ブロンド & ブロンズ

 先週の土曜日の授業で、講師が「シー・ブロン」と発音した。聞いてる生徒達は「シー・ブロンズ」、すなわち、青銅色と解釈した。しかし、講師が意図した色は欧米人の金髪を表すブロンド色であることが判明。青銅は「bronze」、そして、ブロンドは「blond」。タイ語では末子音が聞こえないので、いずれの発音も「ブロン」にしか聞こえない。

 青銅は青系統だと思っていたが、調べてみると、「暗い赤身の黄」と出ており、銅メダルの銅は「bronze」。一方、JISの色彩規格によると、ブロンドは「金髪のようなやわらかい黄色」。色見本を見ると、両者はかなり近い。

 いずれにせよ、末子音が聞こえないタイ語では両者は聞き間違えやすい。おそらくこうしたケースはこれから先も多々有るはずである。何故ならば、英語がどんどん入り込んでいるから…..。

今日の翻訳

 今日は『สารคดีชุด ถิ่นทองของไทย』(สำนักพืมพ์โอเดียนสโตร์刊 1996年)から、ลพบุรี県のほんの一部を引用する。さあ、訳してみよう。

1.จากการศึกษาค้นคว้าของนักประวัติศาสตร์และนักโบราณคดี พบว่าลพบุรีเป็นดินแดนที่มนุษย์เข้ามาอาศัยอยู่นานก่อนยุคประวัติศาสตร์ ซึ่งปัจจุบันนี้เราสามารถค้นพบหลักฐานหลายอย่างของมนุษย์โบราณ

2.ลพบุรีมีตำแหน่งที่ตั้งอยู่ในบริเวณตอนกลางของประเทศไทย ซึ่งเป็นส่วนหนึ่งของภาคกลาง พื้นที่ของจังหวัดลพบุรีมีลักษณะเป็นที่ราบลุ่มสลับกับเนินเขา โดยมีพื้นที่ทั้งหมดประมาณ ๖,๕๘๖.๖๗ ตารางกิโลเมตร

3.บริเวณทางทิศเหนือมีพื้นที่ติดกับจังหวัดนครสวรรค์และจังหวัดเพชรบูรณ์ ทางด้านทิศใต้มีอาณาเขตกับพื้นที่ของจังหวัดสระบุรีและจังหวัดพระนครศรีอยุธยา

4.เมืองลพบุรีเป็นเมืองที่มีกลุ่มชนอพยพเข้ามาอยู่อาศัยหลายกลุ่ม เช่น กลุ่มที่พูดภาษาลาวซึ่งอพยพมาจากเวียงจันทร์ และกลุ่มที่พูดภาษาไทยพวนซึ่งอพยพมาจากหลวงพระบาง และกลุ่มชาวมอญที่อพยพมาจากหงสาวดี เป็นต้น

5.คนไทยเชื้อสายต่างๆ เหล่านี้ ต่างก็มีภาษาพูดและมีขนบธรรมเนียมประเพณีเป็นของตนเองอยู่หลากหลาย

良寛の心

 『文藝春秋 12月臨時増刊号』(2002年)は「日本人の肖像 このすがすがしい生きかた」を特集しており、たまに再読するが、昨日は次なる話にしんみりと来るものがあった。それは小島虎雄氏(全国良寛会名誉会長 故人)が新潟で土地の古老から聞いた話について記述したものである。

 「うちの祖父はいつも言っていた。夜遅く道に迷って旅の人がうちの戸をたたくかもしれない。その人のためにめしをのこしておいてやらなければならない」と。そのために、その老人の家にはいつも僅かなごはんがおひつの中に残されていたという。越後の国には良寛の心が人々の間に沁み込んでいたのであろうか」

 まさしく雪国に生きる人々の優しさである。おひつの中に残されたごはん。旅人にとっては一生忘れ得ぬもてなしであろう。

廃棄食材から服へ

 今朝4時台のTBSニュースで「廃棄食材から服へ」という表題が画面に出た。一体、何の食材でどんな洋服が作られるのであろうかと興味津々で見ると、実例は売れ残ったブルーベリーから紫色を、そして、淹れ終わったコーヒー滓から茶色を抽出して糸を染め、それを編んでカットソーの服を作るという話であった。

 昨夕、江戸川橋のバス停の前で移動販売車が高崎から来ていた。群馬県の新鮮な野菜や果物を東京の皆さんにということだが、イチゴがたくさん余っていた。1パック=¥1,100。その値段を見て、私も手が出なかった。代わりに、蒟蒻、椎茸、きな粉を買った。

 帰路、おいしそうなイチゴの行方が気になって仕方がなかった。売れ残りはジャムにすればいい。だが、今朝のニュースを見て、イチゴ色に染めた服もいいなと思った。とにかく、むやみに捨てず、2~3回、有効活用することは暮らしの知恵なり。

今日の作文

1.ロケットは女性が首からぶら下げる装飾品の一つで、タイ語では「จี้」と言います。

2.忘れられない人の写真を小さくして、ロケットの中に納めている人がいます。

3.「จี้」には、他にも意味が有ります。

4. 銃やナイフで脅迫される時にも、動詞として使われます。

5. さらなる意味としては、「จักจี้ くすぐったい」という表現にも使われます。

6. 余談ですが、宇宙へ発射されるロケットのことは、タイ語で何と言いますか?

เงาๆ ピカピカ

 早いもので2月ももう下旬。昨日、タイ人講師に講師料を差し上げたが、その際、端数の20円はピカピカの10円玉にした。すると、彼女は言った。「เงาๆ」、と。ピカピカという意味である。

 「เงา」というタイ語を調べてみると、①影、陰影、蔭、 ②(鏡や水面に映った)映像、③光沢、と書かれてあった。そして、เงาๆ は、おぼろげにという意味で、①に関係するや訳し方だけであった。

 しかし、ขึ้นเงา とか、เป็นเงาという表現になると、「光沢が出る」という意味になり、上記の③に関係してくる。「光」と「影」は、表裏一体ということか。『タイ語辞典』(冨田竹二郎編纂)に、今の経済状況にピッタリの例文が載っていた。น้ำมันขึ้นราคา สินค้าอื่นๆก็ขึ้นราคาเป็นงามตามตัว

 

สลัดと言うタイ語

 一昨日、元タイ人講師から送信されて来た野鳥の写真解説の文章を「今日の翻訳」として出題したばかりだが、その中で、「สลัดและดึงขนออกมาหมดเพื่อเอามารองรังให้ลูก」(羽毛を全部引き抜き、それを下に敷いてヒナ鳥のために巣をつくる)という文章が勉強になった。

  その中で、「สลัด サラット」という単語が、「生え代わるために動物や樹木が毛や葉を落とす」という意味を有することを初めて知った。野鳥の場合は、生まれ出て来るヒナ鳥のベッドになるようにと願って母鳥が羽を抜くわけだ。

 一般には、食べるサラダのサラダとして使うが、このような動詞の使い方が有るのを知って、動物の愛を覚えた。今後、サラダを食べる時は、もう一つの意味であるこの話を思い出しながら食べることにしよう。

concededという単語

 昨日、女子カーリングの決勝戦(日本vsイギリス)をじっくりと見た。いい試合内容を望んだが、9エンドで日本人選手がイギリス人選手に握手を求めた。”conceded”である。それだけは是非ともないようにと願っていただけに残念。

 しかし、このカーリングで使用される”conceded”という単語には品が有っていい。「自らの負けを認める」ということで使われるそうだが、相手の優勢を讃えることにもなり、スポーツマンシップに則っているとのこと。

 原形である”concede”は「譲歩する」という意味を有するが、辞書を引くと類似語がたくさん見られた。①認める=acknowledge, recognize, admit, appreciate, approve, concede ②同じる=agree, accede, permit, allow, assent, concede 。英語を使う環境にいないので、これらの単語を使い分けるのは難しい。

今日の翻訳

 元タイ人講師から南タイのパッタルン県の島で撮影した大きな鳥(นกเงือก サイチョウ科 注:嘴はペリカンっぽく、大きさは九官鳥の3倍くらい)の写真と文章が送信されて来た。その文章を訳してみよう。

1.นกเงือกน่ารัก มันจะจับคู่แบบผัวเดียวเมียเดียวไปตลอดชีวิต

2.ตัวเมียจะมีหน้าที่กกไข่ เข้าไปในโพรงไม้แล้วใช้ดินปิดปากรูเพื่อกันศัตรูเข้าไปทำร้าย

3.เหลือแต่ช่องแคบไว้ ตัวเมียจะสลัดและดึงขนออกมาหมดเพื่อเอามารองรังให้ลูก

4.ส่วนตัวผู้จะเป็นฝ่ายไปหาอาหารมาป้อนเมียและลูก หากตัวผู้ถูกยิงตาย ทั้งตัวเมียและลูกจะตายยกรังเลย

5. ตอนนี้ฉันบริจาครังนกเงือกให้คนบนเกาะยาวน้อยและบางสะพาน และช่วยกันอนุรักษ์นกเงือกร่วมกับชาวบ้านอยู่ค่ะ

赤いランドセル

 昨夜、サンシャインシティの近くに在る池袋保健所で3回目のワクチンを接種した。予約した当初、「午後8時15分に来てください」と言われたので、念のため、「20時15分ですね」と確認した。仕事の時でもそうだが、聞き間違えを恐れて、私は必ず24時間制で言い直すことにしている。

 仕事帰りの人達がいっぱい接種に来ていた。高齢者は私くらい。帰路、2019年4月に発生した東池袋暴走死傷事故の現場を通った。2020年7月に建立された慰霊碑の前で合掌。花やお菓子や飲み物がたむけられていた。そして、それらの中に赤い小さなランドセルを見つけた。

 10センチ位の小さな小さなランドセル。あの事故で亡くなったあの女の子が生きていれば今春、小学校1年生…..。そう思うと、あの母子の素敵な写真が甦って来た。暴走事故は断じていけない。女の子はランドセルを背負うことなく天国へ行ってしまった。