小学生と象

伊藤園のティーバッグは俳句が書かれているから好きだ。「第三十一回 伊藤園新俳句大賞」のうち、<金子兜太賞>に次なる俳句が紹介されている。松戸市在住の小学生(11歳)が詠んだものである。

目に象が 乗っているのか ねむすぎる

目に象が乗る? こんな発想はまったく思いつかなかった。この小学生が初めて象を見たのは動物園? それとも、タイ? よほど印象に残ったのであろう。 実際に見たものを頭の中で大切にはぐくみ、いつしか自分との距離を縮めてユーモラスに一体化する。観察眼は大切だ。 

今日の翻訳

タイ小学校国語教科書(3年生向け พ.ศ.๒๕๔๐)の中の「มรรยาทในรถโดยสาร」から出題する。いつもよりはかなり易しい内容だから、辞書を引かずに訳してみよう。

๑. รถโดยสารเป็นรถที่ผู้โดยสารใช้ร่วมกัน ดังนั้นผู้โดยสารจึงต้องมีมรรยาทในการใช้รถโดยสาร

๒. กล่าวคือ เมื่อขึ้นรถแล้ว เราไม่ควรยืนที่ริมประตูรถ เพราะอาจตกจากรถและได้รับอันตราย เราไม่ควรห้อยโหนรถ ไม่ควรยื่นหน้าหรือแขนออกนอกตัวรถ เพราะรถที่แล่นสวนทางมาอาจเฉี่ยวเอาได้

๓. เมื่อเราขึ้นรถโดยสาร เราควรเดินเข้าไปในตัวรถ ไม่ยืนขวางทางคนอื่น หากมีที่ว่างก็เข้าไปนั่งให้เรียบร้อย

๔. ถ้าเราขึ้นรถโดยสารกับเพื่อนๆ เราไม่ควรเล่นหยอกล้อกันบนรถหรือพูดคุยเสียงดัง

๕. ผู้ชายควรเอื้อเฟื้อให้ที่นั่งแก่เด็ก ผู้หญิง คนแก่ และคนพิการ เมื่อมีผู้ลุกให้เรานั่ง เราควรกล่าวคำขอบคุณ หากเราเป็นเด็ก ผู้เอื้อเฟื้อที่นั่งนั้นเป็นผู้ใหญ่ เราควรไหว้แสดงการขอบคุณ

雲南コーヒー

6月も半ばを過ぎた。気分転換のために、近所の「都電コーヒー」店で初めて雲南コーヒーを買った。パッケージには「雲南プーアルピーチ 天空農園」と書いたシール。店主が言った通り、フルーティーな味わいを満喫した。ネットで調べると、コーヒー栽培は少数民族の生業に寄与しているとのこと。

教室の掃除をしていると、長らく仕舞い込んでいた『CHAO ちゃーお』(ちょっとディープな北タイ情報誌 第263号 2014/5/25発行)が出て来た。この号は「コーヒーとエコツーリズムで村おこし」を特集しており、タイ語では、「หมู่บ้านท่องเที่ยวเชิงอนุรักษ์และโฮมสเตย์ แม่กำปอง」と書かれてあった。

想像するに、雲南コーヒーと北タイのコーヒーは地形的に近いから、味も近いのではなかろうか? よし、今度はタイのコーヒー豆を店主に挽いてもらおう。いながらにして、世界のコーヒーが味わえる幸せ。入梅と異常気象をなんとか乗り切ろう。

次期タイ人講師

文科省の留学生であるジューン先生は9月末で本帰国される。そこで、昨日、次のタイ人講師に予行演習を兼ねて教室に来ていただいた。とても気さくな(เป็นกันเอง)方であった。タイ人は初対面から親しめる雰囲気を持っており、この点が日本人がタイ人を好きになれる理由の一つだと思われる。

事前にジューン先生からラインが有り、新しい先生の愛称は「Mild」と知らせて来てあった。あっ、また英語だ!。おだやかで優しい先生を私は想像した。

ところが実際にお会いしてみると、とても背が高くて体育会系の出身のように見えた。チュラ大卒の歯科医師であった。愛称を尋ねると、「Mild」ではなくて、「Mind」と白板に書いた。「発音は、タイ語で書くと、มาย(マーイ)です」と彼女。タイ人は日本人のように、「マインド」とは発音しない。「マインド→マイン→マイ→マーイ」とタイ式発音にどんどん変化していく。

今日のタイ語作文

1.高額な化粧品を使えば、果たして美人になれるのであろうか?

2.聞くところによると、化粧品の原価はわずかに1割だそうだ。

3.広告にお金をかけすぎである。

4.昔の人は卵の殻に残った白身を顔につけ、すべすべの肌を保っていた。

5.最近はメンズ専用サロンの増加とともに、男性メイクアップアーティストという職業が流行している。

生徒も先生も楽しい授業

毎日、いろいろなことが有る。起きてから寝るまでの間、大忙しだ。それを求めている自分。小さな刺激から大きな驚きまで何でも受け入れる。すると24時間があっというまに過ぎて行く。

昨日、「タイ語初級 木曜日13:30」のクラスを補助した。生徒の皆さんはよく笑った。笑うということは語学に必要な感覚が全開しているということ。よって、ますますもって多くのことを教えたくなる。

AI機能を受け入れざるを得ない昨今だが、「人間 対 人間」の交流を通して学ぶという姿勢だけはこれからもずっと保持して行きたいものだ。数十年前に先生から教わったことを、初老になってから思い出すことが多々ある。先生の顔が浮かび、先生の声を思い出す。対面授業とはそういうものであろう。

タイ人をタクシー運転手?

先日、タクシー運転手不足を解消するために、佐賀県が2~3名のタイ人を雇用して研修し、来年から実際に街中に出てもらいたいという計画が有るニュースを見た。外国人ドライバーの事故が多発している昨今、このニュースには頭をかしげた。

佐賀県はタイのドラマのロケ地になった。タイ人にとっては格別に大好きな県である。佐賀県もタイ人を大歓迎。そこまでは素晴らしい話だ。だが、日本人のタクシー運転手がいないからタイ人をという発想はもう少し熟慮の余地がある。

外国人を正式に招くには相当のお金がかかる。その費用を日本人タクシー運転手にまわし、条件の良い待遇を提示すれば、日本人から応募者は出るはずである。私は外国人だから駄目と決めつけているわけではない。「日本人がみつからないから、では外国人を雇用しよう」という単純な考えをあらため、日本人を優遇するようにしたほうがいいと提案したいだけである。

今日の語彙

1.指示する     2.指摘する

3.指南する     4.指名する

5.指紋       6.親指

7.人差し指     8.中指

9.小指      10.消費者物価指数

11.国内屈指の  12.後ろ指をさされる

自立するタイ女性

昨日、「タイ語初級 月曜日18:00」のクラスを補助した。高齢者達ばかりだから、ゆっくり、のんびり…..。2つの文型を練習したが、その内のひとつは、”ถ้าอย่างนั้น ~ กีกว่า”(それじゃあ、~したほうがいい)であった。

タイ人講師に条件となる文章を提示してもらったところ、”ฉันอยากรวย”と言った。それを受けて、生徒の一人が次のように応じた。”ถ้าอย่างนั้น แต่งงานกับคนญี่ปุ่นดีกว่า” 。 すると彼女はすかさず “อยากรวยเอง”、と言い返した。

私はタイ女性の自立性をタイ人講師から感じ取った。自分自身の力量で経済力をつけたいというわけだ。高等教育を受けた女性は学力、気力がきわめて充実している。そして自立する意欲が旺盛だ。日本人男性と結婚することは眼中にはない。ただし、大恋愛を除く。

有平糖(南蛮菓子)

昨日、茶道教室が有った。干菓子が出た。「深大寺へ行った時、有平糖(ありへいとう)を売っていたので買って来ました。ポルトガル伝来のお菓子です」と茶道講師。調べてみると、ポルトガル語の<砂糖菓子=alfeloa>の音を漢字に当てはめたようだ。阿留平糖とも書くらしい。

そういえば金平糖もポルトガル伝来の菓子である。こちらは、<confeito=糖菓>を漢字化しているとのこと。「金」も「平」も、いずれも日本人が好む漢字だから、手にとっただけで嬉しくもあり、昔を懐かしむ気分にもなれる。

沖縄は梅雨明けしたそうだが、本土はこれからが入梅。気分が滅入りがちな気候においては楽しい演出が必要だ。衣・食・住。いずれにおいてもだらだら過ごすのはだめ。