護国寺と東京カテドラル教会

 一昨日、タイ人母娘を案内して、文京区音羽に在る護国寺へお参りに行った。新緑の中からツツジの花が咲き出しており、とても美しかった。その後、護国寺から椿山荘の庭園まで歩くことにした。途中、私立小学校の女の子の新しいセーラー服姿を見て、初来日の娘さんが「とても可愛い!」と連発した。
 椿山荘の前には東京カテドラル教会が有る。仏教徒である彼女達をキリスト教の教会に案内することには抵抗もあったが、彼女達が見たいと言ったので聖堂の中に入った。私の目的は、マリア様が死んだキリストを抱いている「ピエタ像」を、彼女達に見てもらうことにあった。
 「ピエタ」とは、イタリア語で「敬虔なる同情」を表わすとのこと。語源はラテン語の「pietas 敬虔」だそうだ。仏教的に言えば、「慈悲心」。
 たまたま一昨日の朝、再放送で、京都の大仏師の仏像制作過程を見たばかりであった。怒りと慈悲の両方を仏像の眼にいかに彫り込むかについて、大仏師は熱く語っていた。それを見たあとだけに、護国寺の仁王門の像を意識して鑑賞することができた。
 仏像もキリスト像も、要は「慈悲」であり、「哀れみ」の表現そのもの。両者に隔たりは無い。

語学センス抜群の大学生

4月5日から「タイ語入門 木曜日11:00」のクラスを新規開講したところ、非常に優秀な女子大学生が入会して来た。12日に第2回目の授業を実施したが、彼女の語学センスたるや抜群だ。久しぶりに教え甲斐のある生徒に遭遇。一を教えればいいところ、ついついその10倍の十を教えている自分に気づき、学生の能力をうまく引き出す私の授業展開に我ながら酔った。
 彼女の語学センスがどこから来ているかを彼女との会話の中から探ると、次なる点がわかった。1)頭脳明晰。 2)海外旅行たくさん。ご両親とインドへも。即ち、国際センス満点。3)大学で韓国語をマスター済み。4)来年、バンコクの某所へインターンで行く目的を明白に持ち、そのためにタイ語の勉強をする。
 彼女だけを贔屓にしているわけではない。一緒に勉強している方達もいい影響を受けて楽しそうだ。

ソンクラーン(水かけ祭り)

今日4月13日はソンクラーン(สงกรานต์ 水かけ祭り)。タイ人にとっての正月である。ソンクラーンを見るために42年前にチェンマイへ行った時の思い出が今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。チェンマイ知事御夫妻を先頭に、多くの少数民族がお練り行列をした。街中でびしょびしょにされたので、郊外に逃げると、今度はクローン(คลอง水路)に若い娘達が居並び、バケツで掬った水を車めがけて一斉にぶっかけて来た。
 私は交友関係が広いから、悲喜こもごものニュースが私の元に飛び込んで来る。「息子が東大に入り、私の両親と妻が入学式(4月12日)に出席します」と言って来たのは滋賀県在住の元教え子だ。私も一緒に喜んであげた。何故ならば、その青年を生まれた時から知っているからである。
 長い人生、良いことも悪いことも有る。日本では無礼講の水かけは不可能だが、気持ちだけでもいいから、親しい友や教え子達に水をかけるしぐさをして、彼らの心の平安を祈ろう。

「豊」という漢字

昨日、仕事と仕事の合間に豊川稲荷に行った。十分なる時間が有ったので、靴を脱いで本殿に上がり、僧侶達の読経を聞いた。そして、境内の中にある数々の小さな社(やしろ)に手を合わせた。
 そして、明治3年創業のおいなり屋さんが豊川稲荷の境内のはずれで70年間もおいなりを売っていることを知り、そのおいなりを買って、境内のベンチで座っておいしくいただいた。おいなりを売っている老女の頭は明晰。おつりの計算も手さばきも実に早い。
 ところで、豊川稲荷をお参りして日頃からの謎(簡体字の由来)が解けてうれしかった。それは、「豊」の漢字の繁体字が大きな文字で書かれていたからである。「豊」の簡体字は、「三の左上から右下へ\を書き入れる」。草木が生い茂る様を表現しているそうだ。それを「山」の内空間の二つに入れ、山の下に「豆(注:上が膨らんで脚の長い大きな器を表わすとのこと)を書いた漢字になっていた。現代では、上部が「曲」になっているが、いずれにせよ、繁茂して旺盛である意味なので、実にめでたい。

パック君 再登板

ティウ先生が本帰国のため2月末でお辞めになった。その後、タイ語教師を探していたが適任者がみつからなかった。したがって、現役の先生のコマ数を増やしたり、私が教えたりして3月を乗り切った。
 4月以降もこの体制で行こうと思っているところへ、先週、パック君(東京医科歯科大学博士課程)から1年半ぶりにラインが入って来た。「今年はいつでも教えに行くことができます」
 そこで、私はすぐに返事をした。「それでは水曜日の18:30のクラスと20:00のクラスを教えてください」
 パック君はとびきり優秀なタイ人留学生だ。頭脳明晰で、さらに態度は礼節そのもの。日本語も完璧。日本の若者が書けない文章を彼はさらさらと書ける。彼の育ちの良さも抜群。
 生徒の皆さん、彼からたくさんのことを吸収してください。

杖の長さ

骨折してから約半年。先月までは、再度、転倒しないようにと自分に注意を促すために杖を使って歩いていたが、最近は歩く意欲がわいてきた。もう杖は不要だ。
 しかしながら、いつなんどき、どういう場面に遭遇するかもしれないので、折りたたみ杖を新しく購入し、カバンにひそませている。
 現在、私は杖を3本も持っている。退院時に間に合わせに買った杖は百均の杖。2本目はリハビリの先生のお勧めの杖だが、折りたたみではない。3本目の折りたたみ杖は、先月、デパートで買った。
 だが、リハビリの先生は腰骨の高さがいいと言い、デパートの販売員は腕を垂らしたところがいいと言う。その差、10センチ。人の言うことは違うものだ。だが、使っているうちにそれはそれで慣れてきた。
 タイ語の発音表記も、同じ日本人講師であっても異なる。ましてや、タイ人をや…..。要は、いかに自分にとって最適なところを見つけ出すかということに尽きる。

灌仏会(花まつり)

昨日、タイ人を案内して雑司ヶ谷の鬼子母神へ行くと、甘茶がふるまわれていた。4月8日はお釈迦様の誕生日。即ち、「灌仏会」であった。
「天上天下唯我独尊」の御姿の童子に、参詣者が次から次にやさしく甘茶をかけていた。我々も従った。小さな御堂の屋根には春の花々がたくさん乗せられていた。いずれの花びらも美しかった。
 とても清々しい気持ちになっている丁度その時、タイからラインが入って来た。タイの友人夫妻からであった。喧噪のバンコクから離れ、深い森の中で瞑想をしているとのこと。「มาถือศีลในป่าครับ」
 新学期、新年度が始まり、緊張気味の我々。そろそろ疲れが出始めているはず。体調を整え、精神を落ち着かせよう。それには甘茶を飲むのがいい。

千客万来

今年の1月から3月まで、これまでになく多忙をきわめた。仕事ではなくて、来客の接待と冠婚葬祭、それに、旧知をあたためる会合がたくさん有ったからである。
 無事に乗り切れたと思いきや、4月に入っても国内外からの来客が絶えない。千客万来!
 昨夜、30年前の生徒から電話が有った。「先生、覚えていますか。大東文化大学時代の太郎君が帰国中です。今、僕と一緒に食事をしています。突然ですが、先生、お時間取れませんか?」
 もう夜も遅かったので、太郎君とまずは電話だけで話した。大学時代にアメリカへ移住し、現在はカナダのカルガリーに住んでいること、40歳を過ぎて飛行機技士の資格を取り、快適な生活を送っていることを報告してくれた。そこまで聞くと、是非とも会いたくなった。なんとかして時間を見つけなくては…..。

断簡零墨

『ある運命について』(司馬遼太郎著 中公文庫 1987)の中に「私にとっての旅」という随筆が所収されている。冒頭を引用すると、こうである。
 私のたのしみというのは、毎日、書斎でうずくまっていることらしい。杜子春が辻で人を待っているように、断簡零墨(だんかんれいぼく)を見、やがてそこから人間がやってくるのに逢う。むろん、無数の場合、逢いぞこねてもいる。いまだにやって来ぬ人もいる。旅には、そのために出かけるようなものだ。
 断簡零墨とは、文章の断片を意味するとのこと。四文字熟語は格調が高い。上手に使えば教養が有るように見える。そして、粋でもある。
 横文字の外国語も大いに勉強しなければならないが、漢字の勉強も大切だ。

選り取り見取り

先日、「よりどりみどり」という豆菓子をいただいた。大阪に在るピーナッツの会社の詰め合わせだが、いかにも大阪人らしいネーミングだ。
 <よりどりみどり>を漢字で書くと、<選り取り見取り>と書くそうだ。いろいろな形をした豆が袋の中にたくさん入っていて実に楽しい。
 人生も選り取り見取りならいいが、実際のところは小さい頃から決められたレールに追いやられ、そのぶんストレスを感じながら、一生が終わる。だが、選択肢はいくらでもあるわけだから、いかに自分に適合したものを選ぶかが大切。
 豆を一粒一粒、口に放り込み、カリカリと音を立てながら、いろいろな人生模様を考えてみた。私の場合は23歳でタイと出会い、そのままタイ街道を歩いて来たが、仏陀の御加護をいただき幸せだ。