南洋の日本人町

 『日本史探訪 第十七巻』(角川書店 昭和51年)の最終章には「海を渡った日本人」という題がついている。その中で矢野暢氏(『南進の系譜』で有名な東南アジア学者)が、史料としては評価しないものの、村岡伊平次という人物が書いた自伝(明治18年から昭和11年)の一部だけは参考になると言って、次の如く紹介している。

 「どんな南洋の田舎の土地でも、そこに女郎屋がでけるとすぐ雑貨屋がでける。日本から店員が来る。その店員が独立して開業する。会社が出張所を出す。女郎屋の主人も、ピンプと呼ばれるのが嫌で商店を経営する。一か年内外でその土地の開発者がふえてくる。そのうち日本の船が着くようになる。次第にその土地が繁昌するようになる」

 売られて行った娘達や薬の行商をしていた男性達がやがて小さな店を構え、お金を貯めて行った様子がよくわかった。そして、ゴム園や鉱山へと手を伸ばしていく。諸事情で日本を離れて行った人達には、お金もさることながら、東南アジア諸国で生きてやろうというパワーが有ったとのこと。土地の言葉は行商で覚え、生きた勉強を実践した。