ラオスのシルク

 昨日、御成門にある日本アセアン・センターへ行った。「エージア・パニック」の店主から、「ラオス製品の展示会が有るので、一緒に行きましょう」と、誘われたからである。彼女の場合は、いいものが見つかれば、その場で仕入れをしたいという意気込みに満ち溢れていた。
 私はといえば、タイが好きな度合いを100とすると、ラオスに対する興味は5くらいしか無い。もうすでにタイ・シルクのスカーフを持ち過ぎているので、ただ見るだけにして、絶対に買わないつもりで展示場を見て回った。
 だが、その場に1時間半もいて、ラオスの人達からにっこり微笑まれると、だんだんラオスの雰囲気に惹き込まれていき、そのうちにラオス・シルクが私にささやき始めた。「ほら、わたし、素敵でしょ」、と。
結局、3枚のシルク・スカーフと、1枚の藍染スカーフを買うことになった。ラオス製品の色合いは確かにとても上品で魅力的だ。
 「エージア・パニック」の店主の話によると、ラオスでトップの店だそうである。したがって、絶対に値引きはしないということであったが、タイ語でガンガン頑張り、ついに値下げにこじつけた。ラオス人と私のタイ語の綱引き。それが一番、面白かった。

羽幌へ

 来月、札幌の雪まつりに合わせて教え子達の同期会が有るので、今から楽しみにしている。北海道には留萌近くの羽幌というところで働いている教え子もいる。彼の結婚式(15年前)以来、一度も会っていないので、羽幌まで足を延ばし、単身赴任中の彼を激励することにした。
 「先生、羽幌には電車が通っていません」と彼が言ったので、高速バスを予約した。札幌のバス・センターの予約係のおじさんの話し方がとてもおだやかで、温かみを感じさせる口調だったので、零下10~25度の北海道を体験するのが今からとても楽しみになった。
 ネットで羽幌線を調べてみると、1927年に一部開通し、1987年に国鉄最後の廃止路線であると書かれてあった。北海道JRの問題がたくさんニュースになって報じられているだけに、これまでの様々なる経緯が気になってきた。
 今回は時間の関係で羽幌には1泊しかしないが、春や夏も、そして、秋にも北海道へ行き、教え子達を激励しながら、北海道の自然を満喫したいと願っている。

密会

 昨日、韓国語クラスに参加した。授業は17時から19時までの2時間だが、私は最後の30分、いつも教室を抜け出している。理由は19時から始まるタイ語クラスのための教室準備をしたり、早く来ている生徒達からいろいろな要望を聞くためである。
 再び、韓国語クラスに戻ったところ、韓国語講師から、「密会していたのですか?」と訊かれた。「密会」は、ミルへ。ただし、実際の音は、ミレに聞こえる。
 そう言われて、ドキリとした。だが、私はすぐに応じた。「はい、おじさん達二人と」。きつい冗談には、阿保な答えで切り返すに限る。
 以前、教えて下さった韓国人女性講師から、「先生の家にはいつ招待してくれますか?」と訊かれたので、「ああ、いつか…..」と、日本人的に答えた。すると、会うたびに同じ質問が飛んでくるようになった。なかなか招待しなかったので、彼女はついに私に言った。「背信者 ペシンジャ」。そこで、私はあわてて彼女を自宅に招待する日を持った次第である。
 韓国人を少しでも理解できればと思って、韓国語クラスの末席に座っている。韓国人のきつい冗談に慣れるのにはまだまだ時間がかかりそうだ。

留学生の部屋探し

 昨夜からベトナム語のクラスが再開された。ベトナム語講師から豆菓子とインスタント・コーヒーのお土産が生徒達に渡された。ベトナムでトップ・ブランドのインスタント・コーヒー。今朝、飲んでみたが、確かに美味しい。
 ところで、ベトナム語講師は悩みを抱えていた。それは、4月から大学の夫婦寮を出なければならなくなったために、部屋探しをしているが、初めての経験だけに、思うように事がはかどらないということだ。「今日、不動産屋に案内されて物件の下見に行きました。大変に気に入ったのですが、いろいろとありまして…..」
 東京に於ける留学生の部屋探しは本当に大変だと思う。2月中に見つけないと、3月では遅いであろう。何故ならば、地方から新しい大学生がやって来るため、日本人学生達におさえられてしまう。それに大家達は東南アジアからの留学生にはあまり貸したがらないからだ。
 政府は留学生を増やしたがっているが、あまりにも寮が少なすぎる。有ることは有っても、期限つきだ。次から次にやって来る新しい留学生達にも機会均等のチャンスを与えているからである。
 いずれにせよ、東京の住居費はあまりにも高い。何とかならないものかと思うが、何ともならない。それが東京だ。

休学者 & 復学者

 1月7日からスタートした2014年度の授業は今日で2週間が経過することになる。授業は毎日、つつがなく進行していっているが、予想に反して休学者が多い。その理由は以下の通りである。
 1.寒いから春まで休みたい。
 2.目下、リハビリ中なので、1月だけ休みたい。
 3.転職準備中。
 4.引越しで忙しい。
 5.親の介護に集中したい。
 皆さんの理由を聞いて、納得である。
 そうかと思うと、12年ぶりに復帰したいという方がおられる。タイ料理に精通している女性だ。個人レッスンを希望され、しかも、私を御指名だ。タイ料理のレシピをタイ語で読む授業をしようと思っている。

若者の20年後・初老の20年前

 大学の講義は先週で終わった。あとは学年末試験をして成績を出すだけである。
 そこで、最後の授業の時、成人式を終えたばかりの学生達に質問した。「あなたたち、20年後を想像したことがありますか? 40歳頃、何をしてると思いますか?」
 だが、返事はなかった。
 次に、社会人として参加しておられる60歳前後の男性2名に訊いてみた。「もし、20年前に戻れるとすると、何をしたいですか?」
 あまりにも唐突な質問でありすぎたのであろうか、やはり回答は得られなかった。
 語学教師としての私は青年達からも初老人達からも、夢を語ってもらいたかっただけである。夢が虚妄にすぎなくてもかまわない。喋ることに意義有り。そのように私は考えているが、日本人って、人前ではしゃべらない体質が染みついているようだ。喋ろうとすると、単語を探し、文章を構成しようとする意識が連続し、脳の活性化が進むので、自然と意欲的になれるのだがなあ…。

バングラデシュの国旗

 去年10月から、「タイ語入門 水曜日13:00」のクラスで勉強しているK子さんは、バングラデシュで数年間、保健栄養士として駐在した経験を有し、今でも毎年、出張でバングラデシュの地方に行かれておられるので、ベンガル語がとてもお上手である。ベンガル語を習いたい生徒がいるならば、是非、先生になってもらいたいと思っている。
 そのK子さんがジュート製の手提げ袋を持って来られた。袋には、日本国旗とバングラデシュの国旗が仲良く描かれていた。とても興味深かったのは、バングラデシュの国旗が、緑の地色の中に赤い丸が描かれており、日本の国旗とデザインが酷似していたからである。
 ネットで調べると、バングラデシュの国旗の場合、赤い丸が中心よりやや左側に位置されており、赤い丸は太陽ではなくて、独立を勝ち取った民衆の血の色であり、緑は緑地を意味していると解説してあった。意匠としてはほかにも異説があるようだが…..。
 K子さんは言った。バングラデシュでは、かつてはジュート製の袋が常用されていたのに、今はビニール袋に代わってしまっています、と。米袋として使われて来たジュートの袋。持っていると、少々、痛いが、エコのためを思うと、存在価値のある袋なのである。

紅梅・白梅

 昨日の午後、1時間ほど時間が空いたので、泰日文化倶楽部がある高田馬場4丁目を散歩した。教室の裏手のビルは有名な学習塾だ。ピリピリした感じが入口あたりから感じ取れた。さらに進むと、早稲田予備校。ここもこれからが勝負。何故ならば大学受験が近づいているからだ。
 歩いていると、白梅が三輪ばかり、咲いていた。梅の花って、こんなに小さかったかったかなあと思いながら、先発隊として咲いた花をじっくりと眺めた。小さいけれど、存在感をしっかりと主張しているのが印象的である。
 さらに歩を進めると、民家の庭に紅梅と白梅が競うように咲いていた。これはすばらしい。両方の木が互いに相乗効果を上げて、猫の額のような庭を浮世絵の世界に変えている。
 梅の花は咲いた。では、次に咲くのは何? 誰?  子供達が遊んでいるのを全く目にしなくなった。みんな、机にかじりついているのであろう。早く受験が終わり、心の中に花を咲かせてほしい。 

乾物の効用

 昨晩は遅くまで仕事をして、寒い中、帰宅したので、ビタミン補給のために、お土産に頂いていたタイのドライフルーツを食べた。袋にはマンゴー、パパイヤ、それに、パイナップルの混合であることが、タイ語、英語、中国語、日本語、韓国語、そして、ロシア語で書かれてあった。
 ところで、日本人は栄養に関する話題にものすごく敏感だ。最近、乾物の効用に関して某栄養大学教授が解説しているのを、私も真面目に見た。彼は切り干し大根やひじきがいかに体に良いかを解説していたが、子供達には人気の無い食べ物だ。しかし、高齢になってくると、自然と体が要求してくるから不思議である。
 乾物には長時間かけて蓄積された栄養やビタミン、ミネラルが詰まっているそうだ。今、私の家には、羅臼のこんぶ茶、瀬戸内海のチリメンじゃこ、そして、鳴門のわかめが買い置きされている。これでビタミン・ミネラル不足が解消されるかと思うと有難い。
 最近はいつもブログの最後に教訓めいたものを書きがちだが、今日もそうなることをお許し願いたい。それは、タイ語の勉強も乾物にたとえられるということだ。新鮮な食べ物もいいが、十分に時間をかけて、タイ語のエキスを体にゆっくりと浸透させ、たくさん蓄積させていく必要がある。自分自身が乾物になるのだ。

豆腐屋のおじさん

 ここ数日、ものすごく寒い日が続いているため、フジ・テレビが水を使っている人々を取材して回った。魚屋さんは魚を洗いながら、「そりゃあ、冷たいですよ」と言った。しかし、よく売れている魚屋だろう、彼の顔は明るかった。
 魚屋の次に豆腐屋が出てきた。その豆腐屋を見て、あっと思った。店の構えが私がたまに買いに行く近所の豆腐屋に非常によく似ていたからだ。だが、都内の豆腐屋というものはどこも似たりよったりだろうと思い、それ以上は詮索しなかった。
 それから2日後、たまたまその豆腐屋の前を通りかかったので、豆腐を買いながら、おじさんに尋ねてみた。「おじさん、この間、テレビに出ましたか?」 すると、おじさんは首を縦に振った。やはり、この豆腐屋だったのだ。私が豆腐を買う時はおばさんが応対してくれるので、おじさんの顔は知らなかった。しかし、店の構えだけはよく覚えていたので、私の勘は当たっていた。
 豆腐屋の存在は有難い。何故ならば、スーパーで買うパック入りの豆腐はどことなく味気ないからである。それは製造者が見えないからだ。
 これは語学の勉強にも言える。先生について教室で直接習うことは、何かあたたかいものが得られ、それが蓄積していくと、知らず知らずのうちに語学力がついていく。