彼女を自宅に招待する日を持った次第である。
 韓国人を少しでも理解できればと思って、韓国語クラスの末席に座っている。韓国人のきつい冗談に慣れるのにはまだまだ時間がかかりそうだ。