昨日、翻訳作業が有った。その中で、これまでに見たことも聞いたことも書いたこともない単語に出くわした。辞書を引く前にこれまでに学んで来た自分の感覚を呼び覚ますことにした。そして、前後の文脈から考えて、うまく、かつ、手短に翻訳することができた。
その単語とは、「จรรยาบรรณ canyaa-ban ジャンヤーバン」。辞書(冨田竹二郎先生編纂)で知らべると、จรรยา は、「品行、道徳、エチケット、あるグループの中で当然行うべき行為」と出ており、「จรรยาแพทย์ 医師の倫理」などに使われるとのこと。また、บรรณ は、「翼、書籍、樹葉」とあるが、古語で、「บรรณสาร banna-saan 公文書」というのが見つかった。
冨田先生は、จรรยาบรรณを、「ある業務又は職業に従事する人々の間で構成員の名誉を維持するために設けられた倫理規定」と説明している。ということは、最近流行りの「コンプライアンス compliance」のことだ。
私はこれを「心得」と訳した。何故ならば、タイの田舎に住む人々に対して役所が発行したものだったからである。
南へ!
先週、久留米在住の友人(画家)から英語の添削を頼まれた。と言っても文章ではない。グループ展の案内状に載せるキャッチコピーである。私は大学時代、英詩を勉強したから、押韻を強調して添削してあげた。
ところが、彼女には彼女なりの考えが有った。
「九州と山口県の画家の集まりだから、<the south 南>という単語はどうしてもはずしたくないのよ」
そこで、彼女の希望を入れて、“Pointing to the SOUTH”とした。
私は九州にうとい。九州人が「南」を意識しているとは知らなかった。南と言えば、遥か先に在る熱帯の方をイメージするのが一般的….。
昨日と今日は台風10号で九州は大打撃を受けている。だが、芸術は死なない。へこたれない。蘇生を繰り返しながら、強靭なる作品が創造されていく。
泰日文化倶楽部の諸先生
タイ語作文
1.泰日文化倶楽部は今月末で、創立してから満32年になる。
2.10月からは第33年目に入る。
3.コロナ禍と高齢を理由に閉塾も考えたが、もう少し続けることにした。
4.昨夜、27年前に教えていたことがあるという元タイ人講師のC先生からひょんなことでメールが来た。
5.私が彼のことを覚えているか否かを心配しているようであったが、もちろんよく覚えている。
6.昨日の授業を担当してくださったP先生は26歳。
7.ということは、C先生が泰日文化倶楽部で教えていた時には、P先生はまだ生まれていなかった。
8.タイへ帰った元タイ人講師達はいずれも皆、タイ社会で活躍している。
9.それが私にとっては大いなる喜びである。
新規入門クラス募集開始
6月1日に授業を再開してから早くも3ヶ月が経過した。6月はコロナ収束の見通しが立たないまま恐る恐る授業をすることになった。7月は日照不足の日が延々と続き、コロナが第2波へ。なんだか嫌な情報ばかり。だが、8月は2週間の夏休みをもうけたからどうにか穏やかに過ごすことができた。
さて、9月は一体どういう月になるのであろうか? 残暑と台風で終始するのだけはごめんだ。
最近、ずっと休んでおられた生徒さんから、「自宅での自習もままならず、やはり教室に出かけて勉強したい欲が湧いて参りました」というメールを頂いた。そして、見学に来たいというメールもちらほら舞い込んでいる。
そこで、新規入門クラスを募集することにした。「タイ語入門 土曜日10:30」のクラスを10月3日から開講する旨、HPの最新情報に発表した。タイにはなかなか行けないが、タイ語の勉強を始めたい方達の目にとまるといいのだが…。
おこじゅ(和菓子)
お菓子が大好きな生徒さんから、「おこじゅ」という名前の和菓子を頂戴した。包装紙には「多摩どらやき」と書いてあり、さらには、「おこじゅとは、多摩のむかしことばで、<三時のおやつ>のことです」と説明があった。
早速、ネットで調べてみると、「おこじゅー = 神奈川県の方言」と出ていた。多摩地方は神奈川県と隣接しているところもあるから、昔はほぼ同じ言語環境を共有していたのであろう。
それにしても、「おこじゅ」という響きからはどことなく郷愁がただよってくる。その土地のものでなくても、命名の面白さと同時に、ほっと一息することができる。
世の中、IT化やデジタル化によって、日本全体が画一化されつつあるが、方言は心の通ったことばだから、是非とも生き延びてほしい。
日本語の添削
日本語検定試験を目指しているタイ人から、「書いた文章を添削してください」という依頼が有った。ポイントは「~のうちに」という前置詞を使った文章を完結したいようである。
1.勉強しているうちに先生を質問してください。
2.ラーメンが暖かいうちに、ごゆっくり食べてください。
3.さくらひらくないうちにうめのはなをみてくださいね。
さて、皆さんなら、どのように文章をなおしてあげますか?
よくよく考えれば、我々日本人は普通に日本語を話しているが、外国人には漢字の使い方や季節感の背景が浅い。「が」、「は」、「を」も難しいよう
日本語を教えてほしいという要望が別のタイ人からも来ている。しかし正しい日本語を徹底させるには、タイ語を教えるよりも数倍のエネルギーが要ると思う。
朝夕秋冷を覚え
タイ語作文
1.今日から9月。
2.2020年に入ってから245日目を迎え、残すはあと121日。
3.昨夜から外の空気が少し下がったような気がする。
4.今日の東京は日中でも29度どまりらしい。
5.コロナ禍で心身ともに疲れているから、決して無理をする必要はない。
6.そうはいうものの、少しずつ勉強の態勢を整えていきたいものだ。
7.今月は政治の話題が主流になりそうだが、我々庶民は健康第一で暮らそう!
お祖父様のベレー帽
昨日、個人レッスンの女性が1ヶ月ぶりに授業を希望されたので、正午過ぎに家を出発。ところがバスの中でラインをチェックしたところ、「体調不良のため休ませてください」というドタキャンのお願いが入っていた。
1年前からマイペースでタイ語を習いに来ている彼女は洋服のセンスが抜群だ。いや、服だけではなくて、靴もオシャレ。原宿の靴店に長らく勤務していたから当然といえば当然。この8月からはメンズのファッション会社に勤務し始めたそうだ。
7月上旬、彼女は黒いベレー帽をかぶって教室に現れた。授業中、ずっとかぶりっぱなし。暑くないのかしらと私はいささか気になった。しかし、かぶり方が上手だから、粋に感じられてきた。
彼女は「私は祖父にとても愛されて育ちました。このベレー帽は形見です」と教えてくれた。それを聞いて、急に彼女のお祖父様が隣りに座っているかのように思われてきた。昭和の帽子は令和になってもきちんと品位を保っており、あらためて物の良さに魅せられた。
豊島園の閉園
豊島園が明日、94年の歴史に幕を引く。最後の週末となった昨日、テレビのインタビューに応じる初老の男性が、「みんなに親しまれ、いい遊び場だったのに」と残念な気持ちを述べていた。
私は豊島園の中には入ったことがないが、大学1年の時の同級生の家が豊島園の近くに在ったので、1965年の夏、豊島園駅まで行ったことがある。55年前の話だ。
豊島園は豊島区ではなくて練馬区に在る。では、何故、豊島? こういう疑問を持つ人がたくさんいるというが、私もそのうちの一人。そこで歴史を調べてみると、鎌倉、室町時代の頃、そこに練馬城が在り、豊島氏という武士が治めていたが、やがて上杉氏傘下の太田道灌によって滅ぼされたとあった。
私事になるが、私は49年半、豊島区に住んでいる。豊島区に住んだが故に、年増、いや、大年増になってしまったと嘆いていたが、大昔に遡れば、古代律令制下に於いて、<646年、武蔵国豊島郡>という命名が見られるとのこと。なんだか急に「歴女」になりたくなった。
今日の宿題
既習単語を書き間違えないように気をつけて、タイ作文をしてください。
1.月曜日の午前中、バスに乗って、予約している歯医者へ行く。
2.火曜日の午後、歩いてマッサージ店へ行き、2時間、マッサージをしてもらう。
3.水曜日の夕方、酒屋へ行き、缶ビールを1ダース、買う。
4.木曜日の夜、好きなテレビ番組を1時間半、見る。
5.金曜日の深夜、読みかけのミステリー小説を読む。
6.土曜日の午前5時、川のほとりを散歩する。
7.日曜日は一日中、趣味の時間に没頭する。