春水満四澤

 昨日の茶道教室では「春水満四澤」という掛け軸がかけられた。これは陶淵明作の「四時歌」(=春夏秋冬)のうち、春を詠ったものであるとのこと。雪解けの水が小川に流れ、早春の風景が浮かんでくる。

 今日は春分。東京では昨日(3月20日)、桜の開花宣言がなされた。そして、重苦しかったまん延防止も今日で解除。コロナ禍、失われたものの何と多いことか。

 「さあ、気分一新しよう!」、と言いたいところだが、急発進は怪我のもと。あくまでもマイペースが肝心。茶道は8年目に入った。座って一服のお茶を点て、茶碗の中に平和を観取している。

今日の作文

 ブルーベリー(錠剤)を買うと、「眼の働きを助ける成分」という説明書が入っていた。その中から出題する。

1.野生種のブルーベリーが目に良いと言われてからだいぶ経ちます。

2.最初は、第二次世界大戦中、ブルーベリージャムが好きだったイギリス空軍のパイロットが、「薄暗い中でも、ものがはっきり見えた」と証言しました。

3.その後の研究で、ブルーベリーに含まれるアントシアニンが目の機能を向上させることが確認されました。

4.欧米ではブルーベリーのエキスや錠剤が眼科系疾患の治療薬として使われています。

人間職

 『住井すゑ 生きるとは創造すること』(日本図書センター 2000年)の中に次なる文章が有った。

  ~ 過日もある新聞のインタビューで、″定年をどう思われますか″との問が出た。おそらくは六十歳、あるところでは五十五歳定年といわれているなかで、八十歳を過ぎてなお仕事をつづけている私が異様に感じられたのだろう。″そんなの、どう思うも、こう思うもないでしょう。ルソーは「エミール」のなかで、人間の天職は人間であることだと言っていますが、私も同感ですね。つまり人間は死ぬまで人間職をつとめるわけです。それを五十や六十で定年だなんて、自然に対する冒瀆ででょうよ。″

 終身雇用制度が終わり、21世紀は転職しまくりの時代になった。生きるためには仕事は大切。しかし、定年後も「人間であるための人間職」の矜持だけは死ぬまでしっかりと保ちたいものだ。

点字ブロックの日

 今朝4時半からのTBS ニュースは高田馬場駅から中継した。レポーターは次のように説明した。「3月18日は点字ブロックの日。高田馬場は東京で初めて点字ブロックが敷かれたところです。点字図書館が有るため、視覚が悪い方達がこの駅をたくさん利用しているからです」

 調べてみると、岡山在住の方が点字ブロックを考案され、1967年3月18日、岡山市に初めて道路上にこれが敷かれたとのこと。そして、今では世界150か国以上で利用されており、正式には、「視覚障害者誘導用ブロック」というそうだ。英語は、braille block。

 では、タイ語では? 点字という単語を調べてみると、「อักษรเบรลล์」。どうやら英語とのミックス(文字+braille)であるようだ。いずれにせよ、視覚障害者が何の事故にも遭わず、街や駅の中を無事に移動してほしいものだ。

 

今日の翻訳

 今日はいつもの『สารคดี ชุด ถิ่นทองของไทย 』から、ターク県に関する記述を抜粋して出題する。

1. ตากเป็นเมืองเก่าแก่ มีประวัติความเป็นมาที่ยาวนานเกินกว่าสองพันปีก่อนแล้ว หรือก่อนที่กรุงสุโขทัยเป็นราชธานี

2. สมเด็จพระเจ้าบรมวงศ์เธอ กรมพระยาดำรงราชานุภาพ ทรงสันนิษฐานว่า เดิมเมืองตากเก่านี้น่าจะเป็นพวกมอญมาสร้างเอาไว้

3. เมื่อสมัยที่พระนางจามเทวีเสด็จขึ้นไปครองเมืองหริภุญไชย เสด็จผ่านชายฝั่งแม่น้ำปิง บริเวณบ้านตาก ในราวปีพ.ศ.๑๒๐๐ ได้พบร่องรอยของกำแพงเมืองเก่า จึงโปรดเกล้าฯให้บูรณะเมืองแห่งนี้ขึ้นมาใหม่อีกครั้งหนึ่ง

4. เมืองตากในสมัยโบราณ นับว่าเป็นเมืองศูนย์กลางการค้าขาย การคมนาคมทางเรือระหว่างชุมชนชาวไทยกับมอญตลอดมา

5. แม้ในสมัยกรุงรัตนโกสินทร์ที่ยังไม่มีรถไฟและรถยนต์ใช้ก็ตาม เมืองตากก็ยังถือว่าเป็นศูนย์กลางของเส้นทางคมนาคมระหว่างเชียงใหม่กับนครสวรรค์และกรุงเทพมหานครเช่นกัน

อย่าอยู่อย่างอดอยาก

  昨日、使用したタイ小学校2年生の国語教科書の練習問題に、次なる例文が有った。「อย่าอยู่อย่างอดอยาก」

 これは、低子音<ย y>を中子音化させるために< อย y>と表記した単語の勉強であるが、限定4語しかない。すなわち、อย่า(~するな)、 อยู่(住む)、 อย่าง(~の様に)、 อยาก(~したい)の4語である。

 「อย่าอยู่อย่างอดอยาก」の文章は、「อดอยาก₌餓える」という表現を知らないと訳すのが難しいかもしれないが、直訳すれば、「餓えるような暮らしをするな」。意訳すれば、「食えないみじめな生活はやめろ」

雑排水管の洗浄

 私が住んでいる集合住宅は、毎年3月に雑排水管の洗浄がある。それが終わればさっぱりとした気分で春を迎えられる。日頃から管が詰まらないように気をつけているので、何も問題ないであろうと思っていたが、業者さんが歯ブラシを吸い上げてくれた。いつ落としたのかさっぱり覚えがない。

 ウクライナからの映像を毎日見ているから、<洗浄>という発音を聞くだけで、<戦場>に結びついてしまう。今朝、テレビ東京の経済番組で、ウクライナのデジタル庁副長官のインタビューが紹介された。戦場は昔ながらの地上や空からのものだけにあらず、SNSを駆使したものになっているとのこと。副長官は大いに自信ありげであった。

 21世紀の戦争はひとたび開始されれば、もう終わりがなさそうである。破壊され、喪失されるものは2乗、3乗にとどまらず、<千乗>まで行きそうだ。

 

今日の作文

 『相続はつらいよ』(板倉京 光文社文庫 2016年)の冒頭部分から引用する。

1.いきなり身内の恥をさらすようですが…….。私が社会人1年目の年に、母方の祖母が亡くなりました。

2.母は3人姉妹の長女で、祖母は私たち家族と同居していました。

3.母の姉妹はとても仲が良く、家族ぐるみでつきあい、その子供である私たちいとこ同士もとても仲良しでした。

4.でも、祖母の相続で事態は一変しました。あんなに仲の良かった3人が、祖母の相続をきっかけに不仲になってしまったのです。

5.とにかく、その後もずっと不仲は続き、冠婚葬祭以外、顔を合わすこともなくなってしまいました。

津軽のリンゴと津軽海峡

 3月11日、津軽在住の知人からリンゴが送られて来た。御礼の電話をかけると彼は言った。「もう届きましたか。10日に雪の中から取り出したばかりのリンゴです」 そのリンゴは津軽の柏に在る日本最古のものである。調べてみると、明治11年(1878年)からずっと生き延びているリンゴの木であった。

 3月12日、防衛省発表のニュースを見た。ロシアの艦艇10隻が10日から11日にかけて、津軽海峡を通過したとのこと。前日、知人と平和を願う話をしたばかりなのに、ロシア艦艇は彼が住む津軽の近くにもう来ていたことになる。

 リンゴの木よ、平和の象徴たれ。いついつまでも紅くて可愛い実をつけてくれることを願ってやまない。

花と兜

 昨日は「東日本大震災 3.11」から11年。家にいて静かに祈ろうと思ったが、新宿高島屋で開催されている『第60回 いけばな協会展』へ出かけた。テレビにいつもいつも出て来るつまらないコメンテーターの意見を聞くよりも、美しい花の中で時間を過ごし、花の力を犠牲者に届けようと思ったからである。

 花はいい。花は美しい。花は力強い。生け花に一生をかけた華道の専門家達の意欲と意志は弟子達に継承され続け永遠である。

 会場のすぐ横に五月人形がたくさん展示されていた。5月5日の節句がもうすぐそこまで来ている。或る兜が目に飛び込んで来た。それは八戸に在る櫛引八幡宮所蔵の模写であった。現地で本物を見たことがある。だが、現代に於いては兜は不要。独裁者の狂った威勢はもうたくさんである。