くす玉

 6月1日午後7時少し前、「藤井聡太七冠最年少達成」の速報がテレビニュースで伝えられた。偉業! 凄すぎるが故にもうほとんど何が何だか私にはわからない。
 私にとってわかりやすかったことは、彼の出身地である瀬戸市の商店街でくす玉が割られた光景であった。そこでくす玉の由来について調べてみた。
 「くす玉は(薬玉、久寿玉)は、原義では、はや薬草、香草、香料を錦の袋に詰めて、その袋に造花などで飾り付けし、五色の糸でたらした入れ物で延命長寿、無病息災の願いが込められている。現在ではイベント用の装飾、特に割り玉を指す」
 藤井七冠は早くもすでに八冠を目指している。瀬戸市の商店街の8個目のくす玉、それは必ずや近いうちに見られるに相違ない。
 

菖蒲

 今日から6月。昔風にいえば「水無月」。ただしこれは陰暦だから、実際は6月下旬からの1ヶ月を指す。芍薬、菖蒲、燕子花(カキツバタ)、等々の花が美しい季節である。
 『季寄せ草木花 夏(上)』(中村草田男 選・監修 朝日新聞社 1981年)の中に、次なる俳句が載っていた。

 白菖蒲 明治女は 筋通す (花田いそ子)

 凛とした句だ。では、大正、昭和、平成、そして、令和の女性達は如何なる花をどう詠みこむであろうか? <菖蒲>という響きが、<勝負>に聞こえる。ぼやぼやしてはおられない。今年も早、半分の山場に来た。

今日のタイ語作文

1.気が合わない人とはつきあわないようにすればいい。

2.しかし、国際政治においてはそういうわけにもいかない。

3.国際情勢の情報収集は必要だ。

4.北朝鮮が予告通り、5月31日午前6時28分、弾道ミサイルらしきものを発射した。

5.対象地域は沖縄県方向であると発表された。

6.しかし、午前7時4分、日本には飛来しないということで、政府は避難の呼びかけ(Jアラート)を解除した。

東京からデュッセルドルフ

 ドイツ在住の友人が来日していたが、予定していた2週間の滞在期間はあっというまに過ぎて、またドイツへ戻って行かれた。彼からの帰国報告の冒頭には以下のように書いてあった。
 「予定通り、デュッセルドルフに戻りました。羽田からミュンヘンまでは韓国、中国、モンゴル….黒海….トルコ、西回りの航路でした。羽田の出発は30分遅れましたが、途中挽回し、ミュンヘンには定刻に到着。乗り継ぎもバッチシでした」
 このルートなら、私も10数年前に2回ほど飛んだことがある。だから想像しやすい。シルクロードを歩いて行くのは夢のまた夢。空路は有難い。黒海を見た時、もうヨーロッパが近いと感じた。その時は平和だった。だが今は戦争だ。

胡麻と護摩

 軽井沢へ遊びに行かれた生徒さんから「黒ごまスプレッド」というお土産をいただいた。タイ人講師は「抹茶スプレッド」を選んだ。「食べ終わった時、必ず鏡を見てくださいね」と言われたが、「大丈夫。口のまわりに黒いひげがついても誰も見ませんから」と、彼女への感謝の気持ちをジョークで返した。
 胡麻は体に良い。おひたしの上にパラパラとふりかけているのを見ると和を感じる。かつては高野山製の胡麻豆腐をよく買った。それを見ながら僧侶達の食事を思い浮かべたものだ。
 話が寺にシフトして行くと、門前仲町に在る成田山深川不動尊の「護摩焚き」の強烈な火と読経の光景に触れたくなる。「護摩」は物を焼くという意味だそうだ。天候不順で不定愁訴をとなえる人が多い。御本尊に向かって除災招福と開運厄除を願いたい。

今日の翻訳

 『ตลาดนัด』(ม.ร.คึกฤทย์ ปราโมช สำนักพิมพ์ ดอกหญ้า พ.ศ.๒๕๔๘)の「ของกิน」から出題する。

1.ผู้เขียน เรื่องนี้ไปกินอาหารญี่ปุ่นที่เรียกกันว่าเนึ้อกระทะหรือ”สุกียากี้” ที่ร้านหน้าโรงหนังศรีอยุธยา

2.สำหรับคนที่ยังไม่เคยลองก็ต้องอธิบายเสียก่อนว่า สุกียากี้นั้นเป็นอาหารที่คนกินได้ทำด้วยมือเอง

3.กล่าวคือ มีเตาไฟมาต้้ง เอากระทะตั้งข้างบน

4.เอาไขวัวถูกระทะแล้วก็ใส่เครื่องปรุง มีผักกาด วุ้นเส้น เต้าหู้ ผักอื่นๆ หัวหอม ต้นหอม และชิ้นเนื้อวัว ปรุงรสด้วยน้ำปลาญี่ปุ่น และน้ำตาลเหยาะเหล้าสาเก(ถ้ามี) ตามใจชอบ

5.เวลาจะกินก็เอาไข่ไก่หนึ่งฟอง ต่อยใส่ถ้วยเอาตะเกียบหยิบเนื้อและผักซึ่งตั้งอยู่บนเตาไฟร้อนๆ จิ้มไข่ในถ้วยแล้วจึงกิน

6.ที่พูดถึงเรื่องสุกียากี้ก็เพราะเห็นแปลก เพราะของกินชนิดนี้คงจะเคยเข้ามาในเมืองไทยครั้งหนึ่งแล้วนานหนักหนา และคงอยู่เรื่อยมาในรูปร่างอย่างไทยจนคนลืม

語彙の収納袋

 衣更えの季節だから、冬用の布団や衣服を圧縮して薄くする収納袋のコマーシャルが流されている。確かに押し入れやクローゼットがすっきりし、精神的にもよい。秋になれば再びふわりとするなんて、まるで魔法だ。
 ひるがえって語彙の収納袋について面白おかしく考えてみた。まさかビニール袋に詰め込んで、それから空気を抜くわけにはいかない。何故ならば、語彙の収納袋は脳だから….。
 単語が覚えられないと嘆く人は多い。しかし、自分を責める必要は全くない。覚えたい単語だけを覚え、余裕と意欲が有るならば、さらに関連語彙を脳に蓄えていけばいいだけのこと。
 問題は老化で脳の働きが悪くなることだ。縮めるつもりがなくても脳のキャパが縮む。これだけは何としてでも避けたい。従って、日頃の勉強で脳に語彙を注入し続けよう。

まほろば

 先日、NHKのBS放送で、司馬遼太郎が書いた『街道を行く 青森・津軽』のルートを俳優が訪ね歩くという番組を見た。その際、「まほろば」という言葉が何度も繰り返されたので、あらためてその意味をネットで調べてみた。

 ~「まほろば」とは古事記の中で、「倭(大和・やまと)は国の真秀(まほ)ろば畳(たたな)づく青垣山籠れる大和うるわし」と倭建命が国をしのんで歌われ、「まほろば」には「素晴らしいところ」という意味があります。~

 この言葉だが、聞けば聞くほど煙にまかれそうな感覚になる。人口が少なかった時の大和。AIが無かった頃のヤマト。石と石を組んで煮炊きをしていた大昔。そのほうが日々、野性的で希望もあったであろう。果たして、これからの日本は「まほろば=素晴らしいところ」足りえるか?
 

今日のタイ語作文

 『言葉と戦車を見すえて』(加藤周一 筑摩書房 2009年)の中の「60年前東京の夜」という章の中から、一部抜粋して出題する。

1.一九四五年三月一〇日に、米軍のB29はおよそ二時間半にわたって東京を爆撃した。

2.抵抗はほとんどなく、東京の半分は焼きつくされて廃墟と化した。

3.市民の死者は八万人以上、負傷者は四万人を超え、非武装の市民の犠牲は、その五ヵ月後ヒロシマの被害に匹敵する。

4.私は何をしていたか。東京の大学の附属病院で内科の医者として働いていた。

5.運よく病院は焼けなかったが、隣接する上野、神田、浅草などの地区は火の海となり、家を失い、家族にはぐれ、火傷に苦しみながらもかろうじて脱出した多数の人々が病院に集まって来た。

ผู้ปกครอง vs ผู้บกพร่อง

  昨日の授業で、一人の生徒さんが「ผู้ปกครอง 統治者」と「ผู้ปกป้อง 防衛する人=兵隊」の単語を挙げた。
「ผู้ปกครอง」は「保護者」という意味で使われることが一般的だが、今年はタイの政治に焦点があてられているから、話の内容から言って「統治者」という意味もしっかりと覚えておこう。
 一方、「ผู้ปกป้อง 防衛する人=兵隊」の中に使われている動詞の「ปกป้อง」だが、私の場合、「อย่าปกป้อง かばうな」という意味合いで使うことが多い。
 最初、生徒さんの発音を聞いて、タイ人講師は「ผู้บกพร่อง 能力に欠ける人」だと思い、白板に単語を書いた。どうにも話の成り行きが変だ。そのうちに「ผู้ปกครอง 統治者」だとわかった。発音は恐るべし。