先日、通訳の仕事で小さな病院へ行った。受付で待っていると、貼り紙が目にとまった。
「これまで、お名前をお呼びする時、~様づけでお呼びしていましたが、これからは、~さんでお呼びすることにしました。よろしくお願いいたします」
そこの病院へ行ったのは初めてであったから、意外に思った。何故ならば、ほとんどの病院は~さんで呼んでいるとばかり思っていたからだ。
しかし、メールを書く時、私も悩む。無難に済ませるには、「~様」を使うのが一番。ところが、友人からは、「~さん」で来る。親しい気持ちが伝わって来て嬉しい。にもかかわらず、私はついついあらたまりすぎて、「~様」になってしまう。
最近のメールは、相手先を書かず、すぐ用件に入っているのもある。それはそれでいいのかもしれないが、人間関係が事務的になり過ぎてしまっているような思いがする。
すべては自分と相手の関係であるが、呼称というものは、いつまでも気になる項目だ。
深川めし
昨日、なんとなく清澄庭園へ行きたくなり、地下鉄半蔵門線の清澄白河駅で降りた。庭園の入口はすぐに見えたが、急に空腹を覚えたので、まずは昼食をと近くを歩いてみた。
びっくりしたのは、佃煮屋のおじさんが面白い恰好をしていて、呼び込みをやっていたことである。何の知識もなくて初めて降りた町だが、静かな雰囲気の中、江戸情緒が残っていた。
ある店を外から窓越しに覗くと、大勢の人達が食べている。そして、外には並んでいる人達も….。さらに進んだところにある店に入ることにした。深川めしで有名な店であった。
深川めしと言えば、駅弁などで食べたことはあるが、本場で食べると、やはり違う。アサリの量が大きくて、入っている量も半端じゃない。近くに坐っている男性達が、「こりゃあすごい」と言い合っていた。
食べても食べても減らない。格闘しているところに仕事の電話が入る。すかさずテーブルに用意されているサランラップを手に取り、残った3分の2の深川めしを包み、店を出た。
昨日の教訓。やはり、なにごとも本場へ行って、本場の空気をしかと味わうに限る。
易しい文章をどんどん発音しよう。
日本人は目で勉強するのが好きだ。だが、語学は耳と口で勉強するのが大切。たくさん聞いて、たくさん話すに限る。長年にわたって勉強している生徒達は、ありとあらゆるテキストを学んできたはず。だが、喋ることが得意ではない。
昨晩、授業後半の20分間を利用して、次から次に易しい表現を言わせてみた。
1.体重は? 2.身長は? 3.靴のサイズは? 4.何足、靴を持っていますか? 5.靴はどこで買いますか?
6.1年に何回、タイへ行きますか? 7.いつ、また、バンコクへ行きますか? 8.大瓶ですか? それとも小瓶ですか? 9.Aさんが昨日、入院したそうですよ。10.休みは何曜日ですか?
この程度の文章なら、なんなく言えるはずである。ところが問題は、発音だ。いずれの単語も、矯正しなければならないものばかり続出。
タイ語の発音はむずかしい。今日から心して発音の向上に励もう!
基本動詞はタイ語で書けるようにしよう。
昨晩、「タイ語中級 火曜日19:00」のクラスで、教科書の『タイ語入門』に出て来る基本的な単語をタイ語で書かせたところ、意外や意外、すらすらと書けなかった。努力が足りないとは言わないが、どうやらタイ語に対する勘とセンスが不足していると感じられた。
タイ語の文字を正しく書くには、書いて書いて、また書いてという書きまくり精神が必要である。
いやあ、それでもなかなか覚えられなくてという生徒さんには、基本動詞だけでも書けるようになってもらいたい。以下に列挙する単語は、声調記号が付かない動詞ばかりである。
1.~です(be動詞) 2.持つ 3.食べる 4.行く 4.来る 5.する・作る 6.働く 7.探す 8.勉強する 9.書く 10.教える 11.売る 12.待つ 13.死ぬ 14.終わる 15.好きです
タイ人は、「生活する」という表現を、ทำ(する)+ มา(来る)+ หา(探す)+ กิน(食べる)という。どの単語にも声調記号はついていない。この4語の中にタイ人の生きて行く姿がよく見える。
働くおじいさん・おばあさん
私は外食ばかりしている。医者からは「おいしいものを食べ過ぎないように」と注意されてはいるものの、仕事柄、致し方ない。
外食の効用として、それぞれの店における人間観察が有る。先日、上野駅のそばに在る古い蕎麦屋に入ってみると、ランチの客でいっぱい。入口で食券を売っているおじいさんの手際良さにびっくり。食券を券売機で買うのよりも、はるかに情緒が感じられる。
昨日は、午後4時半頃、ゆりかもめを降りて新橋駅に着いた。午後6時からの授業に間に合うようにと、早めの夕食を新橋駅近くの中華料理店でしたが、店内に入ると、明らかに80代と思われるおばあさんが、「はい、こちらへ」と言って、客を誘導していた。とても活き活きしており、仕事が好きでたまらない様子であった。
仕事年齢は人によって異なる。早く引退したければそれでよし。仕事が楽しいと思う人はやれるまでやればいい。
ひるがえって考えてみれば、勉強も同じ。つまらなくなればやめればいい。しかし、勉強が楽しいと思えば、継続(เรียนต่อๆไป)あるのみ。
応用文をどんどん作ろう!
泰日文化倶楽部で使っているテキストの中に、「ものすごく暑い。どうしよう、暑さをしのぐには ร้อนเหลือเกิน ทำอย่างไร ถึงจะหายร้อน」という文章が出てくる。すでに富士山が冠雪している。今後は冬に向けて、「ものすごく寒い。どうしよう、避寒するには」という文章が言えるようにしておこう。
そして、この文型「ものすごく~だ。どうしよう、~するには」(文章+เหลือเกิน ทำอย่างไร ถึงจะ+文章)を使って、たくさんの応用文を使ってみるのはいかが?
① お金をいっぱい使ってしまった。どうしよう、お金を貯めるには。
② ものすごく太ってしまった。どうしよう、ダイエットするには。
③ ものすごく疲れた。どうしよう、疲れを取るには。
語学の上達のコツは、いかに応用できるか否かにかかっている。一通りの基本文系を習ったならば、自分でどんどんいろいろな文章を作っていこう!
「タイ語入門 土曜日10:30」新規開講!
昨日より、「タイ語入門 土曜日10:30」のクラスを新規開講した。受講生はたったの1名(คนเดียวเท่านั้น)。1名では全く採算が合わない。では、何故、開講に踏み切ったのであろうか?
理由はこうである。申込者がお書きになった文章の中にタイ語学習に対する熱意と謙虚さが感じ取れ、それに応えたいという気持ちが沸いたからだ。
実際にお会いしてみると、好青年であった。耳の感覚が極めてすぐれており、最初から、有気音と無気音の発音ができるので、タイ人講師もにこにこ顔であった。
「年齢を訊いて失礼ですが、おいくつですか?」と尋ねると、「27歳です」と、彼は明るく答えた。
それを聞いた途端、私は驚きの声を上げた。「あら、泰日文化倶楽部と同じですね!」
彼も泰日文化倶楽部も1988年生まれだ。彼のほうが少しばかり年上(พี่)であったが、なんだか不思議な気持ちになった。彼が赤ちゃんから成人するまで、共通の時間を経て来たことになる。
喉を使う? 声を使う?
昨晩、「タイ語初級 金曜日19:00」の生徒さんの声がいつもとは異なり、風邪っぽい感じであった。
「風邪ですか?」と尋ねると、「仕事で疲れているだけです。喉をたくさん使ったから」と、彼は答えた。
<喉を使う(ใช้ คอ)>と彼がタイ語で言ったら、タイ人講師に通じなかった。
「タイ人は、声を使う(ใช้ เสียง)と言います」と、先生がすかさず直す。なるほど、なるほど。
昨日から急に寒くなってきた。タイ人講師は毛糸のカーデイガンを着て来られた。そのうち、先生の鼻先が赤くなってきた。声もおかしくなってきた。
季節の変わり目だ。みんな、風邪をひかないよう、栄養と休養をとろう!
子弟関係
D先生が泰日文化倶楽部に教えに来られて5ヶ月が経った。最近は、土曜日担当の先生が都合がつかない時に代講を依頼することもある。
先週、「タイ語中級 土曜日16:00」のクラスを代講してもらった時、どうやら生徒達と話がはずんだようだ。理由はこうである。
D先生はカセサート大学を卒業後、目下、東京海洋大学で食品冷凍に関する研究をしておられる。それを聞いた生徒達が、かつて教えていただいたボート先生と経歴が全く同じなので、ボート先生の話を持ち出したところ、「ボート先生は私の先生です。とても厳しく教えられました」、と、彼女は語ったとのこと。
ボート先生がタイに帰られたのは7年前。帰国後、母校のカセサート大学の教壇に立たれたと聞いている。安い給料だと思うが、日本で学んだことを後輩に伝えている姿勢は何とすばらしいことか!
そして今、ボート先生の弟子が泰日文化倶楽部でタイ語を指導してくださっているという巡り合わせにも不可思議さを覚えずにはいられない。
1867年のパリ万国博
『文芸思潮 2015年秋号』が編集・発行人である五十嵐勉氏(元生徒)より、贈呈本として送られて来た。いつも思うことだが、この世の中には小説を書きたい人が何と多いことか。
この中に所収されている「ジャポン芸者・パリ万博へ行く」(工藤辰吾著)を読んだ。一人の目先の利いた商人が宣伝効果を狙って芸者衆をパリへ連れて行った話だが、次なるくだりが有り、面白いと思った。
ーー 万博会場の近くに流れるセーヌ川岸に楕円形の巨大な建物が目に飛び込んできた。直径四百八十八メートル、短径三百八十五メートルに及ぶものであった。敷地には各国の建物が並び、建築中のものもあり、人々の群れが忙しく動いている。日本はシャム(タイ)、清国と並んだ狭い敷地が与えられた。ーー
おやおや、日本は昔からタイとは浅からぬ御縁が有ったというわけだ。パリの万博会場で日本からの関係者とタイからの関係者は一体、何語で会話を交わしたのであろうか? まことに興味深い。
