タイ人の抹茶ブーム

タイ人講師から、「タイは抹茶ブームです。日本に旅行に来たタイ人がおみやげに買って帰るのは、もはや抹茶味のキットカットではなくて、缶入りの抹茶そのものです。それが千円であれ一万円であれ、店に有れば全部買ってます。そして、タイに帰ると3倍で売る人もいます」

その話を聞いて茶道を習っている私は複雑な気持ちになった。そこでタイ人講師に「抹茶を飲んで、タイ人はわび・さびがわかりますか?」と尋ねると、「わかります」とはっきりと答えた。私としては、ますますもって首を傾げざるを得なかった。

目下、元タイ人講師やその家族が来日中である。そこで、昨日、教室近くに在る茶道具店へ行き抹茶を購入。この店ならタイ人旅行客が買占めに来ないから安心だ。店主も店員も私のことをよく覚えている。「先生、5%引きにしておきますよ」と嬉しいことを言ってくれた。

เตียง/เทียน/เที่ยง

ミャンマー地震によるタイ人達の対応に関し、火曜日担当のボン先生がご家族から訊きただした内容を具体的に生徒達に伝えたが、その時の話し方はいつになく切羽詰まった臨場感が有り、まさしく生きたタイ語であった。

彼女の妹さんが医者なので、病院内での医者達の様子もよくわかった。講師は「ผู้ป่วยติดเตียง(全介助患者)を避難させるのが大変だったそうです」と言った。しかし、生徒はเตียง(ベッド)が聞き取れず、 เทียน(ろうそく)とか、เที่ยง(正午)だと思い、全体的な意味をなさなかった。

たしかに、これらの単語は日本人には類似した発音に聞こえ、非常に聞き取りにくい。タイ語のニュースを聞いて聴力を高める必要がある。

今日のタイ語作文

1.暑かったり寒かったりするから体調管理が大変だ。

2.物価高騰が止まらない。良質でいて、しかも安い店を探す必要が有る。

3.ポイントにつられて買物をしすぎないようにすることも大切だ。

4.自炊の利点は自分好みの味付けができ、量が調整できることである。

5.だが、仕事で疲れている時は、外食で時短することも可なり。

新年度・新学期

今日から新年度・新学期のスタートです。小学生時代のわくわく感を思い出して、気持ちも新たに好きなことを始めましょう。新しい出会いが楽しみですね。<人>との出会い、そして、<もの・こと>との出会い。

昨日の朝、私はあの渋沢栄一ゆかりの飛鳥山公園で花見をしました。犬の散歩をしている女性が犬を叱りつけていましたので、「どうしたのですか?」と尋ねてみると、「花見客が落とした美味しいものが匂うので、犬が動こうとしなくて困っているんです」と、彼女。

私は犬の顔を見た。嬉しそうであった。尻尾ふりふり、鼻はくんくん。犬の嗅覚がうらやましかった。鳥と桜は絵になるが、花見の犬にも思わぬ発見が有った。なんでもいい。面白がることは一歩前進なり。

千種・千人・千様

作家の五味康祐(1921-1980)が、小林秀雄との対談「音楽談義」(註:小林秀雄全作品二十六巻『信ずることと知ること』所収)の中で、「千種、千人、千様の音色」という言葉を使っている。話を補足すると、そのすぐ前の文章で五味はこう語っている。「当人はいいと思っている音でも、ほかの人が聴けばなんてひどい音だろうということがよくあるんですね」、と。

「千種、千人、千様」は、「十人十色」というのと、その言わんとすることは同じだ。しかし十の単位がいきなり千の単位になると、イメージとしては俄然、多くの人の感性が想像できる。

先日、大阪で街角ピアノのことで物議をかもしていた。下手なピアノは聴きたくない。家でもっと練習して来い。一人がピアノを独り占めするな、等々と、明け透けに言う人達がいたようだが、ルールを決めてお互いに歩み寄り、優しい理解が欲しいものである。皆、千差万別なんだから。

今日の語彙

1.世界地図      2.九州地方

3.地場産業      4.地域経済

5.デパ地下      6.地震予知

7.震源地       8.地盤沈下

9.埋立地      10.窮地に陥る

11.意地をはる   12.居心地が悪い

地震のお見舞い

昨日(2025年3月28日)、ミャンマー中部を震源地とする大地震が発生し、ミャンマーとタイの両国はかつてない被害をこうむりました。被害状況はこれからますます増えて行くでありましょうから軽々にものを言うことは控えますが、不運にも命を落とされた方々、及び、両国の皆様に心よりお見舞い申し上げます。

私の携帯にたくさんの動画が送られて来ましたが、いずれも信じられない光景であります。タイ人が逃げまどいながら、周辺の人達に向かって、”อย่าชะล่าใจ”と言っているのが印象的でした。これは、「気をぬくな」とか、「油断するな」という意味です。余震を恐れての警告だと思いました。

ミャンマー人からも写真が送信されて来ました。傾いた寺院や建物、寸断された橋……..。これらの修復にはとてつもない時間を要しそうです。特にミャンマー中部のマンダレーがやられていますが、旅行で行ったことが有るだけに気の毒でたまりません。

方言指導

某劇団の某俳優(女性 83歳)の履歴を見ていると、特技として、仕舞、謡、社交ダンス、方言指導(広島弁)と書いてあった。劇団員になったのが1965年だからもう60年間も図太く芝居に励んでおられることになる。仕舞で体の根幹の動きを体得し、謡をうなって咽喉と声を鍛え、社交ダンスでパートナーと呼吸を整える努力。これらすべては演劇の肥やしになっているに相違ない。

一方、方言指導という言葉はドラマのクレジットでよく見かける。これもまた特技であり、仕事に通じるのであれば、私だってできる(讃岐弁)。教科書は何もない。だが、唯一、体の中に沁みついた発声の仕方が何も考えることなく、次から次へと奇妙な響きとなって出て来る。努力は無用。生まれ落ちたところに感謝。

今日の翻訳

『พระพุทธศาสนา』(タイ国教科書小学2年生向け พ.ศ.๒๕๕๓)の第1章の最後のページから出題する。「ให้」の使い方、及び、「เป็น」と「คือ」の使い分けを以下の文章から学ぼう。

๑. พ่อสรุปว่า “พระธรรมคำสอนของพระพุทธเจ้าได้ฝังลึกอยู่ในจิตใจของคนไทย และแสดงออกมาเป็นศิลปวัฒนธรรมอย่างที่ลูกๆเห็น

๒. กลายเป็นลักษณะเฉพาะของชาติไทย ที่เรียกกันว่าเอกลักษณ์ของชาติ จึงกล่าวได้ว่า พระพุทธศาสนาเป็นเอกลักษณ์ของชาติไทย

๓. ชาวพุทธจึงควรศึกษาพระพุทธศาสนาให้เข้าใจอย่างถูกต้อง และนำมาปฏิบัติในชีวิตประจำวันให้ได้

๔. ถ้าลูกทำได้อย่างนี้ก็จะเกิดผลดีทั้งแก่ตัวเองและแก่พระพุทธศาสนา ผลดีแก่ตัวเองคือได้เป็นคนดีตามวิถีพุทธ

๕. ผลดีแก่พระพุทธศาสนา คือ ได้ช่วยสืบอายุของพระพุทธศาสนาให้เจริญมั่นคงต่อไปได้นาน เข้าใจไหมลูก”

壺屋焼

先日の茶道教室で使われた茶碗は沖縄の壺屋焼で、作は人間国宝の金城次郎氏。絵付けは彼の得意とする魚紋であった。魚が伸び伸びと描かれすべての線が生きている。茶碗を手に持つと素朴さが伝わってきて、白いご飯を盛りたくなった。まさしく柳宗悦の民藝運動の影響が観て取れる。

その茶碗の魚紋を見ているうちに、どこかで見たような気がして来た。あっ、タイの陶器の模様と似ている。現に私の机上に置いているタイからのお土産のコーヒーカップも魚紋だ。沖縄はかつて中継貿易地として栄えた。沖縄とタイの関連性としては泡盛が特に有名だが、陶器からも東南アジアを感じることができる。