『森の生活』のソロー

 昨日は二十四節季の「小雪」。寒いはずだ。冷たい雨まで降ると、とても出かける気にはなれなかった。そこで、アメリカの作家であるH.D.ソロー(1817~1862)が書いた『森の生活』(飯田実訳 岩波書店 1995年)を読んだ。
 私は大学で英文学を専攻したが、アメリカ文学も読まされた。その中でソローが気に入ったので、2006年9月、実際にその森(マサチューセッツ州コンコードにあるウォーデン湖のほとり)まで行き、彼が建てた丸太小屋を見学した。
 彼が何故、その小屋に2年間、籠ったか? 『森の生活』の一節を以下に引用したい。

 私が森へ行ったのは、思慮深く生き、人生の本質的な事実のみに直面し、人生が教えてくれるものを自分が学び取れるかどうか確かめてみたかったからであり、死ぬときになって、自分が生きてはいなかったことを発見するようなはめにおちいりたくなかったからである。人生とはいえないような人生は生きたくなかった。生きるということはそんなにもたいせつなのだから。また、よほどのことがないかぎり、あきらめるのもいやだった。