ダルニー基金の子供達

 最近、公益財団法人「民際センター」から私が支援している奨学生の写真が送られて来た。東北タイのマハーサーラカーム県在住の中学生2名だが、いずれも素直な表情をしている少年達だ。そのまま伸び伸びと成長して行ってほしい。

 ただし、気になった点がある。それは、両親の年代が30代前半であること。A少年の場合は彼を含めて、きょうだいが4人もいる。B少年は2人。まだまだ弟や妹が生まれて来そうだ。彼らの両親が、私にとっては孫(หลาน)のようなもの。とすると、少年達はひ孫(เหลน)?

 マハーサーラカーム県は5つの県と隣接している。民際センターの説明書きによると、「ここはイサーンの文教都市。大学が多くあります。農業以外に養蚕と綿織物も盛んです。名物はアヒル料理。10世紀に建立されたナードゥン寺(พระธาตุนาดูน)では例年2月にお祭りがあります」、とのこと。なかなかに興味深い。

クリスマスリース

 生徒さんがご自宅の庭から調達された種々の植物でクリスマスリースを作られ、その写真をラインで送信してくださった。私はすぐに返信した。「まるで貴族の館にお招きいただいたみたいです」、と。

 クリスマスリースには、魔除け、幸福祈願、そして、五穀豊穣の願いが込められているそうだ。この考え方は日本人の心にもすんなり来る。蔓性のもので輪を作っているから、切れることが無く、永遠のシンボルにもなっているとのこと。

 リース(wreath)を作るならば、材料も自分の身の回りの自然から調達したいものだ。門松の如く業者からレンタルしたり、観葉植物をリースする(lease)ことも有りだが、せめて一年の締めくくりくらいはお手製のものに願いを込めたい。

今日の翻訳

 今回も3回に亙って、民話から出題する。何故ならば、話の筋がわかりやすいからである。出典:『รวมนิทานพื้นบ้านไทย』 編集・絵: นาวาอากาศโท เสริมสกุล โทณะวณิก / ศึกษาภัณฑ์พาณิชย์社 พ.ศ.๒๕๔๗)の中の「ปลาดุกปราบยักษ์」より。

1. ณ หนองน้ำแห่งหนึ่ง ที่นี่เคยมีปลาดุกอยู่ชุกชุม แต่ทุกวันนี้เหลือปลาดุกอยู่เพียงตัวเดียว เพราะโดนยักษ์จับไปกินหมด ปลาดุกที่เหลือตัวเดียวนี้โกรธแค้นยักษ์มากที่มาจับเพื่อนๆและญาติพี่น้องของมันกินจนหมด ดังนั้นก่อนที่ยักษ์จะมาจับมันกิน ปลาดุกจึงรีบออกเดินทางจากหนองน้ำแห่งนั้นเพื่อไปปราบเจ้ายักษ์เสียก่อน

2. ปลาดุกเดินทางไปได้สักพักก็เจอกับไม้กระบอง ตะไคร้น้ำ และไข่เน่า พอไม้กระบอง ตะไคร้น้ำ และไข่เน่ารู้ว่าปลาดุกจะไปปราบยักษ์ก็อาสาจะไปช่วย

3. ตะไคร้น้ำบอกว่า “ขอพวกเราไปด้วยนะ แล้วพวกเราจะไปช่วยสู้กับยักษ์เอง” จากนั้นทั้งสี่ก็พากันเดินทางต่อไป…. ไปยังที่อยู่ของเจ้ายักษ์

敦賀と北前船

 昨日、牛乳屋さんに注文していた菓子やおつまみがいろいろと届いた。その中の一つは「板わさ胡麻サンド」。加工者は福井県敦賀市の(株)北前船カワモト。わさびを使っているから静岡のものとばかり思っていたが、想像はくつがえされた。

 敦賀へは9年前に行ったことがある。気比神宮は実に立派であった。そして、港が印象的。何故ならば、杉原千畝氏の記念館が有ったからだ。彼の判断に拠ってビザを取得できた人達が大勢、敦賀の港に上陸し、アメリカへ行くことができたことを想定しながら港周辺を歩いたのを思い出す。

 そして、昨日届けられた「板わさ胡麻サンド」の加工者の社名の中に入っている<北前船>からも、江戸時代、殷賑を極めた港町を想像してみた。海産物は京都へと運ばれたのであろう。敦賀は懐の深いところであることが感覚的にわかった。

もう来年の予約有り

 雪の便りがあちらこちらから舞い込んで来ている。飛騨の高山も雪景色だ。大津市で飼われている生徒さんの愛猫はホットカーペットに座り込んで全く動こうとしないそうだ。ということは、寒気が次第にに西日本へと移動している…..。

 泰日文化倶楽部にはすでに1月の個人レッスンの予約が入って来ている。申し込まれた方は、「来年こそはタイ語を始める!」という意気込みでいっぱいなのであろう。

 世の中の動きが実に速い。3倍速だ。「一年の計は元旦にあり」という昔の格言を守っていたら、もう遅い。来年のことはこの11月末までに決めておこう。新しいことを始めるのも良し。過去に放擲したことを再度、試みるのも良し。とにかく自分が好きなことに挑戦し、レベルアップを目指そうではないか。

今日の作文

1. 何回も注意しても、彼は言うことを聞かない。

2. 何年も働いているが、貯金は一向に増えない。

3. 何か所も探したが、落としたお守りは見つからなかった。

4. 何枚も写真を撮ったが、どれも気に入らない。

5. 何日も続けて絶食することは無理である。

6. 何人もの記者が問い詰めても、彼は絶対に口を割らなかった。

鱗模様と魔除け

 王子の呉服屋さんから届いた月刊便りによると、こうである。「日本では昔から蛇は神の使いで神聖なものとされてきた習慣があるが、蛇の鱗(うろこ)は三ツウロコの模様とそっくり。したがって、厄除けや魔除けのお守りとされ、この三ツウロコの模様を織り込んだ襦袢を着るとよい。大島紬の柄も蛇の鱗を採用している」

 鱗(うろこ)は、タイ語で「เกล็ด」 季節柄、覚えたい単語としては、เกล็ดหิมะ=雪片、 เกล็ดน้ำแข็ง=霜、 ตีเกล็ด=牡蠣の殻を割る。

 泰日文化倶楽部の今年の授業は12月21日(火曜日)までと決定。もう1ヶ月を切った。皆さん、厄除け、魔除け対策を抜かりなくほどこし、2021年を自分なりに楽しく総括しよう。

紅葉と言葉

 小林英雄と言えば、大学入試問題によく登場した文芸批評家である。『人生の鍛錬 小林英雄の言葉』(新潮社 2007年)の中に、「文学と自分」から抜粋された次なる文章を見つけた。

 人間には、一枚の紅葉の葉が色づく事をどうしようもない。先ず人間の力でどうしようもない自然の美しさがなければ、どうして自然を模倣する芸術の美しさがありましょうか。言葉も亦紅葉の葉の様に自ら色づくものであります。ある文章が美しいより前に、先ず材料の言葉が美しいのである。例えば人情という言葉は美しくないか、道徳という言葉は美しくないか。長い歴史が、これらの言葉を紅葉させたからであります。

 ここ数年、<忖度>という言葉が蔓延しているが、本来の意味である「他人の心情を推し量ること、また、推し量って相手に配慮すること」が悪用され、この言葉は紅葉するどころか、病葉(わくらば)となって腹黒く堕してしまている。

今日の翻訳

 今日も第2回目(11月16日)に引き続き、民話(スイカ坊や)から出題する。今日で完結するから、楽しみながら翻訳してみよう。

1. อยู่มาวันหนึ่ง ขณะที่เจ้ายักษ์กลับมาที่บ้าน มันหิวมากเพราะวันนี้จับคนกินไม่ได้เลย มันจึงคิดจะกินหนูน้อยแตงโมแทน

2. ฝ่ายหนูน้อยแตงโมรู้เช่นนั้น หนูน้อยก็นำหัวเผือกหัวมันที่ตนเก็บสะสมเอาไว้จากอาหารที่เจ้ายักษ์นำมาให้กินทุกวันออกมา แล้วพูดด้วยวาจาอ่อนหวาน “พ่อยักษ์จ๋า วันนี้พ่อเหนื่อยไหม ฉันเตรียมน้ำ เตรียมหัวเผือกหัวมันเอาไว้ให้พ่อยักษ์กิน”

3. ยักษ์เมื่อได้ยินหนูน้อยแตงโมพูดจาไพเราะอ่อนหวานเช่นนั้นก็ใจอ่อน นึกสงสาร จับกินไม่ลง และคิดว่าเรานี้ไม่มีลูก ถ้าได้คนอย่างหนูน้อยมาคอยเอาใจใส่คงจะดี ยักษ์จึงถามว่า

4. “ทีแรกเรานึกจะกินเจ้าเป็นอาหารเสียในวันนี้ แต่เจ้าเป็นเด็กดี เอาอย่างนี้ไหม เราจะให้เจ้าและตายายมาอยู่เสียด้วยกัน เราสัญญาว่าจะเลิกกินและจะให้เจ้าใช้ทรัพย์สมบัติของเราได้ตามสบาย”

柳と楊

 昨日、「アジア女性のための生け花クラス」を実施した。出席者は7名。そのうちの4名が中国人。彼女達はおちついたミセスであり、日本語は日本人並みだ。顔も態度も日本人の雰囲気を併せ持っている。

 昨日の花材は、小豆柳、孔雀草、それにカーネーション。華道講師は中国人に向かって漢字の講釈を始めた。「柳と楊の違いはわかりますか? 柳は枝がしだれます。それに引きかえ、楊は枝が上に向かって伸びます」 中国人達は素直に聴いた。横で聞いていた私は内心で苦笑した。何故ならば、漢字の本場の人達に漢字の違いを日本人の華道講師が説明しておられたからだ。

 ハンサムな花屋さんが花を届けに来た時、私は彼に話しかけた。「今日はいつもよりも多く注文しているでしょ!」 すると、彼は答えた。「はい。どこの生け花クラスからもたくさんのご注文をいただくようになりました」 コロナ終息はまだまだだが、芸術は確実に動き出したと思ってもいいだろう。