サロンパスのタイ語PR

寒い日が続いている。身も心もカチカチだ。幸いにも今日は「建国記念日」で祝日。少しのんびりしよう。日本版のネットニュースをググっていたら、サロンパスのタイ語PRが出て来た。あら、不思議。よって、それを書きとめた。

ซาลอนพาส // กล้ามเนื้อ เอ็น ข้อ ต่ออักเสบ // FEITAS แผ่นแปะบรรเทาอาการปวดและอักเสบ ผลิตจากญี่ปุ่น ออกฤทธิ์ต่อเนื่อง24ชั่วโมง

このPRの中には覚えておくと役に立つタイ語の動詞や名詞がたくさん含まれている。例:動詞=貼る/やわらげる/痛む/製造する/効く/続く  名詞=筋肉/腱/関節/炎症/シート状のもの/症状/時間、等。PRの文章、恐るべし。結構、勉強になる。

今日のタイ語作文

1.中近東で収穫されるデーツ(なつめやし)を買うと、包装の裏に次のように書いてあった。

2.「生命の樹」とも呼ばれ、一部の栄養価はプルーンよりも高く、果実の中でもトップクラスである。

3.「スーパーフード」とも呼ばれるデーツは栄養価が高いだけでなく、美容面でも嬉しい成分が入っている。

4. 味も美味しく、健康維持にもいい、まさに奇跡の果実です。

5. 甘いものは食べたい、でも砂糖は控えたい。そんな方にぴったりな罪悪感ゼロの自然なスイーツです。

枝垂れ梅

昨日、郷里の友人が蝋梅と枝垂れ梅の写真を送信して来た。彼女の広大な庭に黄色と桃色の花が寒風をものともせず咲いている。見事だ。毎年、オープンガーデンを主催する彼女。一年を通しての植木の世話についてよく知らせて来る。なるほど、植物達は彼女の努力にちゃんと応えているではないか。

枝垂れ桜というのは聞いたことがあるが、枝垂れ梅というのは珍しい。昔の人の花見は桜ではなくて梅であったと聞く。そういえば多くの和歌に梅が詠み込まれている。東京の花屋の店頭に盆栽の梅が売られているが、やはり大木の梅のほうが圧巻だ。

選挙が終わり自民党が圧勝した。高市総理は果たしてどう動き出すか。日本人は「実るほど頭を垂れる稲穂かな」ということわざが好きである。果たして彼女が上ばかりを見るか、それとも下も見るか……。今年中にはわかるであろう。

池袋のタイ屋台店

昨日の授業中、タイ人講師が窓のほうを見て、「หิมะตก 雪が降っている」と嬉しそうに言った。国費留学生の彼女にとっては2回目の冬だ。来日したばかりの最初の冬も、うっすらと雪を見たそうだ。最初、大学の寮に入った時、日本のエアコンがボタンひとつで暖房に切り替わることを知らず、寒い思いをしたという話を彼女から以前に聞かされたことがあるが、誰からも説明を受けなければ確かにわからなかったことであろう。

今日(2月8日)は雪が降るという天気予報だったので、昨日、期日前投票をするために池袋の東武デパートへ行った。1時間以上待たなければならないと聞いて、まずは腹ごしらえをしようと思い地下街を歩いた。すると美味しそうなメニューのタイ屋台店が目にとまった。だが尻込みした。あまりにも高かったからである。

店内は客で満員。3人のコックさんも生き生きと働いている。日本に定着したタイ料理は冬も関係ない。雪が降ろうがタイ料理。私は通路を隔てた向かい側の鮨屋に入ったが、鮨を食べながら、5m離れたタイ屋台店から聞こえて来るタイ人従業員達のタイ語に聞き入った。

今日の語彙

1. あわただしい様子    2. いじらしい子供

3. うっかりミス      4. 遠慮しがちな人

5. おとなしい犬      6. 甲斐甲斐しく介護する

7. きれやすい部下     8. 地面がぐらぐら揺れる

9. 喧々諤々(けんけんがくがく) 10.小賢しい同僚

11.さっぱりした食べ物  12. しどろもどろの答弁

ブルンジのコーヒー

さくらトラム(荒川線)鬼子母神駅そばのコーヒー豆焙煎店の店主が素敵な方だから、月一の割合で世界のコーヒーを買いに行く。直近では「ブルンジ ファンタジー ブジラ ブルボン」というコーヒーを挽いてもらった。ネーミングにつられたからである。

ブルンジとはブルンジ共和国。アフリカであることはわかるが、位置関係には自信がない。調べると、「東アフリカの内陸部にある国家。ルワンダ、コンゴ民主共和国、タンザニアと国境を接する」と書いてあった。公用語は、フランス語、ルンディ語、英語。

さらに調べると、「2024年 世界の貧困国ランキング ワースト30」の中の第一位であった。美味しいコーヒー豆を世界に提供しているのに最貧国のレッテルを貼られては可哀そうだ。東京で売られる値段は高い。それに引き換え、生産者や労働者に入るお金はきわめて少ない。中間搾取がべらぼう、ということだ。

つきづきしい

『90歳、男のひとり暮らし』(阿刀田高 新潮社 2025年9月)の中に、「つきづきしい」という単語が2回ほど出て来た。恥ずかしながらその意味がわからなかった。調べてみると、古語であった。「もっともらしい、相応しい、似つかわしい、好ましい、調和がとれている」というような意味で、漢字では「付き付きしい」と書くらしい。

ネットでは『枕草子』から例文を引いている。「いと寒きに 火など急ぎおこして 炭もて渡るも いとつきづきし」

90歳以上の方達、あるいは、古典に親しんだ教養ある方達には「つきづきしい」がよくわかり、普通に使いこなせるのであろう。だが、戦後生まれの者にとってはもはや死語に近い。言葉は生まれ変わる。新しい言葉にどうにかこうにかついていってはいるけれど、安っぽい造語はいただけない。たまには古典にもどり、言葉の余韻を楽しむこともあらまほしけり。

今日の翻訳

『กฎหมายค้าประเวณี』(สมพร พรหมหิตาธร他3名共著 กรมตำรวจ発行 พ.ศ๒๕๔๐)から出題する。

๑. การนำเด็กเข้าสู่ธุรกิจบริการทางเพศ เป็นการกระทำที่ส่งผลให้เด็กไม่สามารถพัฒนาศักยภาพตนเองได้เต็มที่ เพื่อเป็นประชาชนที่มีคุณภาพ คุณธรรม และมีประโยชน์ให้แก่ประเทศชาติในโอกาสต่อไป

๒. เมื่อเด็กเข้าสู่ธุรกิจบริการทางเพศแล้ว โอกาสติดและแพร่โรคที่เกี่ยวกับเพศสัมพันธ์ เช่น เอดส์ จะเป็นไปโดยง่าย ซึ่งเป็นปัญหาต่อเนื่องในระยะยาวทำให้สูญเสียทรัพยากรมนุษย์และเป็นแรงถ่วงในการพัฒนาประเทศ เพราะจะต้องใช้จ่ายเงินงบประมาณเป็นจำนวนมาก

๓. เด็กโดยทั่วไปจะไม่เข้าสู่ธุรกิจบริการทางเพศด้วยตนเอง แรงชักจูงจากผู้ใหญ่หรือการล่อลวง การบังคับขู่เข็ญ การเอารัดเอาเปรียบและการทำร้ายทารุณ มักเป็นไปเพราะผู้ใหญ่หาผลประโยชน์จากเด็กทั้งสิ้น เด็กตกเป็น “เหยื่อ” ในเรื่องนี้และการกระทำดังกล่าว มีผลเสียต่อเด็กทั้งทางกาย ปัญญา อารมณ์ และจิตใจ

痴漢 vs 時間

「タイ語初級 月曜日18:00」のクラスの生徒達はスマホに向かって日本語で話しかけ、そして、タイ語の音声に変換させようとすることが多い。そればかりをやっていては勉強にならない。「それはやめましょう」と注意するものの、もう高齢者達ばかりだから厳しくするのも躊躇される。

昨夜、話題が痴漢の話になった。一人の生徒が、スマホに向かって「痴漢」と言った。そして、タイ語に変換した。聞こえてきたタイ語は、「หมดเวลาแล้ว」。これを訳せば、「もう時間ですよ」。「痴漢」が何故、そのようなタイ語訳になるのか全く解せない。

だが、よくよく考えてみると、「痴漢」と「時間」は、発音が近いと言えば近い。この場合、日本人の発音を責めるべきか、それとも、スマホの中のタイ女性の耳を疑うべきか。悩む。これまでも同じようなことが多々有った。我々日本人の発音が不明瞭になりつつある。常日頃、はっきりとした発声を意識しよう、是非、是非。

裏と表

昨日(2月1日)、茶道教室に新しい生徒が入会した。その方は表千家で10年、お稽古をされた由。従って全くの初心者ではなかった。道理で着物姿に落ち着きが見られた。我々の裏千家の所作に馴染むにはしばらく時間を要するであろうが、彼女なら素直にこなせそうな気がした。

茶道に於ける表千家、裏千家の命名の由来はここでは書くのを控えるが、よくよく考えれば、ものごとにはいろいろな面が有る。「表裏一体」とはまさしく言い得て妙。表だけでは薄っぺらい。裏の支えが有ってこそ心強いのである。「裏表が無い人」というのも誉め言葉だ。

ところが、かつては「裏日本」という言葉が有った。イメージが悪いということで「日本海側」という表現に変更されている。「裏社会」、「裏金」、「裏帳簿」、「裏切り」、「裏面工作」、これらはいずれも臭いにおいがぷんぷん。それに引き換え、「空の表玄関」、「表舞台」、「代表」は晴れ晴れとした気分を醸し出す。だが、よくよく見れば裏と表はぎりぎりの関係で成り立ち、それらは分離できない。