壺屋焼

先日の茶道教室で使われた茶碗は沖縄の壺屋焼で、作は人間国宝の金城次郎氏。絵付けは彼の得意とする魚紋であった。魚が伸び伸びと描かれすべての線が生きている。茶碗を手に持つと素朴さが伝わってきて、白いご飯を盛りたくなった。まさしく柳宗悦の民藝運動の影響が観て取れる。

その茶碗の魚紋を見ているうちに、どこかで見たような気がして来た。あっ、タイの陶器の模様と似ている。現に私の机上に置いているタイからのお土産のコーヒーカップも魚紋だ。沖縄はかつて中継貿易地として栄えた。沖縄とタイの関連性としては泡盛が特に有名だが、陶器からも東南アジアを感じることができる。

魚行水濁

今月の茶道教室に於ける掛け軸は色紙に墨黒々と書かれた漢字4字で、「魚行水濁」という論語であった。読み方は「うおゆきて みずにごる」。

春になり水ぬるむ頃、魚の動きが活発さを増し、水の中を泳ぎまわる魚が幾重にも重なる。そしてそれが自然界だけでなく、人間の営みをも刺激すると、私は勝手に解釈した。

ところがである。この論語の意味は、「魚が泳ぐことで水が濁る様子から、起きたことは隠せない」だそうだ。そして、本来であれば、さらに「鳥飛毛落(とりとべば けおつ)」と続き、「魚が泳げば水は濁り 鳥が羽ばたけば羽が落ちるように、人の行動には必ず痕跡が残る」という意味になるとのこと。ああ、論語よ論語。簡潔な表現の中に、その意味たるや何と深し…..。

今日のタイ語作文

1.タイの子供も将来の職業として一番なりたいのがインフルエンサーだそうだ。

2.インフルエンサーは果たして一生の仕事になり得るのであろうか?

3.最近の大学新卒者は先生や警察官になりたがらない。

4.親の家業を継ぐ子供は非常に少ない。そして親も子供に強制しない。

5.シャッター通りは由々しき問題だ。いろいろな職種の店舗が復活することを望む。

หมอสู

昨日土曜日の授業で、産婦人科医のことが話題になった。歯科医であるタイ人講師にタイ語で何と言うかと尋ねると、白板に「สูตินรีแพทย์」と書いてくださった。「しかし、タイ人同士の会話では หมอสู(モー・スー) と手短かに言います」と、彼女。なるほど、タイ人らしい。

たしかに、หมอสู(モー・スー)ならとても呼びやすい。それに親しみが持てる。日本料理店の料理人を「板さん」と呼ぶ乗りと同じかな?

สูตินรีแพทย์ の中の < นรี 女>だが、合成語によっては <นารี 女>とも書く。『タイ日辞典』(冨田竹二郎編纂)によると、「นรี/นารีは、นร(人、男)の女性形」と出ている。

体力・財力・気力

昨日、近所の診療所へ行き2月の血液検査の結果を聞いた。「数値は全て良し。栄養もいいですね。貧血もありません。金欠かどうかは知りませんが…..。百歳まで頑張りましょう!」と医師。私よりも20歳年下の彼は明るい。そしていつも一言多い。しかし、その一言が患者にいい意味の刺激を与えてくれる。

百歳まで生きるのには体力、財力、気力が必要だ。いずれが欠けても楽しくない。そう思いながら教室まで歩いた。途中、初めての定食屋に寄ってランチ。広島カキ定食を注文。衣が焦げ茶でがっかり。後から来た客もカキフライを選んだ。だが、彼の皿を見ると、きれいなキツネ色。注文時間がわずか10分異なるだけでこうも違うとは……。カキの季節はそろそろ終わる。よし、もう一度、挑戦だ。挑戦の源は体力・財力・気力なり。

今日の語彙

1.現住所        2.住民税

3.住民票        4.永住権

5.海外移住       6.仮住まい

7.分譲住宅       8.公団住宅

9.建売住宅      10.注文住宅

11.住環境      12.バリアフリー住宅

母校訪問

昨日の朝、東京に雪が舞った。彼岸に入っているというのに……。午後、大学時代の友人と母校訪問。キャンパスは閑散としていた。前日に卒業式が有ったそうだ。我が後輩達の行く末を想像してみた。故郷に帰る者もいれば、東京に就職する者もいるであろう。

大学の食堂の窓際に座り、グラウンドを見ながら、1965年4月から始まった寮生活のあれやこれやを友人と語り合った。彼女は大分から、そして私は香川からの上京。お互いに元気で60年前の青春を語り合える幸せをかみしめた。

大学の購買部で『教養を深める』(森本あんり PHP新書 2024年)を購入。副題は「人間の<芯>のつくり方」。帯には「ファスト教養に陥らない[本物の学び]とは」と書かれてあった。目次を見ると、「遠い言語を学ぶ」というのが有った。東京女子大学学長である著者の森本氏は神学者。彼の言う遠い言語とはヘブライ語、アラビア語、サンスクリット語、等であった。

合鍵 กุญแจผี

昨日の火曜日午後の授業で合鍵の話が出た。合鍵はタイ語で「กุญแจสำรอง(予備の鍵)」。だが、「กุญแจผี(お化けの鍵、幽霊鍵)」という単語も有る。この後者の単語に対して、タイ人講師が解説してくださった。「กุญแจผีにはマイナス・イメージが有ります。すなわち、何か悪いことをしようと思って作ります」、と。

『タイ日辞典』(冨田竹二郎編纂)にも、「多くは悪用する場合に用いる」と書いてあった。鍵(กุญแจ)という単語に「お化け(ผี)」をくっつけるところがタイらしいなあと思って面白がっていたが、まさかマイナス・イメージが有るとは! やはり対面授業で勉強すると、頭への浸透度が違う。

今日の翻訳

タイ国語教科書(小学5年生向け พ.ศ.๒๕๖๕)の第15章の冒頭から出題する。

๑. แม่ต้มปลาช่อนไว้หลายตัว เพื่อเตรียมทำขนมจีนน้ำยาหม้อใหญ่ในวันรุ่งขึ้น

๒. ฝีมือทำน้ำยาของแม่เป็นที่เลื่องลือ ใครๆก็อยากกิน แม่จึงต้องทำปริมาณมาก นอกจากกินเองแล้ว ยังแบ่งให้พี่น้องและเพื่อนบ้านอีก

๓. บ่ายแล้ว แม่ชวนจุ๊นลงไปโขลกปลาที่ร้านใต้ถุนบ้าน ข้างล่างอากาศเย็นสบายกว่าข้างบน

๔. แม่แกะก้างปลาออก เอาเนื้อให้จุ๊นโขลก ทำงานไปคุยกันไป ฟังแม่อบรมสั่งสอนเรื่องคบเพื่อน โดยเฉพาะกลุ่มพี่มอด

๕. “จุ๊นก็รู้ใช่ไหมว่ากลุ่มเจ้ามอด ไม่ทำงานทำการ ทำตัวเป็นอันธพาลลักเล็กขโมยน้อย ตำรวจกำลังจับตาอยู่ ระวังนะลูก จะพลอยเข้าปิ้งไปด้วย”

ごぼう

生徒さんであるP氏の奥さんはタイ人。彼女が来日してからもう1年半になる。P氏のお母さんから日本料理も習っているので、きんぴらも作れるようになった。ごぼうを買う時、そして、ささがきにするたびに、「เจ้าชู้ เจ้าชู้」と彼女が言うそうだ。

先週の授業の時、P氏が尋ねた。「เจ้าชู้の意味は、浮気者っていう意味ですよね。何故、ごぼうも同じ単語なのですか?」 ごぼうを食べないタイ人講師がググると、「หญ้าเจ้าชู้」と出た。写真を見ると、ごぼうではなかった。「オキナワミチシバ」という草であった。

タイ人はごぼうを食べないが、タイで栽培して日本に輸出している話は聞いたことがある。ごぼうは「โกโบ ゴボウ」そのままでOK。しかしながら、きんぴら作りのたびに、「เจ้าชู้ (浮気者、女たらし、すけべー)」と言われる夫はたまったものではない。