蛇と亀

明治通りと目白通りを立体交差するようにして千登世橋がある。1932年(昭和7年)に竣工された橋で、ヨーロッパ調のデザインがほどこされている。私は毎日、この橋を通過しているが、急に暖かくなった先日の日曜日、橋の欄干に目がとまった。枯れ木かと思いきや、よく見ると動いている。蛇だ! 蛇がひなたぼっこをしているではないか。私が見つめると、蛇はペロペロと舌を出して見せた。通行人に「蛇、蛇」と叫んだが、誰一人、関心を示さなかった。

昨日、江戸川橋近くの神田川沿いへ行き、散策しながら花見をした。松尾芭蕉ゆかりの関口芭蕉園まで来ると、門に人だかりが有った。入園する人達が並んでいるのかと思いきや、なんと亀がいた。リクガメという亀だ。飼い主がリヤカーに乗せてそこまで連れて来て、門前に降ろし、ひなたぼっこをさせている。みんなが「動かないや」と言うと、亀はサービス精神旺盛なところを見せて動いてくれた。

春到来。蠢く季節を感知し、蛇も亀も陽春を楽しんでいる。

今日の翻訳

今日もタイ小学校4年生向けの副読本『กลุ่มวิชาภาษาไทย』(อ.เกื้อกูล เสพย์ธรรม 他5名共著 บริษัทอักษราพิพัฒน์社 พ.ศ.๒๕๓๘)からの出題を続ける。理由は生徒達のレベルに最適だからだ。第3章「คนดีศรีรัตนโกสินทร์」の中段から抜粋する。

๑. พระบาทสมเด็จพระจุลจอมเกล้าเจ้าอยู่หัว ทรงพัฒนาประเทศให้ทัดเทียมกับอารยประเทศ ทรงเห็นว่าการคมนาคมยังไม่สะดวก จึงทรงสร้างทางรถไฟ ดำเนินกิจการรถไฟเป็นกรมรถไฟหลวง และจ้างชาวเยอรมันมาดำเนินกิจการรถไฟ

๒. ต่อมาในสมัยพระมงกุฎเกล้าเจ้าอยู่หัว เกิดสงครามโลกครั้งที่ ๑ เป็นเหตุให้ชาวเยอรมันเดินทางกลับประเทศ ขณะนั้นกำลังเจาะเทือกเขาระหว่างจังหวัดลำปางและจังหวัดลำพูนเพื่อไปจังหวัดเชียงใหม่ เรียกว่าอุโมงค์ขุนตานหรือถ้ำขุนตาน

๓. กรมพระกำแพงเพชรอัครโยธินเป็นผู้ควบคุมดูแลการเจาะอุโมงค์เป็นผลสำเร็จ

๔. นอกจากนี้ยังทรงสร้างสะพานพระรามหก สร้างทางเชื่อมทางรถฟสายเหนือกับสายใต้ให้แล่นถึงกันได้ นำหัวรถจักรดีเซลมาฉุดลากขบวนรถไฟแทนหัวรถจักรไอน้ำเป็นประเทศแรกในทวีปเอเซีย

๕. ริเริ่มสร้างโรงแรมรถไฟ สร้างสะพานกษัตริย์ศึก เป็นสะพานลอยแห่งแรกในประเทศไทยให้รถไฟแล่นลอดใต้สะพาน ทรงได้รับการยกย่องว่าเป็น “พระบิดาแห่งการรถไฟ”

本の行方

生徒さんの中に手製本を指導している第一人者がおられる。そこで、35年使用して表紙がとれてしまった『タイ日辞典』(冨田竹次郎編纂 1990年)を2冊x2セット、修理していただいた。さらには、彼女のご紹介による製本業者によって、『タイ語初級』と『タイ語中級』が刷り上がって来た。気をよくした私は、『タイ語入門』も追加発注した。

先日、その生徒さんと授業後、話す機会が有った。「終活を兼ねて、毎日1冊、本を捨てているんですよ」と言うと、彼女はこう言った。「捨てないでください。本はその本を求めている人のところに行くかもしれませんよ」、と。 さすがに本を愛している方の助言である。

昨日、東京は桜満開。雑司ヶ谷鬼子母神の本院である法明寺へ行った。参道の桜の下には屋台が出て、人々は解放感でいっぱい。実はそこへ行く前に明治通り沿いの古本屋に寄って、本を2冊購入した。これじゃあ本は減ることがない。しかし、2冊の本は御縁が有って私のところに来たのである。前の持ち主のことは全くわからないが、新しい持ち主として、たくさんのことを吸収しよう。

マジック

火曜日の授業で、あと5分で終わりという時、私は生徒達に単語の言い合いをさせる。もっと具体的に言うと、Aさんに咄嗟に思いついた日本語の単語を言わせ、それを隣りのBさんに即座にタイ語で言わせる訓練である。

先日の火曜日、Aさんが「マジック」と言った。Bさんはそのタイ語が思い浮かばなかった。そこで私が助け舟を出し、「เล่นกล」と言った。「マジック=手品」と思ったからである。しかし、タイ人講師は怪訝な顔をした。そして、「มายากล / เวทมนตร์」と白板に書き、ハリーポッターを例に挙げた。

「マジック」という単語に対して、タイ人講師と私とでイメージしていたことが違っていた。だが、いずれもOK。何故ならば、「マジック magic」には、「手品・奇術」の意味も有れば、「魔法・魔術」も有るからである。更には、プロ野球で使われるマジック(優勝カウントダウン)も……。

今日のタイ語作文

1.政治、経済、文化、そして、スポーツのニュースを聞くたびに、以前にも増して、精神的に疲れるようになった。

2.社会の動きが早すぎるので、ついていくのが間に合わない。

3.一部の独裁者達が世界情勢をかき乱すのは由々しき問題だ。

4.いつの世も戦いの連続だが、自分を見失うことなく、自分の命を全うすることが大切である。

5.なんだか難しそうなことを書いたが、とりあえずは、いい音楽を聴いて、美味しいものを食べようではないか。

宇都宮動物園の宮子さん

先週、NHKニュースで宇都宮動物園の象のことが取り上げられた。彼女の名前は宇都宮に因んで「宮子さん」。約20年前に、当時の生徒達「象3人娘」と一緒に宇都宮まで行って、宮子さんに餌をあげた思い出が有るだけに、最近の映像を見て安心はしたものの、やはり象にしては細身であった。

何故、宮子さんが話題になったかというと、ガソリン代の値上げで彼女の部屋を暖めるのがピンチになっているということであった。宇都宮はまだまだ寒い。目下、市川動物園の子猿のパンチ君が話題をさらっているが、宮子さんもなんとか乗り切ってほしい。

宮子さんのことをネットで調べた。①1973年12月にタイからやって来た。②53歳位。人間でいえば高齢の部類。③基本は温厚だが、イライラすると大きな鼻の音や鳴き声を出す。④野菜や果物、竹、パンなどを好む。⑤50年以上単独で飼育されている。等々。うわー、象って我慢強い! 孤独感は無いのかなあ?

อาเจียน

昨日のプリントに「อาเจียน 嘔吐する」という単語が出て来た。「อาจารย์อาเจียน 先生が嘔吐する」という文例で覚えると覚えやすいかもと、私は生徒達にヒントを与えた。すると、タイ通の一人が、「อาเจียนはあまり使いませんね。 อ้วก(吐く/ゲロする)ですね、もしも使うとすれば」と反論した。それに対して異論は全く無い。だが、タイ語を長く深く勉強するのであれば、両方を覚えるにこしたことはない。

かつて、タイ人講師から言われたことが有る。「日本人はขี้(ウンチする)ばかり言いますが、 ถ่าย(排泄する)を使ってほしいです」、と。それを聞いて以来、公共の場に於いて大人が使うタイ語をしっかりと教えて行かなくてはならないと思った。

昨日、帰りのバスの中で少年が父親に向かって、「吐きそう」と言った。父親は「我慢しろ、次のバス停で降りるまで」と言った。たまたま降りるバス停が私と一緒だった。降車した途端、少年はうずくまって吐いた。1時間前に教室で話題にした話が現実となり、いやもう不思議や不思議。

今日の語彙

1. 機雷       2. 機関

3. 危害を与える   4. 苦楽を共にする

5. くすくす笑う   6. 苦悩する

7. 経験する     8. 警戒区域

9. 更迭する    10. 膠原病

11.心細い     12. こんがり焼く 

蘖(ひこばえ)

3月の茶杓の銘を調べていたら「蘖」というのが有った。読み方は「ひこばえ」。意味は「切られた木の切り株や根本から新しく生えてくる若芽のことです。親木が伐採されても根が生きているため、そこから再生する生命力の象徴とされる」とのことである。

「ひこばえ」の「ひこ」は、曾孫(ひまご)から来ているそうだ。そして、「ばえ」は「生え」である。ひまごにお目にかかることができれば、まさしく子孫繁栄でおめでたい。「ひこ」は、男子の名前につけられる「彦」にも通じているようだから、これまた男の子への願いが強い。

「蘖」というこの漢字は、何と、野菜の「もやし」の漢字表記に近いことがわかった。漢字の下の部首に書かれている「木」が、もやしは「米」であった。漢字で書くことはまずもって無いから忘れたい。

卒業式シーズン

高田馬場駅周辺には日本語学校がたくさん有る。今週は卒業式が花盛り。よって、正装した民族衣装の外国人の若者をたくさん見た。これから大学へ進学するという歓びの表情、それは日本人であれ、外国人であれ、いつ見てもいいものだ。

先週、タイから来客が有った。彼は日本の大学を卒業し、日本の会社で2年ばかり経験を積んだ後、タイに帰りチョンブリ県で頑張っている。聞くところによると、仕事の合間をぬって大学院でさらなる勉強をしているそうだ。

彼はタイに帰っても日本語の力をきちんと維持している。LINEの文章も上品。何故、そこまでキープできるのであろうかと私は考えてみた。そして得た結論は、彼が日本語をきちんと学んだ点に気がついた。日本語の基礎がしっかりしている! 日本に留学中はおそらくつらい体験もしたはずだが、長い眼で見ると、全ての経験が彼の日本語能力を後押ししていると思う。