今日の作文

1.昨日の正午、友人が神田淡路町に在る蕎麦屋に連れて行ってくださった。

2.この店は明治17年に創業した店で、池波正太郎がこよなく愛した店である。

3.友人は15年前にここでバイトをしていたとのことで、ものすごく懐かしがっていた。

4.店内は老若男女を問わず、たくさんの客で賑わっていた。

5.隣りに座ったおじいさんは一人で来ていた。「私は大正14年生まれの97歳。この店には若い頃から食べに来ている」と、しっかりした口調で何度も言った。

6.食べ終わると、おじいさんは財布から百円玉と十円玉を取り出してテーブルの上に置き、指を使ってゆっくりと数えていた。

caress & reverie

 毎朝、Paul Ankaの「You Are My Destiny」を聴いている。歌詞の中に、<<caress>と、<reverie>と言う単語が出て来るので意味を調べてみた。

1)You are my sweet caress.  <caress> = 愛撫する、抱擁する、やさしく撫でる。 某訳詞を見ると「君はわが心をくすぐるポイントを心得ている」と訳されているが、長すぎると同時にぎこちない。もう少し甘い感情を表現する訳にならないものだろうか。

2)You share my reverie. <reverie> = 夢想、幻想。某訳詞を見ると、「君と幻想を分かち合おう」と訳されている。直訳過ぎるが故に雰囲気が味わえない。

 結論=外国語の歌詞は日本語に直訳しても面白くない。歌そのものを聴いて、ストレートに味わうに限る。

作業員達の元気な声

 昨日は「海の日」。そこで、海の幸を求めて鬼子母神の裏手に在る割烹へ行った。すると作業員の恰好をした8人衆が大声で会話をしていた。彼らにとっては祭日も仕事。この炎天下で頑張っているかと思うと、彼らの大声を許すことにした。

 彼らが話していることが否が応でも耳に入って来る。「吉原はなかなかいけないぞ」、「大塚にしとけ」、「いや、お前は笹塚だ」と大将らしき人が得意気に喋っていた。私は東京に住んで58年。この会話が何を意味するかは分かる。

 彼らは次から次にご飯のお代わりをした。体力をつけないと午後からの仕事が無理。へたばるに決まっている。そして、仕事から解放される夕方、彼らは夜の街へ…..。そういう愉しみがないとやってられない。男達の猥談を、私は作家の耳を持ちながら、微笑ましく聞き入った。

今日の翻訳

 『กระต่ายสามพี่น้อง』からの第5回目の引用である。

1. จากวันนั้นมา ขาวนวลก็ออกไปขนหญ้าแฝกมาปลูก โดยมีป้าเต่าคอยช่วยทุกวัน

2. สองเดือนผ่านไป งานต่อเติมบ้านเสร็จเรียบร้อย หญ้าแฝกงอกงามเป็นแนวล้อมบ้าน ดอกไม้หน้าบ้านเริ่มบาน

3. “บ้านเราสวยมาก” พ่อกระต่ายชม

4. “เรามาจัดงานเลี้ยงขอบคุณเพื่อนบ้านที่มาช่วยงานกันดีกว่า” แม่กระต่ายแนะ

5. คืนนั้นฝนตกหนักมาก ครอบครัวกระต่ายหลับสบายอยู่ในบ้าน

6. เช้าวันรุ่งขึ้น พ่อกระต่ายโผล่ออกไปนอกรั้วก็ต้องตกใจมากที่เห็นแปลงผักพังลาย

十三湖のしじみ

 青森県五所川原市在住の知人が十三湖のしじみを送ってくださったのは先月中旬のこと。ここのしじみは6月が旬だそうだ。だが、食べきれないほど届いたので、冷凍しておいてある。食レポをする気は全く無いが、肉厚の大きなしじみを食べたのは初めて。

 しじみの効能は以前から知っている。疲労回復、風邪予防、動脈硬化予防、そして、骨の強化、等。だから、意識して食べているが、とんかつ屋で提供されるしじみ汁のしじみは黒ゴマみたいに小さい。

 十三湖は、土地の人は十三潟とも呼ぶそうだ。そして、昔は十三湊と表記していたとのこと。岩木川の淡水と日本海の海水が混じる十三湖。昔は湊として栄えた。そして潟が次第に土砂で形づくられて湖となって行ったのであろう。タイ語でも、沼、池、溜池、洲、窪、湖、に関する単語が多すぎて、それらの意味の境界線がまぎらわしい。

「創」という漢字

 「創」という漢字は、意識を高めさせてくれるイメージが有るので、あえて言えば好きな漢字である。創造、創作、創始、創設、独創的、等は、教育の世界においてはよく聞かれ、使われている。創造力が有れば、いろいろな物が造れて、ああどんなにか楽しいはず。

 しかし、「創」には、「刃物で傷をつける」という意味が、「ものごとを作り出す」という上記の意味よりも先に有るということを知り、複雑な気持ちを覚える。最近の安倍元首相の銃撃事件で、「銃創」という漢字がニュースで繰り返され、いやがおうでも脳裏に焼き付けさせられた。

 「創」の中に見られる<リットウの部首>は、刀を意味するそうだ。そういえば、以下のような漢字が有り、なんだか不気味である。例:剣、刈る、刺す、削る、割る、刻む、刑罰、裁判、規則、制度、有利、刷新、劇的な、下剋上、刎頸の友、等。

今日の作文

1. 最近、現金で買物をしなくなったので、財布の中に小銭がたまらなくなった。

2. 現金だけの店で現金を支払い、おつりをもらうと、買物をした気分が十分に味わえる。

3. 後ろにたくさんの人達が並んでいると、現金払いは気が引ける。

4. タイの屋台でもスマホ決済が進んでいると聞いて、時代が変わったと思った。

5. タイで買いたい物がたくさん有るが、コロナ禍故、まだ当分はタイへ行くのを我慢しよう。

はずれ&当たり

 今、新宿区内で品物を購入すると、参加店に限ってではあるがスピードくじがもらえる。もらったその場でくじをはがすと、「はずれ」か「当たり」かが一目瞭然。はずれ、はずれ、はずれ、と続くと、もううんざり。諦めの中で、「当たり100円」の文字が現れると、「おお、運が有る!」と喜ぶ。

 昨日、立ち寄った西早稲田の乾物店でもスピードくじがもらえた。やはり、はずれ、はずれの連続である。そして、やっと「当たり500円」のくじとご対面。横にいたご主人が言った。「お客さん、すごい! うちの店では最高の当たりですよ」

 今日の結論。<はずれ>に打ちのめされるから、数%の確率の<当たり>がより嬉しく感じられる。<当たり>に救済されると、<はずれ>にも耐えられる。要は、その両者に一喜一憂することなく、中庸で行くことだ。

本州最東端のわかめ

 先日、久々に江戸川橋に在る洋食店「ヨッチ」に行った。定番のカツカレーを注文。最初、食べた時は涙が出たが、もう舌が慣れたとみえて普通に食べることができた。私の後からやって来た若者は「カツカレー大盛」を注文。

 店内に面白いポスターが貼ってあった。「本州最東端の民宿おとべ荘」。マスターの奥さんが説明してくださった。「主人の弟がやってます」、と。そこで、「前に来た時、ここでわかめを買いました。とても美味しかったです。今、有りますか?」と尋ねてみた。

 奥さんはすかさず答えた。「わかめは2月から3月に採れます。今、弟が種付けをしているところです」 東京で住んでいると何から何までもが手に入るので、旬の季節をつい忘れていた。今、植え付けをすると10ヶ月先に実る。語学にも通じる話だ。

今日の翻訳

 今日は『กระต่ายสามพี่น้อง』から第4回目の引用である。動詞の使い方や自然な表現を参考にしよう。

1. ขาวนวลเดินมานั่งที่ริมหนองน้ำ ใจคิดถึงคำพูดของพี่นก ตาก็มองไปที่ดงหญ้าบนคันดิน

2. “ใช่แล้ว” ” รั้ว” “ทำรั้วดีกว่า”

3. ขณะที่ขาวนวลลงมือถอยหญ้าแฝกอย่างขะมักเขม้น  ป้าเต่าก็โผล่ออกจากดงหญ้า “สวัสดีขาวนวล มาทำอะไรจ๊ะ”

4. “ผมจะเอาหญ้าไปทำรั้วครับ”

5. “ดีจัง รั้วหญ้าแฝก เหมาะทีเดียว” ป้าเต่ากุลีกุจอ “เดี๋ยวป้าช่วย”