雑司ヶ谷散策

 昨日の朝、手紙を投函しに行ったついでに、雑司ヶ谷界隈を1時間くらい散歩することにした。目白通りから不忍通りに入り、日本女子大学寮の近くまで来ると、雑司ヶ谷の地名の由来が書かれた案内板が立っていた。いろいろな説が有ると書かれており、いずれが正しいのか確定していないようだ。
 御醍醐天皇の時、雑色(ぞうしき)、すなわち、朝廷の雑務係の人達が住んでいたという説。他には、法明寺の雑司料の取り立てと関係しているという説。なんだかお金の取り立てが有ったと聞くと、あまり嬉しくもない。
 その案内板の近くには菊池寛が住んでいた。他にも作家達が住んでいたようだから、思索するにはふさわしい場所であったのであろう。
 もう少し歩くと、雑司ヶ谷霊園がある。この霊園にはさらに多くの作家達が眠っている。だが、霊園は散歩しない。歩いているうちに、黄泉の国に誘い込まれることだけは御免こうむりたいからである。