1945年から75年

 今日は終戦から75年。戦後生まれの私には悲惨な経験が無いから戦争のことを語る資格はない。戦争のことを勉強したわけでもなく、なんだか安穏と生きて来た気がする。だが、戦後50年から75年の25年間は特に早く過ぎ去った気がする。世の中の動きが国内外を問わず、あまりにも目まぐるしすぎるからだ。
 昨日、『オキナワと少年』(伊佐千尋著 講談社 2006年)を読んだ。表紙につけられた本の帯には次のように書かれてあった。
ー 命(ぬち)どぅ宝、生きていてこそ。 沖縄の戦前、戦中、戦後を駆け抜けた少年仁(まさし)の切なくも希望に満ちた清新な物語。
ー 1941年 仁はおない年の信とガジュマルやデイゴの花に囲まれた野山へ昆虫採集に出かけた。サファイヤ・ブルーの海を眺めているだけで毎日が楽しかった。
ー 1945年 米軍はガソリンを壕の入り口から流し込み、火炎放射器を使って火の海にした。だが外へ出れば迫撃砲の集中攻撃が待っている。
 著者の伊佐氏は2018年に逝去されている。ご自身の体験から書き残された文章には全く虚飾が見られなかった。