或るタイの山岳民族の話

某書に次なる話が書かれてあった。それは、日本人駐在員が庭の手入れをしてもらうため、ロンドンで老人を雇ったところ、非常に丁寧な仕事をしてくれたため、それを見た別の日本人一家が「我が家もお願いします」と頼んだが、老人は断った。理由は残りの人生を楽しむ時間を確保していたいから。
 この話を読んで、私は或るタイの山岳民族の話を思い出した。今から35年前、東京の某音楽大学の教授がタイの山岳民族の音楽を現地調査する際、通訳を雇った。そして、数年後、第2回目の調査に出かけた時も同じ通訳にお願いした。しかし、断られた。理由を尋ねると、「前回、先生からいただいた通訳料で家を建てることができましたから」、と彼は言ったそうだ。
 教授は私の元教え子である。山岳民族の音楽を採取したレコードを贈呈してくださったが、なんと50代であっけなく他界された。研究生活に追われていた教授の死を山岳民族の通訳は知るよしもない。

針(เข็ม)の話

タイでは新学期(=最初の木曜日)の恒例行事として「拝師の日(วันไหว้ครู)」が有る。この儀式において、生徒達は先生に、3種類の植物、即ち、หญ้าแพรก(イネ科の植物→こうべをたれて謙虚に先生の言うことを聞く)、 ดอกมะเขือ(茄子の花→先生の指導を早くのみこみ、学業を成就させる)、 ต้นเข็ม(針の木→常に頭を鋭敏にしておくこと)を捧げ、一年間、いい生徒であることを誓う。
 私の場合、蛍光灯スタンドの台のところに、縫い針を1本(เข็มเย็บผ้า ๑ เล่ม)置いてある。頭がいつもシャープに働くことを願って、そうしているのだ。
 針に関する単語では、時計の短針(เข็มสั้น)と長針(เข็มยาว)、注射針(เข็มฉีดยา)、コンパス(เข็มทิศ)、ベルト(เข็มขัด)が有る。
 『タイ日辞典(冨田竹二郎編纂)』の中に次なる表現を見つけた。
「ฝนทั่งให้เป็นเข็ม 鍛冶屋の金床を研いで針にする → 全力を尽くして成功するまでとことん頑張る」 (注:ฝนは雨ではなくて、この文章では、研ぐという動詞である)

夏祭の太鼓と笛

お茶の稽古の時、2週間続けて、茶道講師は太鼓の形をした棗、そして、笛を模した香合を用意された。その意図は「夏祭」だそうである。
 今年の三社祭は5月19日から21日までであった。しかし、これから先、日本全国津々浦々で夏祭が展開され、やがてお盆を迎えるという運びへ….。
調べてみると、夏祭とは「夏に多い災害や疫病を祓おうとするところから起こったようである」とのこと。
 このところ7月の気温が続いているので、体調が芳しくないという生徒さんや友人がいる。弱気になってくると、邪気や悪霊が身体に忍び込んで来やすい。気分が滅入ってくれば、深川不動尊へ行くといい。護摩をたく時の太鼓の音を聞けば、身体の中の邪気と煩悩が完膚無きまでに叩きのめされる。

Y子さんへの助言

Y子さんが泰日文化倶楽部に入会されたのは7年前。途中、1年ほど休学していたが(注:他校へ浮気)、再び泰日文化倶楽部に舞い戻って来られた。復帰後は個人レッスンを選び、マイペースで通って来られている。
 彼女の様子を見ていると、タイが本当に好きなのかどうか疑問だ。だが、彼女なりにタイとの接触方法をいろいろと探し出し、タイへもよく飛んで行っている。今日この時点においては、彼女、バンコクだ。
 私は彼女に助言した。「そんなによくタイへ行かれるのであれば、タイ語の音感をつけて来てください」
 何故、このように言ったかといえば、彼女のタイ語の発音がいかにも日本人的だからである。タイのどこへでも一人で旅行する度胸がある彼女。持前の明るさで楽しい旅を繰り返している。惜しむらくは発音だ。

編物の一進一退

「60の手習い」ということで編物と生け花を始めて早くも10年。編物は家でもどんどん編み進めることができるので、指の運動を兼ねて、棒針を動かしている。目数を数えることは脳への刺激になってよい。
 だが、我れながら上手になったなあと思って慢心した途端、表編みと裏編みが逆さになっているのに気付いた時のショック。さて、どうしたものか。自分が着るのだから、少々のミスは大丈夫。
 しかしながら、それをどうしても許さない自分がいる。そこで大幅にほどきなおすことになる。一度、失敗すれば、自分でも懲りるのだが、数日が経過すると、また同じ失敗を発見。
 こうして、暑い毎日でも、冬のおしゃれを想定しながら毛糸と格闘している。一本の毛糸とはいえ、決して侮れない。蛸の足よりもどんどんからんで来るからだ。編物の「一進一退」とは、「一針一糸」なり。

タイ女性スポーツ選手の活躍

目下、デュッセルドルフで世界卓球選手権が行われている。一昨日は日本女子とタイ女子のダブルス、そして、昨日は日本女子とタイ女子のシングルスの試合が有ったので、興味深く中継を見た。もちろん日本を応援しなければならなかったが、タイ女性の活躍にも声援を送った。
 最近のスポーツ界におけるタイ女性の躍進には目をみはるものがある。タイの国力増加に伴い、個人の体力と気力が充実してきている。これからも世界の各地でタイの国旗を翻してもらいたい。
 ところで、デュッセルドルフが話題に出たので、追加の話を書こう。実は先月から来日していた友人が、今日、デュッセルドルフへ帰られた。滞在中4回会って、ドイツの現状をいろいろと聞かせてもらった。毎回、彼の口から出たのは難民問題。彼の友人であるオーストラリア人は難民問題に頭を悩ませた挙句、オーストラリアへ本帰国されたとのこと。彼も奥様もそろそろ日本に…..と考えておられるようだ。ニュースで見る報道と、彼の話には180度の違いが有った。

「タイ語入門 土曜日16:10」新規開講

今日から6月。正月から数えて、今日は152日目。習い事を始めるのは、6歳の6月6日からと昔の人はよく言ったものだ。したがって、泰日文化倶楽部も、久々に「タイ語入門 土曜日16:10」を新規に開講することにした。ただし、申込者のご都合により、新規開講日は6月17日からとなった。
 申込者にたずねると、かつて泰日文化倶楽部で勉強したことがある友人から紹介されたとのこと。かつての友人のお名前を聞いた私は、「その方、15年位前の生徒さんですね」と、思わず言ってしまった。昔の生徒さんが、ご友人に泰日文化倶楽部の存在意義を伝えてくれたことが、私にはとても嬉しかった。

千年の手わざ

掃除をしていたら、『PHP 平成22年9月号』というのが出てきた。定価200円だから、すぐに捨てても惜しくはないのだが、まあ一応と思って目次を見ると、「ヒューマンドキュメント 千年の手わざ 米沢織職人 十六代 馬下助左衛門さん」というのに目がとまった。この本を買った時、私はこの文章を読んではいない。しかし、今回は目が釘付けになった。
 理由は、最近、着物に関心が出てきたからである。そして、知れば知るほど、着物の素晴らしさに感嘆しているが、伝統的な着物はあまりにも高くて手が届かない。
 米沢織を伝承している馬下助左衛門氏は千年先まで残る布を織っているそうだ。染めた糸は5年~7年の間、寝かせておく。そして、一日に20センチしか織れない…..。気が遠くなる話だ。
 2017年5月も今日で終わり。千年先の3017年って、どんな時代になっているのであろう。米沢で織られた布はそれまで静かに生き続ける。

鳥を詠む

日本野鳥の会(公益財団法人)が発行する月刊誌『野鳥』には、鳥を詠んだ俳句や短歌が毎月、紹介されている。6月号には次なる短歌が、<うたウォッチング>として、掲載されていた。
 
 渡りする鳥の小さき脳にある 大空の海図われにもありや (大井 学)

 この句に対する感じ方は人によって異なるであろう。選者(小島ゆかり氏)は、「勤め人としての壮年期の日々を、知的に、また心の屈折感深く詠んだ短歌」と書いている。
 鳥の小さき脳…..。それに比べて人間は…..。果たして、おつむにつまった我が脳みそを、動物の勘よろしく、有効活用しているや否や。

ムエタイスポーツジム

今月中旬、私の家の近くに「ムエタイスポーツジム」ができた。看板を見ただけでびっくりした。果たして本格的なジムなのであろうか?
 それにしても目白2丁目に開設するとは! 近くには学習院大学が有る。学習院大生を呼び込むわけでもなさそうだが……。 
 同じく目白2丁目には、昭和38年(1963年)に創設されたヨネクラジムが有る。世界チャンピオンを5人も輩出した。だが、会長のご高齢を理由に今年8月末で閉鎖されることが発表されている。44年の歴史に幕….。
 そのヨネクラジムから500mしか離れていない場所に新しいムエタイスポーツジムが誕生した。タイ人のトレーナーはいるかしら?